とあるカフェの、とあるモブ
某アーティストの期間限定コンセプトカフェがベースになっております。ご了承ください。
黒と赤と金と。
そんな色が大多数を占める、独特の空間。
「スペードの八番の方、八番の方はいらっしゃいますかー?」
アーティストのこだわりで装飾やオブジェが多くて不思議な熱気に包まれたここは、期間限定のコンセプトカフェだ。
最初にカウンターでオーダーして番号代わりのトランプと引き換える形を取ってるから、ホールからしたら誰が何を頼んだのか全く把握できなくて結構めんどくさい。まぁもう半月ここにいるから慣れたけど。
立食式で各々楽しんでるお客さんの間を縫って、小さな会場一杯に響くように声を張り上げる。
ややあっておずおずと上げられた顔を目敏く見つけて、笑顔と共にトレーを滑り込ませた。
「ごゆっくりお楽しみください」
任務完了。帰還いたします、っと。
急ぐ足を抑えきれないまま、黒の革靴を擦り減らすようにスライディングしてカウンターの前へ。
任務完了とばかりに踵を揃えてピンっと立ってみたら、隣にいた人に軽く脛を蹴られた。
「いっ! 何すか先輩、オーダー合ってましたよね?」
派手な金髪にやや細マッチョ。正直このカフェに合ってないその人は俺の高校時代からの先輩だ。
外見のわりに落ち着いた溜め息をついた先輩を睨むと、間髪入れず今度はお客さんから見えない位置でボディーブロー。
ちょ、チーフ!この人怖い!いや知ってるけど!昔っからこの怖さ味わってるしね!
「お前さぁ、それ絶対跡になってんだろ。チーフと床と俺に謝れ」
「何でっすか?! ちゃんと毎晩掃除して帰ってますよ!」
「キュッキュキュッキュうるせぇよ! ほら、笑われてんじゃん」
先輩が軽く視線で示した方にさり気なく視線をやってみると、入口に近いテーブルにいる三人組の女性客が目に入る。
黒髪パーマの小柄な子と、明るい茶髪で長身の子、それと黒髪ロングストレートの子。
あ、あの子達か。ちょっといいなぁって思ってたんだよな。特に一番小柄な子。ちっちゃくて顔もかわいいし。
……まぁ、こんなとこでナンパする勇気ないけどさ。
このアーティストのファンにありがちな姫・ゴスロリ・甘ロリ系……じゃない系統の人達だ。示し合わせたわけでもない、普通に各々好きな格好してますよーって感じの。
あからさまじゃない程度にこっちを見て、楽しそうに会話をしてる。別に俺見て笑ってんじゃなくて、ただフロアの雰囲気とか見てんじゃないっすかね。
……さっきから暗そうな子かきつそうな子ばっか引き当ててたから、次はあそこにお届けしたい。
当たりますように。できれば奥の席でひとりで来てるあの眼鏡の子とかは全くの無言っつーか無反応で怖かったんでやめてほしいです……!
「ダイヤの六、お願い!」
「は「はいっ」
条件反射に近い返事。
隣から何か聞こえた気がするけど、トレーに伸ばした手はひっこめられない。
そのままキッチンから渡されたトレーを自分の方に引っ張り込んで……俺は恐る恐るお隣を拝見した。
「せ、せんぱい?」
「なぁに張り切ってんだよ。さっさと行って来い」
微妙にテンションが下がった先輩を気にしつつも、とりあえず声を張り上げる。
見た目通りのネーミングと味のカクテルを持ちながら周りを見渡して。
「ダイヤの六番の方ー! ダイヤの六……」
ザッ、
さっきチラ見してたテーブルから、誰かが統率してんじゃないかってくらい綺麗に三人の手が挙がった。しかも全員平然と。
「ブッ」
ちょ、なにこれ……ナニコレ。なにこのひとたち!
