Ⅴ 止まる世界で考えた。
第一章も終盤に近づいて参りました。
一章は、全ての物語の始まり。この先も長らくお付き合いして頂けましたら幸いですわい。
次に俺が手をかけたのは妹の部屋の扉だ。
開けて中へと入る、実の妹の部屋だからといって迷いはない。だって、部屋の主が不在であることは明白なのだから。
「お……なんだこれ、良い匂いがする」
鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
しかし、我に返って鳴らす鼻を止める。
「そういえば、こんなに堂々とあいつの部屋に入ったのは初めてだな。どれどれ、探索開始」
これは俺の未来に関するとても重要なことなんだ。決して下心など存在しない。
まず俺は、引き出しと言う引き出しを開いて回った。
タンスや机。小物入れ。
それら全てを見て回ってわかったことは意外にも俺の妹は、ませた下着を身に着けているという事だ。
……俺は一体何を考えているんだろう?
それについて考える事をやめにしてから、俺は一つの疑問へと差し掛かった。
「というか、家族の所有物とかが残っている……? 今までどうして気が付かなかったんだろう。いや、視界には入っていたはずだ。だけど、認識されていなかった?」
……わからないな。
思い。俺は妹の部屋を後にした。
★
どれ程の時間が経過しただろう。
妹の部屋を捜索した後、俺は血眼になって何かヒントがないか家中を探し回った。
両親の部屋。風呂場。便所。ベランダ。庭。
使われていない小部屋から何から何まで、そして今現在、俺は自分の部屋のベッドの上に倒れこむようにしてうつ伏せで目を閉じていた。
寝ようとは思わない。だけど考えすぎて疲れてしまった。
このまま目を閉じて、夢の世界へと逃げ込みたいのは山々だけど、まさに今夢の中にいる様な現実世界に俺はいる。
その事を思い、このまま目を閉じて明日が来たら全てが元通りになっているのでは? なんて淡い希望を抱いてみたりもする。
「疲れた……これは重症だよ。出てくるのは懐かしいと感じる思い出ばかり。未来につながる手がかりは一つもない」
どうしたものかと思案する。
ふと、放課後の教室で聞いた一言を思い出した。
――山の上の屋敷に向かいなさい。
伊神霧恵先生から出た言葉。それが声となって頭の中で再生される。
「山の上の屋敷? なんだろうなぁー、こうっ、なんというか何かが引っ掛かる」
その感覚はとても胸糞の悪いものだった。
山の上の屋敷……。
頭の中でその言葉について考えた時だ。
一つの閃きがきた。
「山の上の屋敷には……願いと願いを交換する魔女がいる」
そうだ確か荻布上島に伝わる迷信。幼い子供達に必ず大人達が言い聞かせるおとぎ話だ。
実際、魔女なんているわけがないっていうのは、誰だって理解できることだが、幼い子供達が大人達の目の行き届かない、何があってもすぐに助ける事のできない山の向こう側に遊びに行ってしまわぬ様に子供を脅かす為に作られた作り話。
しかし、俺の閃きはそれだけではなかった。
一つの閃きの中には幾つもの忘れ去られていた記憶が入っていたんだ。
「魔女は……いる。そうだ! 魔女はいるんだ! いた! どうして忘れていたんだろう……彼女ならどうにかできるかもしれない」
ベッドから立ち上がる、それからしっかりとした足取りで、足早に部屋を出た。
出ると、すぐ目の前に階段があった。
一階に降りるためのそれを全力で駆け下りる。
玄関まで走り、靴を履いて扉をこじ開けるように開け放つ。
「何とも図々しい限りだなぁー俺はさ。でもまた、君の助けが必要なんだ……だから、頼むからどこへも行っていないでおくれよっお姫様!」
扉の外へ。外の門を開き迷いのない足取りで止まる世界を走り抜ける。
★
俺はひたすらに足を回していた。
息が荒い。喉が渇いて苦しい。
けれど止まらない両足は走り続けていた。
全力疾走の理由は簡単。もしかしたら、この状況を打開できるかもしれないという淡い期待を孕んだ記憶が蘇ったからだ。
