私、攻略キャラだった……気がする
目覚ましが鳴る前に自然に目が覚めた。
お母さんがとても驚いている。
私はとても朝が弱いからな。
「草子ちゃんが起こさなくても起きてくるなんて、やっぱり高校生は違うわね!」
顔色もいつもよりずっといいわと嬉しそうに笑っているお母さんに、体調がなんだかいいのと告げた。
ますます嬉しそうな顔をする。
「でも無理は禁物よ、草子ちゃんが倒れたらお母さん悲しいもの」
「うん、わかってるわ」
私はなんていうか、体が弱いのだ。
すぐに倒れる。
体育はほとんど欠席。
生まれつき虚弱らしい。
保健室は私の第二の教室なくらい入り浸っている。
別に好きで行ってるわけじゃない、体調が悪いのだ。
この体どうにか成らないものかと体質改善を図ってみたが、上手くいかない。
こんなものなんだろう。
だって私は草子なんだから。
なんていうか私は物心付いた頃からなんかこの景色見たことあるなーとか、前に見たのとちょっと違うなとか、見たことも無いはずの景色を見てそう思っていた。
これを小学校に入って既視感というのだと知った。
ただなんかこの既視感が年々強くなっていくのが不思議だなとは思っていたが、中学の時にとんでも無い事実を知る。
これ、前にやったゲームだって。
妄想なのかもしれない。
だって自分でも何を言っているのって感じだし。
だけどその、ゲームだっていう事実に気付いた事で私は随分と落ち着くことができた。
内容はおぼろげ。
まあ全ては妄想なのかもしれないけど。
身に降りかかる災難というか不幸というか、そんな物をたしかゲームではそんな設定があったなって思い出して受け流していた。
ゲームの内容といえば、恋愛ゲーム。
男女どちらかの主人公を選択して異性と同性を攻略する事ができるPCゲームだった。
つまりノーマルのほかに百合薔薇展開ありの変ったゲームだ。
もちろん設定でノーマル以外のルートには入らないようにしたり、百合だけとか薔薇だけとかそういうのも選べた。
私は何も制限せずにやっていた。
全エンドを見ればご褒美ルートが開かれると噂だったから、それを見るために必至で。
実際にあったかは分からないけど。
というのもそのゲーム発売が延期しまくり、ようやく出たと思ったらしばらくしてその会社が倒産したのでフォローが何も無かったのだ。
がっかりである。
私はそんなゲームの攻略キャラの1人、という記憶、というか既視感を持ちながら生きている。
川井草子。
ぱっとしない感じのする名前が、私の名前だ。
キャラとしては黒髪、眼鏡、病弱、男性恐怖症、ヤンデレって所か。
今の所、黒髪、眼鏡、病弱しか個性として持っていない。
男性恐怖症は中学の時のある事件をきっかけに起きるんだけど、それがゲームのシナリオだって知っていたからそれほどダメージにならなかった。
なんかこう、ゲームのキャラクターやシナリオに関する事に接するとこういうのあったなって思い出す感じ。
最近思い出したのは主人公は高校からの編入生。
舞台となる高校は中高一貫。
攻略キャラは男と女でペアが組んであって、それぞれに親しくなるとペアとされているキャラが嫉妬するイベントがあったなって事。
私の場合は幼馴染の原黒爽がその相手だ。
たしか奴関連でヤンデレさが出るはずだった。
嫉妬に狂った私がヤンデレ的行為に走るのだ。
どんなヤンデレ行為かは忘れたけど、ナイフとか取り出しちゃうのかな?
あのゲーム年齢制限あったっけ?
