Ⅳ ヒントを見つけよう。
一読いかがですかい?
時刻は十六時十五分。
貴志雄大十が帰路についてから、十五分の時が経過した。
伊神霧恵は一人、三年一組の教室の窓から、外に見える傾いた太陽を見つめていた。
先ほどまで聞こえていた運動部の掛け声が急に聞こえなくなった。
彼女は、何か違和感の様なものを感じていた、胸に引っ掛かる感覚。
胸に来るあまり良いものでは無いそれに対して、彼女は片手を胸の上に置いた。
「十年ぶりだっけ? 彼は変わっていたかなぁ? それとも変わらず君好みのイケメンだった?」
聞こえる声は男のものだ。
伊神霧恵は振り返り、そして睨みつけるように正面に立つ白い男を見た。
「面白くない冗談ね……」
「失礼。歳を取ると歯止めがきかなくて困る」
言う男は全身を白いコートに身を包んだ白髪長身の男性。
瞳の色も白。全てが白の男が腕を組みながら、口端に笑みを絶やさずに伊神へと細い目を向けている。
「大丈夫かしら……本当にあれだけで良かったの? あの一言で、彼を救えるの?」
伊神の言葉。聞こえた声には切なさがある。
疑問への答えを待つ彼女は、胸に手を当てて先ほどとは打って変わった、心配そうな表情で白い男を見つめた。
そして笑い声と共に答えが来た。
「それは彼次第だろぉ? ココに僕達がいるだけでも、この世界にとっては直ぐにでも消さなくてはいけないイレギュラーなのだから、僕達のできる事はここまでさ」
それから男が歩き出す。
歩みを進め、止まったのは窓辺。
伊神の隣で夕焼け色の空を見上げながら一息ついて、もう一言を口にした。
「人を信じるというのは、一番簡単にできて、なにより自分に痛みの飛んでこない一番の好評価だと思うよ」
笑顔とその細い目で空を見上げながら彼が言った。
★
空に塗り込まれていた夕焼け色は薄く。
黒の目立つ空の下で、俺は帰路を急いでいた。
歩くというより、走るに近い。
そんな風に進むすぐ先には、俺が生涯のほとんどを過ごした場所。
家族四人での思い出が最も強く存在する場所。俺の家が目と鼻の先に存在していた。
進む道は住宅街。通り過ぎてゆく家々に人気は感じられない。
冷たい空間が続く、風もない。
「よし」
立ち止まる。
目の前には『貴志雄』と刻まれた表札がある。
数時間前の朝、ここを出て学校に登校したばかりなのに、なんだか妙に懐かしい感じがした。
もう何年間も、この家に来たことがない様な、そんな不思議な感覚を感じつつ、俺は門の扉へと片手を伸ばす。
鉄の擦れる音と共に門が開き、そのまま中へ。
制服のズボンをまさぐり、鍵を右手に持ち玄関の鍵を開けた。
「……ただいま」
言う俺の言葉に返答は無い。
見慣れた玄関。やはり人気は感じられない。
靴を脱いで、片足を廊下の上につく。
「うしっ、いっちょ悪あがきでもしますか!」
言葉と共に走りだす。
靴下で床を滑りそうな感覚を覚えつつ、まずはリビングへと駆けた。
扉を開ける。
「……相変わらずのリビングだ」
四角いリビングは、台所と繋がっている。
入口の扉から見て、正面に二枚の窓があってその横に、テレビが置いてある。
テレビの正面に机とソファー。
入口から見て左側に台所、記憶では母さんが鼻歌交じりにいつも料理を作ってくれていた。
……時たま妹も手伝っていたな。
料理の下手な妹だったと記憶にはある。
作る料理が不味いのなんの、まぁ、良い兄貴である俺は何も言わずにそれを頬張っていたんだから偉いものだ。
妹がメインで夕飯を作るときは、白いご飯を主食とおかずとして食べていたけれど。まぁ、我ながら優しい兄貴であった。
部屋を見渡し、思い出した記憶が更に詳細な物へと変わっていく事を感じる。
やはり、家に帰ってきたのは正解だった。何かが変わるんだ。
そう信じて、俺はリビングを後にした。
おつかれさまでしたい。