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8.惚れちゃった

「か、神代先輩……」

 どんな表情をしていいのかわからず、思わずベンチから立ち上がる。

「史斗先輩、でしょ?」

 仏のような微笑みを湛えたまま、彼は言う。最初に見たその笑顔は見間違えではなかったらしい。なんていうか、眩しい。ひたすら眩しい。

「佐倉田とは和解できた?」

「え」

 和解……できたとしておいてあげよう。

 私の微妙な反応に、神代先輩は苦笑した。

「佐倉田のフォローをさせてもらうと、普段はいい奴なんだよ。オレに関わる人間にだけ容赦なくて、周りが見えなくなるんだ」

 恋は盲目というやつなのだろうか。

「 あいつと何となくで付き合って、何となくで別れたオレにも責任はあるんだ。はっきり好きじゃないって言わずに、あいつを遠ざけてズルズルとここまで来ちゃってね。こんなことになるとは思わなかったし」

 神代先輩はゆっくりこちらに歩みより、ベンチに腰掛ける。

「君のお友達のことがあった時に、オレも君を見習って、佐倉田達に言って聞かせたんだけどね。今度は君に白羽の矢が立ってしまうとはなぁ」

「見習ってって……」

 先輩は「ん?」と立ったままの私を見上げる。

「オレ、めちゃくちゃ感動したんだよ。寺石桐子さんの雄叫び」

「雄叫びは止めて下さい」

「尊敬した」

「…………」

「ヒーローみたいだった」

「…………」

「惚れちゃった」

「ブッ!!」

 軽い! 軽すぎる!!

「な、な、な」

「今更、動揺? 君のこと好きだって、前園と佐倉田から聞いてないの?」

 興味があるということだけは聞いたけど。いや、何となく察してはいたけど。

「それにしたって、前園はお喋りだよな~。おかげで、オレの手順も狂った」

 もう私は何も喋れない。

「佐倉田が君を呼び出したのを教えてもらったことには感謝してるけど。おかげでようやく佐倉田に言えたよ。好きじゃないってはっきりね」

 先輩は私の左手を握ってきた。どきりとする。

「ごめん、本当に。君には迷惑しか掛けてないな」

「い、いえ……全部、先輩のせいというわけではありませんし……」

 クスリと笑われる。

 ああ、きっと私の顔は真っ赤っかに違いない。だって耐性がないんだから、仕様がないのだ。

「『あなた達は子供ですか』」

 突然、神代先輩が不敵な笑みを浮かべて言った。き、急になんだ?

「『こんな形でしか、自分の気持ちを表現できないんですか』」

 うぅ、こ、これは……!

「『言いたいことがあるならはっきり言えばいいんです。こんな嫌がらせ、時間の無駄です』」

 耳を塞ぎたいんだけど、左手を先輩にしっかりと握られている為、右耳しか塞げない。

「『いっそ喧嘩したほうがいいくらいです。その気があるのなら、私が受けて立ちます』」

「神代先輩、その辺でご勘弁を」

「いや~、痺れたね。君、本当に掴み掛かる勢いだったし」

 左手を思い切り引っ張られ、私は再びベンチにお尻をつける。

 先輩とバッチリ視線が合う。焼き栗色の髪の毛が風になびいた。ああ、フワフワそうな髪……ではなく!

「ちょっと待って下さい! 惚れちゃったとか言うなら、どうして私をあんな大衆の面前で振ったんですか!?」

「ああ、あれね。噂流れまくってたから、そのまま放置したら君、オレと目も合わせてくれなくなりそうだなと思って」

「いやだから、それでなんで振るんですか」

「逆に告白してもよかったんだけど、いきなり言っても絶対断るでしょ」

 ……まあ、見知らぬ人からの告白を受け入れられるほど、度胸はない。

「この際、どうやったらオレに興味持ってくれるかなって考えた結果、皆の前で振っちゃえば怒ってオレに会いに来てくれるかも! と思ったんだ」

 確かに噂が流れただけならば、神代先輩と直接対峙しようとは思わなかったかもしれない。

 まんまと嵌められたわけか……。

 私は思い切り溜め息をついた。

「……噂、撤回して下さい」

「ゲーム放棄したじゃん」

 そういや、勝ったら撤回してくれるとか言ってたな。

「ま、あの手紙は佐倉田に返しちゃったけど」

「そうなんですか」

「元より、偽りの手紙だからね。佐倉田も返してほしそうだったし」

 内容はきっと、神代先輩への本当の想いを綴っていたのだろうなと思う。

 しかしそうなると、ゲームを続行することはできない。

 私が困惑していると、神代先輩は再び不敵な笑みを浮かべ、握られていたままだった手を更にぎゅっと強く握られる。

「オレと付き合って」

 えええええ!? なんでそうなる!?

「これが一番いい方法だと思うんだよね。手っ取り早いでしょ」

 いや、手っ取り早いというかなんというか。大体、付き合うと言っても。

「……私、神代先輩のこと、ほとんど知りません」

「これから知ればいいよ」

 そんなあっさり。

 神代先輩は私の顔を思いきり覗き込んできた。

「じゃあさ、付き合ってる人はいる? 好きな人は?」

「……いませんけど」

「うん、知ってる。だから何の問題もないよね」

 満面の笑み。いや、知ってるって。じゃあなんで聞いた。というかどうして知ってるんですか、と聞いたら『副会長の情報網を甘く見るな』とか言うんだろうな。どうでもいいけど副会長って微妙な立ち位置だな。

「ですが、やっぱりいきなり付き合うというのは気乗りしません」

「強情だな~」

 と言いつつ、先輩は笑みを崩さない。すると私の両手を握りしめ、「それならさ、『お友達』からならどう?」と提案してきた。

 先輩後輩で友人というのも違和感があるけれど。

 しかしよくよく考えてみれば、先輩は結構長い間、私を想ってくれていたわけで。

 ――これ以上は断れまい。

 私は「いいですよ」と半ば諦めて返した。先輩は胸に手を当てて「よかった~!」と大袈裟に言う。

「じゃあさ、とりあえずキスしていい?」

 …………は?

「いやいやいや、ちょっと待って下さい。私達、『お友達』ですよね?」

「じゃあ、ハグしていい?」

「話聞いてます? あと、ここをどこだと思ってますか」

 遠いとはいえ、目の前では野球部が練習しているのだ。今思えば、ここでこの会話もどうなんだろう。

 神代先輩は頬を膨らます。

「わかったよ。じゃあ噂の撤回は、オレ達が付き合ってからね」

 付き合うこと前提!?

「大丈夫。絶対オレのこと好きになるよ、桐子」

「……!」

 不意討ちだ……!

「あはははは! 桐子、顔真っ赤っか~!」

「誰のせいですか!?」



 こうして――こんな恥ずかしい会話を繰り広げつつ、失恋から始まった私達の関係に変化が訪れた。

 その後、夕香には驚かれ冷やかされ、前園会長には「被害者仲間だ」と意味不明に喜ばれる。佐倉田先輩からは「神代を泣かしたら只じゃおかないわよ」と釘を刺された。

 神代先輩に至っては「史斗先輩」と呼ぶことを強要してくるわ、パン食い競争の特訓をさせられるわ、メイド服を着せられそうになるわで、とにかく振り回されるのだが――

 いずれどこかで、これらの愚痴をこぼさせてほしい…………。

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