7.意外と早い収束
まずは、佐倉田先輩と話をしよう――
私は翌日、神代先輩とのゲームをほっぽり出して(だって犯人わかったら無意味だし)、佐倉田先輩に会おうと試みた。しかしなかなか見つからず、結局放課後になってしまった。神代先輩に会わないかとビクビクしていたせいもあるかもしれない。
夕香に相談したところ、彼女は図書委員で(意外すぎる)、今日はタイミングよく当番だそうだ。なんでそんなに詳しいのか疑問に思ったら「会いたくないから嫌でも知った」とのこと。
とりあえず、夕香には私の現状を粗方説明してある。それに対する彼女の反応は至って簡潔、「大変ね」の一言だった。もう少し気の利いた言葉は掛けられないのか。まあ、私だって夕香の立場であったなら、もう二度と関わりたくないと思うだろうから仕様がないか。
だけど図書館に行く去り際、夕香は「桐子、頑張ってね」と声を掛けてきた。申し訳なさそうな表情の彼女に、私は「任せて」と笑顔で返してあげた。
久し振りの図書館。恥ずかしながら、私は活字が苦手だ。本当に興味を持った本しか読めないのだ。決して嫌いではないのだが、集中力がないのである。
カウンターに目をやれば、佐倉田先輩が……いなかった。
視線を巡らせると、脚立を使って本を棚にしまっている女子生徒が一人。スカートの中身が見えてしまうだろうに、というほど短いスカートを身に付けている彼女は、佐倉田先輩だった。
脚立がガタガタと揺れていて危なっかしい。私は足早に彼女のもとへと向かって脚立を支えた。
当然こちらに気付いた先輩は、私を見下ろして目を見開いた。すぐにムスッとした表情になりつつも、「ありがと」とぽつりと呟いた。案外、素直である。
本を片付け終わった佐倉田先輩に、私は用事があると告げて有無を言わせず図書委員の仕事が終わるまで彼女を待った。
仕事を終えた先輩はうんざりしたように私を見て「行くわよ」と言って図書室を出た。
またプール裏へと連れて行かれるのかと思ったら、今回は校庭が眺められるベンチに隣り合わせで座る。
フェンスの向こうでは、まだ野球部が部活をしていた。
「アタシ、まだ神代が好きなの」
佐倉田先輩は校庭に視線を向けたまま、突然切り出した。
「神代はあんたを気に入ってる。だからあんたが邪魔なの」
あまりに開けっ広げなので、逆に感心してしまう。
「でも……ならどうして私の名前でラブレターを?」
「あいつの反応が見たかったから」
彼女は言ってから自分で呆れたように自嘲した。
「なんて……そんなのは建前か。あいつに――神代に素直に想いを伝えるのが怖かったんだ」
「いやだからって、その想いを私が宛てたことにしてどうするんですか! 大体、反応が見たいだけにしては、学校中に私が振られた噂をばらまくとか用意周到だし!」
一気に捲し立ててやる。だけど先輩は物怖じせず、
「全部、突発的にやったことよ」
鼻を鳴らして威張った。
ちょっと待って。全部ってどういうことだ。彼女とようやく視線が合う。
「本当は、神代にもう一度ちゃんと告白しようと思ってたの。だけど途中で怖じ気づいて、あんたの――寺石の手紙だったら喜ぶのかなって考えて。気づいたらそれを実行してた」
おいおい。
「だけどそれで、あんた達が上手くいったらどうしようってことに行き着いて」
ない。それはないが、佐倉田先輩はお馬鹿さんだ。正真正銘のお馬鹿さんだ。
「噂をばらまいた…….というわけですか」
「別に噂ばらまくのは簡単だったわ。あんたみたいな地味女と違ってアタシ、人気あって顔広いから」
「ひどい。というか、それなら噂の撤回もして下さい」
「しないわよ、そんな無意味なこと」
一刀両断される。
「噂が先行すれば、お互い近づきにくいかもなんて思ったけど……ま、神代には意味がなかったわね」
寧ろ、噂をリアルに実行されたんですが。
本当に神代先輩の行動が謎すぎる。佐倉田先輩も前園先輩も、神代先輩は私を気に入っていると言っているけれど、直接本人から聞いているわけじゃない。第一、どんな感情で気に入ってるのか、興味を持っているのかもわからない。今までのことはただの嫌がらせで、本当は私のこと、物凄く嫌いなんじゃないだろうか……?
そんなことを考えていると、「アタシね」と言って佐倉田先輩はベンチから立ち上がった。
「神代のこと、まだ好きって言ったけど……もう、諦めることにしたから」
「えええ!?」
昨日の今日で何があった!?
佐倉田先輩は苦笑いしながらこちらを見た。
「昨日、寺石と話したあとにはっきり言われた。お前のことは好きじゃないって」
そう……だったのか。
「当たり前よね。最低なことしてきたし」
「自覚はあったんですね」
「うるさい」
ギロリと睨まれる。けど彼女はすぐに決まり悪い表情になって、こほんと咳払いした。
「…………わね」
「はい?」
あまりの小さい声に、思わず耳に手を当て聞き返す。すると先輩は顔を真っ赤にして、
「悪かったわね!!」
思い切り私の耳元で大声を出した。キーンと耳鳴りがする。
……今のはつまり、謝られたってことだろうか?
「あ、あの……」
「じゃ、アタシ帰るから!!」
止める間もなく、彼女は踵を返して校門へと走り去っていく。
私は呆気に取られて、ただただ彼女の背中を見つめるしかできなかった。
まさかこんなにあっさり片が付くとは思わなかった。なんだかいやに素直だったけど(彼女なりに)、神代先輩が説き伏せたのだろうか。
とにかくこれで、めでたしめでたし――と言いたいのだが、まだ目的は果たされていない。この噂をどうにか撤回しなければならないのだ。私のブライドに賭けて。
やはりその一番の適任者は――
「やあ、寺石桐子さん」
私は陽気な声に振り返る。
そこには、仏のように微笑む神代先輩の姿があった――