やっべ。噴くとこだった。
思わず笑顔全開になりつつ、三人の待つテーブルへ。
本人達も全員手を挙げたことに気付いたらしい、恥ずかしがることもなくただ笑ってる。
「お待たせしましたー!『夕闇の賢者』です」
「はいっ」
「あ、こっちに」
左にいた小柄な子が渡したトランプを、少し甘めな服を着た黒髪ロングの子が俺に見せてくれる。
確認が終わったら真ん中にいた茶髪の子が体をずらして場所を空けてくれた。
あーこういう子達の方がやりやすいわ。お客さんの文句言っちゃいけないけど、態度の悪い客と比べちゃうのは当然だろう。どうせ同じ仕事するなら楽しくやりたいし。
「いやー、皆さん綺麗に手ぇあげてくださったんでわかりやすかったです!」
「ふふっ、すみません」
「だって手ぇあげたくなるよね」
「呼ばれたらアピールするのが鉄則です」
ここにいるお客の大半がおずおず手ぇ挙げる部類の人達なんだけどね。
自然な笑顔のまま、不躾にならない程度に三人組を観察してみる。
わざわざ口元を手で隠して笑う黒髪ロングの子は雰囲気からして清純系だ。甘めな格好が隣のテーブルの姫系の子よりずっと姫っぽい。
その隣にいる茶髪さんは見た目ちょっととっつきにくそうなお姉ギャルだけど、からっとした笑顔は印象がいい。
小柄な黒髪さんはギャグなのかマジなのか、真顔できりっと頷いてくれる。やっぱこの子の顔好みだわ……っと、仕事中仕事中。
「じゃあ協力的な皆さんに裏情報を。この会場のどこかに、『夕闇の賢者』に出てきた杖とモノクルが隠れています。それを探し出せた人はちょっといいことがあると言う……」
「えっ、それって踊り子の衣装の裾と……」
「……お兄さん、私達それ見つけちゃいました」
「マジっすか?! うっわ、何か恥ずかしいですね俺」
「いやいや、オニーサンと楽しくお話しできたことがいいことなんで大丈夫ですよ」
……茶髪さん、男前。抱いて!あ、指輪発見。彼氏持ちですかスミマセンまだ見ぬ彼氏さん。
かるーく楽しくお話を続けたいところだけどさすがにサボりは駄目だ。今度はラリアット食らっちゃいそう。
名残惜しい気持ちを必死で隠してさよならして、ささっとカウンターに戻る。勿論軽いスライディングは忘れない。
別のオーダーを届けてきた先輩から再度ボディーブローがしかけられなかったのは……何故かちらっと入口の方を見てたからだった。
× × ×
うーわー。オーダー出てこねぇ。
こう、時間かかる品とそうじゃないの、はっきり出過ぎだろ。
そりゃグループ内でオーダーが揃う時間合わせろとか無謀なこと言えないけどさ……
「チーフが中入るから、ホールは俺とお前だってさ」
「マジすか。あーでももう大体オーダー出尽くしましたし……あとは『石畳』が」
「あー……何か今日の分のパンがなくなったらしい。さっき取りに走ってんの見たわ」
「マジっすか!」
『石畳を駆ける乙女』は石畳をイメージしたライ麦パンと甘いジャムとバターを数種添えた料理だ。
見るからに歯が痛くなりそうなんだよな、あのパン……
「ダイヤの五!」
とか思ってたらさっそくキッチンから件の品がトレーに乗ってやってくる。
今度は先輩が受け取ってホールへ。
あーそういやダイヤの四はさっき持ってたな。あの三人組の小柄な黒髪さん。んで六があの清純さんか。
じゃあその間の五は……
「あ、やっぱね」
茶髪さんだ。殺傷力高そうなヒールのブーツ履いてるせいか、周りから頭ひとつ分は背が高い。多分元から俺と同じくらいの背なんだろうなぁ、あの子……いや、“あの子”より“あの人”って感じだな。
オーダーを先輩から受け取って、他の子も交えて軽く話をしてるのがわかる。
残念ながら会話までは聞き取れないけど……少なくとも怒ってはない。だいぶ待たせてるだろうに、全員にこやかだ。
……俺、さっきミニスカニーソックスのドすっぴんなお客に物凄いガンつけられたんだけど。パフェは時間かかるんだよー……言葉に出してくれた方が謝りようがあるよー……
若干へこみそうになるけどンなことしてる暇はない。苛立ちの混じったキッチンからの声を受けて、クローバーの十を捜す。
そして、見つけて思わず口をもにょもにょさせてしまった。
つけまつげ何枚貼ってんだ。異様にピンクの頬はどうしたんだ。その髪型厳しくないか。いっそ聞けたら楽だろう質問を全部笑顔で飲み込んで、金髪甘ロリのオネーサンに『薔薇騎士王』を届ける。
薔薇の生花とライトキューブが入ったこのカクテルは見た目がいいので二杯目にするお客もいるらしい。
まぁ、あんま追加オーダーするお客はいないけど。みんな内装とか見たりするし、大体単価高いし。
「すみません、追加オーダーいいですか?」
一応フロアを見渡しながらカウンターに帰ると、キャッシャーのところに小柄さんがいた。
さっきから思ってたけど、意外にしっかりした声で落ち着いた感じだなぁ……って失礼か。この子も含めてあの三人組、どう見ても社会人だな。
「ええと、『流浪の踊り子』と『空白のヒストリア』……」
と、そこでキャッシャーに入ってたメガネがオーダーを繰り返す。
あのケーキ三点盛りはパフェより作るのが楽だよな、きっと。
そんなことを思いながらキッチンからかかる声を待つためにカウンターに手を着くと。
「あ、すみませんまだあります。『N・O・R』と『薔薇騎士王』と『ベネディクト』、あと『太陽神のオムレツ』と『水月を抱く双子』をお願いします」
え。
淀みなくはっきりと言い切られて、メガネの口が一瞬だけ間抜けに開く。ついでに俺の口も以下同文。
「え、えぇと……まずカクテルがこの『空白のヒストリア』と『N・O・R』と――」
わざわざ指差し確認に変えたらしい。
うん、俺もその方がいいと思う。だって一回のオーダーでこんなに頼む人あんまいないし。
そんなことを思ってる間にキッチンからやっとお呼びがかかったんでそこで一時退場。
後で俺もまたあそこのテーブルにお届けに行くんだろうなぁ。
× × ×
結構お客がはけてきたかもしれない。
コアながらも人気のあるアーティストで、なおかつ期間限定だから全国から人が集まってるらしく、ここは当たり前ながら予約制かつ時間制限ありだ。
そろそろ新規に入れ替わるなぁとか思いながら時計を確認して、空いてるトレーを見つけていく。
先輩もさりげなくフロアを見渡しながら、例の三人組のところからトレーを回収してきてる。
……何か、妙に笑顔じゃないっすか、先輩。
あれ、仕事ではきっちり切り替える派だったんじゃないすか。これはもしかして、もしかして?