再び唐突に思い出された記憶。まだ薄っすらだけれど、思い出したそれに向かう脚を止めない。
山の上には屋敷があった。
そこには一人の女の子がいて、彼女はとても不思議な娘で……何が不思議だったのかは思い出せないが、しかし、俺は彼女に会う必要がある。
直観的にそう思ったんだ。
昔、俺は彼女と頻繁に遊んでいた。確か小学校低学年の頃だったか。
取りあえず確かに分かっていることは、彼女は俺の中でとてつもなく特殊な存在だったという事だけだ。
そこまで考えて、俺は思考を走る事に集中させた。
駆けるは山道。上りの続く道は思いのほか辛い。
「はぁはぁっ、もう少しのはずだ! あと少しで黒い柵が見えて……」
切れた息の間に言葉を挟みながら、強い視線を正面へ向ける。
――そして。
「あった! やっぱりあったんだ!」
正面に見えた物に対して叫んだ。
その叫び声と共に、自然と忙しなく動いていた脚が止まった。
膝に両手をついて呼吸を整える。
「はぁっ、はぁっ。山の上の屋敷……伊神先生の言っていた場所も、ここの事だろう。さて、問題はどうやって、中に入るかだね」
額の汗を腕で拭う、目の前にあるのは大きな屋敷だ。
屋敷を囲む黒く怪しい輝きを放った。大きな柵が、屋敷の中へと脚を踏み入れる事を拒むようにして佇んでいる。
柵の中には綺麗な花の咲いた庭が広がっていた。
まるで誰かが手入れをしているかのように、その美しい景色を冷たい月明かりに浸している。
一通り柵の外から見れる限りの中の様子を確認してから、大きな柵にある両開きの門の前まで歩みを進めた。
「……まさか空き家だからって、鍵が開いているなんて言う不用心なことはないだろうしなぁー。さて、どうしたものかな」
ため息交じりに言いながら、冷たい柵の門に触れてみた。
瞬間。
鉄と鉄が擦れる音と共に開くはずの無い扉が開いた。
「うおぉ! こいつは予想外だ。不用心? ってかどうして?」
両開きの柵門の片方に両手を置いてから力を加えてみる。
両手に冷たい重みを感じつつ門の中へと、庭の芝生を踏んだ。
「お邪魔します」
小声で行ってから、そそくさと屋敷の玄関と思われるこれまた大きな両開き扉の前へと進む。
「これってあれか。もしかして不法侵入? まぁこんな状況だし、流石のお巡りさんも目をつぶってくれるだろう……少しは罪悪感を感じた方がいいな。よしっごめんなさい」
目を閉じて誰にでもなく一礼する。
それから直ぐに視線を正面へ、屋敷の入口に向けた。
ゆっくりと扉に手をかけ……そしてドアノブを捻る。
「開くのか……まさかとは思っていたけれど、実際に開いてしまうと少し驚くな」
捻ったドアノブに力を込め迷いのない動きで中へ。
そっと後ろ手に扉を閉めて、首だけで屋敷の中を見渡した。
まず目に入ったのは、入口を入った正面に見える幅の広い階段だ。
赤い絨毯が幅の広い階段に合わせて敷いてある。
続く階段の先の道は二つに分かれていて、暗い室内からでは二つの道の先を見ることはできなかった。
次に視界に入ってきたのは、正面階段横にある古ぼけた時計だ。
埃をかぶってはいるものの、手入れをすればそれなりの物になりそうな、大きく存在感を放つ木でできた置き時計の針は、十六時十五分を指している。
ふと、俺は制服の袖を捲りあげて、視線を腕時計に落した。
見ると、腕時計の針も、大きな置時計と同じく十六時十五分を指し示している。
「これは当てになりそうにないな。十六時十五分……そんなはずがない、もっと時間が過ぎているはずだ。この屋敷に来るのだって相当の時間を使ったはずだし」
ここで改めて時間が止まっているという事を再認識した。
……本当に、世界はどうなってしまったんだろうか?
頭の中でそう呟いてから、俺は最初の一歩を踏んだ。
その一歩に続いて二歩、三歩と屋敷の中を歩み始める。ここに来た目的を果たす為にまずは、正面に見える階段をのぼってみることにした。
おつかりさまでしたー。
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