ともかく主人公が原黒に接近しなければ私のヤンデレな個性は出ずに無事卒業できるはず。
今日からお目見えであろう主人公が原黒に興味を持たず他のキャラクターに行ってくれることを願うばかりだ。
「おはよう草子。今日からお互い高校生だな、似合ってるよ制服」
「ありがとう……、爽君も似合ってるよ?」
「困ったことがあったら俺に言えよ」
幼馴染の原黒は頼りになる男だ。
病弱である私を何度も保健室に連れて行ったのはコイツだし、何かと不調になる事が多い私をいつも気にかけフォローする。
いい幼馴染を持ったなと小学生の時は思っていた。
中学になって、ゲームの事を思い出してその考えを改めたのだけど、まあ普段なら頼りになる男なのだ。
病弱な私とは違って原黒は爽やかなスポーツ少年。
部活には入っていないが、時折助っ人に呼ばれるほど運動神経もいい。
友達と大騒ぎしたい事もあるだろうが、草子を気遣い優先する。
そんなキャラだった、かな。
確か恋愛ルートでは草子への思いは妹とか家族愛的なものだって自覚していた気がする。
んで草子は嫉妬してヤンデレに進化した、と思う。
「どうした草子?具合悪い、少し休むか?」
「平気、少しだけ考え事していたの」
「ならいいけど、無理するなよな」
心配そうに顔を覗き込まれ、私の身長は攻略キャラの中でも小さい方、平気だと返せば頭を軽く撫でられる。
いい奴だな。
ただ運動が好きな原黒と読書が好きな私とでは幼馴染という関係性が無ければ絶対親しくしないだろうっ思う。
そういう意味では幼馴染であってよかったのかもしれない。
男性恐怖症である、実際には違うが、私を大々的に庇っているため学校では男子に話しかけられることもない。
ゲームだという妄想を話した事もあるが、真面目に聞いていたのもコイツだけだし。
お母さんとかは夢と現実の区別が付いていないんだと思っている。
まあ私は普通の子供より良く寝ていた。
さらに中学の時に肉体的にも精神的にも負荷を与えられたのでそれが原因だとして病院に連れて行かれた。
まあ今では解放されてるけど。
そういう意味ではコイツは貴重な存在だな。
もしこの世界がゲームではないのだとしたら余計に。
高校に行って主人公がいなかったら私もあれはただの夢だって思おう!
そして新たな人生のページを開くのだ。
でもその考えは学校が近くなるに連れて薄れてきた。
だって私の頭の中には「主人公に声をかけて、体育館まで案内する」って浮かんじゃってるし。
ゲームを始める前に色々質問に答える。
プロフィールを決めるって言うか、名前と誕生日以外にも質問があってそれに答える。
その結果によって入学式で声をかけられるキャラが違う。
そして学校には私が声をかけるという選択をした主人公がいるはずだ。
……とりあえずヤンデレルートは勘弁して欲しい。
私が声をかけるのは女だけで、しかも私が選ばれる選択肢は私本人か、原黒狙いの場合に当てはまるものだ。
ああ、学校についてしまった。
私の足はするすると勝手に動いてしまう。
見慣れたスチルの、さらさらショートヘアの子へ。
原黒は校門で他の子に捕まったので問題なかった。
「貴女、新入生?入学式の場所分からないなら教えようか?」
儚げながらも柔和な笑みを浮かべて私は主人公を見上げる。
私が声をかけたことに相手はほっとしたらしく顔を安堵させた。
だが私の背中は冷や汗が噴出す。
「ありがとうございます。困っていたんです。お願いしてもいいですか?」
「そんな、敬語なんてよして?私も1年なの。川井草子、よかったらお友達になりましょう?」
「嬉しい!よろしくね草子ちゃん!私、五里真千代。真千代って呼んで」
はじけるような笑顔で手を差し出してくる主人公こと真千代ちゃん。
「よ、よろしくね。真、真千代ちゃん」
私は引きつりながら微笑み、差し出された手を握る。
ガッシと音がしそうなくらい勢いよく握られた。
不思議と痛くは無かったけど。
え、この子が主人公なの?
万が一ヤンデレる羽目になったらどうしよう。
返り討ちにされて死にそうなんだけど。