「先輩」
「あン?」
「何狙いっすか」
「はぁ?」
トレーの上を手早く分別して返却口に渡しながら、思いっきり不審な顔で先輩が眉を寄せる。
いやだから怖いって!営業スマイルだとあんなに(似非)爽やかなのに!
「何お前、まさか客の誰か狙ってんの? あの悪目立ちしてる金髪?」
「いや推測オーバー三十五なんできついっすねーあの頭のリボンはドラミちゃんみたいだし、って失礼じゃないっすか」
「お前がな」
「先輩も相当っすよ。じゃなくてあの三人娘さん達。随分楽しそうにしてたじゃないっすか」
「あー、“うるさくしてすみません”っつってたから軽く返しただけ」
にしちゃあ、他よりスマイル三割増しだったけど。まぁ言わないけど。
「追加三!」
何度目かになるそのコール。例のテーブルだ。
さっき見た感じだと……これで最後かなぁ。
何となく遠慮して一歩遅れた俺を気にすることなく、先輩がグラスを受け取る。
迷うことなく入口の方に向かいながら、お義理程度に“追加三番の方ー”って呼んでたり。
軽く手を挙げて先輩を待つ三人組は何つーか、いいお客だ。機械的に接客するのが苦手な俺としては癒される。
さっきから先輩に全部仕事取られちゃってるんでとりあえずフロアを回ってみる。
仕事してる風を装ってわざとゆっくり入口の方を通ってみると。
「――こんなに頼んでもらったのに、いい加減覚えろって話ですよね」
「いやいや、たくさん運ばせちゃってすみません」
「こんなに頼んでるの私達くらいですよね」
「とんでもないです。どれもこだわってるメニューばかりなんで、色々楽しんでいただけて嬉しいです。あ、こちらはお下げしてもよろしいですか?」
「ありがとうございます」
「さすがに二度目の追加はないんで安心してください」
「そうですか? 時間内ならいくらでも大丈夫ですよ。お持ち帰りも可なので」
ぎりぎり事務的。それでも軽口。プラスしてなごやか。
先輩?このカフェ始まってから今まで、そんなににこやかにしてましたっけ?しかも若干やに下がってません?
「ありがとうございます。あの、美味しかったです」
清純さんが首を軽く傾げつつ先輩に笑いかける。
うーん、声細いなぁ。なんつーかこう、庇護欲そそる感じ?少しのアルコールと会場の熱気にあてられたのか、白い肌がほんのりピンクがかっててそこもまた女の子らしい。ちなみに俺は全く持って変な目で見てるわけじゃない。つーかそれより先輩……
「そう言っていただけるとやる気出ます。ありがとうございます」
…………あんたの好み、黒髪で色白な清純系でしたよねー。
(外見からは)はにかんだような笑顔の先輩を一瞬だけ視界に入れて、すぐフェードアウトさせた。
俺はなにも見てないよ。うんミテナイヨ。
「この後も頑張れそうです。最後まで楽しんでくださいね!」
その弾んだ声も、聞かなかったことにした。
――ついでに、最後のグラスを返却しに来てくれた三人組のうちその子のだけ自分の手で受け取ったことも、持ち帰ってるコースターの下にどこからともなく出した十一桁の番号記入済みの付箋が貼られてたことも、
“ありがとうございました。またお越しください”とか言った時の“また”がやたら力強かったことも…………俺は知らない。気付きたくない。
逃げて清純さん!守って小柄さん!蹴倒して茶髪さん!
古き良き肉食系の先輩に見つからないように、俺はディスプレイされたベネディクト卿のやたらと荘厳な杖に三秒の祈りを捧げた。
ついでに奇跡の確立で小柄さんに会えるとイイナー……いや、いやいや俺は仕事に生きるんです!
END
閲覧ありがとうございます。
色々ぼかしてはいますが、わかる人にはすぐわかってしまいそうな元ネタ先。
体験レポからどんどん脱線して気付けばモブさんが動き出してしまいました。勿論フィクションです。仕事中のナンパ、ダメ。
ここまで読んでくださってありがとうございました!