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Ⅲ どうやら俺は、どうにかなってしまったようで。

 ども、一読いかがですか?

 荻布上島は、島の中心部にある町の周囲を山で囲むようにしてできていた。

 囲む山々の中には、未だに火山活動が行われている様な元気な山も存在する。

 人口一万人。自然も多く町の皆も良い人ばかりだ。

 ふと、手元の腕時計を見ようと、学ランの袖を捲りあげる。

 時刻は十六時を過ぎようとしていた。

 帰りのHR終了から既に三十分という時間が経過している。


 既に夕暮れ色の空にある、大きく紅く燃える太陽は、その身を山の向こうへと隠そうと完全的に傾こうとしていた。

 俺は学校を出て、すぐの所にある繁華街にいる。

 夕焼け色の空の下、にぎやかな繁華街の明かりや、人々の活気に溢れた声などが耳に入ってくる。

 いつもは心地の良いそれは、今の俺には苦痛でしかなかった。

 できるだけ早めに帰って、そして一人になりたい。

 そう思う。

 とぼとぼと歩みを進める、流石に自分の家まで忘れるという事はないようで、顔を落として歩む道に迷いはなく、確実的に一歩、一歩、自分の家に近づいてゆく。


「りょぉうッ、どぉうしぃたぁ? 元気ねえなっ」


 と、ここで一つの声が聞こえた。

 耳を通る人々の声の中、俺の脚を止めた声は、何かを口に含んでいる様な。

 モゴモゴとした声で聞こえた言葉に正面を見る。


「一之瀬……食べるか黙るかのどちらかにしなよ」

「あ! ちょっと待て、それはつまり俺には発言権がねえって事かよ!? この平和な日本国でそんなことがあってたまるか、俺は喋るぜたくさんな。ブラボー! インフィニティー! トゥゲザーたい焼き?」

「いやぁ、遠慮しとくよ……それじゃ、またね」


 再び視線を地面へと落す。

 とりあえず一人になりたい。考えすぎて疲れてしまった。

 疲れるからと言って考えなければ、また忘れてしまいそうで怖い。

 これは、重要なことだ。決して忘れてはいけない事なんだ。

 俺はたい焼きを頬張る一之瀬を背に、帰路を急ぐことにした。


「なんだかわからねえけどよ。お前の抱く悩みは、お前一人でどうこうできる悩みか?」


 背後に聞こえた声、その声に込められた意味について考えてみる。

 一人で……どうにかなる事なのだろうか?

 記憶がこんなにもあやふやで、それでいて、記憶が確実的な事実だと理解できてしまう。

 そっと振り返り、俺は一之瀬に答えを伝えた。


「わからないな」

「一人でどうにかならねぇなら、その時は助けを呼べよな? 世界はわりと狭くてな。小さな荻布上島で最も人の集まる繁華街であるここで、だれか助けてくれぇーって叫ぶと、大体の奴が何事かって振り返ってくれんだ。そして、その振り返った内の数人が必ず助けてくれる……俺とかな?」


「そうかい。何故助けてくれるんだろう?」

「さぁ、何故でしょう? 何故だと思うよ?」


 ニヤニヤしながら、一之瀬は首をかしげて聞いてくる。

 何か良い答えが来ることを期待しているのだろう。

 ならば、それに乗らない手はない、俺は口元に笑みをつくってから口を開く。


「相当、暇なのかな?」

「お、お前! 親友の良心を砕きやがったな! 覚えとけよ!」

「ごめんごめん、冗談さ。だけどもう少しだけ考えてみるよ。一人で何とかできないと思ったら、お前の家に泣きながら駆け込むことにするさ」

「そか、んじゃ、饅頭と温かい紅茶でも用意して待ってるぜ。和と洋のコラボだ。これを逃す手はないだろ? 絶対来いよな」


 親指を上に立てながら、満面の笑みをつくってそう言ってくれる。

 彼の言葉を聞き入れて、そして歩き出す。

 今度は前を向いて、何か謎を解くヒントがあるはずなんだ。

 不覚にも一之瀬などに元気付けられてしまった。

 だがまあ、確かに彼のおかげで自分の中の何かに踏ん切りがついたのは確かだ。

 まずは家に行ってみよう、俺が生きてきた場所へ行って、何か手がかりがないのか探してみる。

 それでもし、何も見つからなかったら……。

 その時は、泣きながら一之瀬の家でタダ飯でも食べようかな。

 そんな事を思いながら歩いていると、ふと、自分の今存在している環境の何かが変わったことに気が付いた。

 その変化は大きなものだ。大きすぎる、立ち止まり辺りを見回した。


「……これはなんだろう?」


 呟く様にでた言葉。

 振り返り、背後に広がる光景を見る視界が激しく移動する。

 今、俺の立つ場所から見る事の出来る繁華街という場所。その全てを目で見てから、再び思考せずに声が出てしまった。


「おいおい冗談だろ……止まっている?」


 そう、それはまるで時が止まっているかの様な。

 見渡す視線の先にいる人々が立ち止まっていた。

 先ほどまでうるさい位に活気づいていた繁華街、響いていた人々の声が聞こえない。

 夕飯の買い物だろうか、手提げバックを持った中年のおばさんや、笑顔で商品を手渡す肉屋のおやじ。

 そして正面、たい焼き屋台の前で、口いっぱいにたい焼き詰め込んで頬張る一之瀬。

 それら全てが銅像の様に固まってしまっていた。

 まるで世界が凍り付いてしまったかのように、全てが俺の思考した一瞬で止まった。


「お、おい? 一之瀬! なんの冗談かなこれはっ、随分と手の込んだドッキリだね。テレビでも見たことないよ、こんなに完成度の高いものは」


 声が震える。頬に当たっていた夕焼けの光も、今は冷たい物と化していた。

 正面に立つ一之瀬の元へ歩みを進める、そして両肩に手を置いて力を込めた。


「おっ、おい……なんだこれ、動かない? どうしたんだよ! おい!」


 気が狂いそうだ。いや、もしかしたらもう狂っているのかもしれないが、確かに目の前に広がり、そして手でも触れる事の出来る現実。

 今回は記憶という、頭の中だけで起こった非現実的物ではない。

 実際に見れて、触れる。否定しようもない現実だ。


「なん……だよこれぇ? 災難は続くものだとは聞いていたが、これは俺の中で、最低最悪の部類に入るぞ……昔、妹に隠していたエロ本の場所を親にバラされた時並の衝撃だ」


 出る言葉に思考した形跡は皆無だ。

 何も考えずに言葉が出てくる。

 しかし、どうしてだろうか。

 混乱して停止していた思考が用を成そうと動き出す。

 手の震えが止まり、動転して空を見上げていた視線が正面を向く。


 正常。


 自分が戻ってきた感覚を感じる、こんなにも理解の行かない事態だというのに、何故だか冷静になれた。


「これは……可笑しいな。こんなにもぶっ飛んだ状況下だってのに、俺はこんなにも冷静だったか? もしかしたら前世は、神父かそれに類似する何かかな?」

 一つ息を吐いて、それから大きく深呼吸。

 振り返り自分の目指していた場所へと続く道を歩き出す。


「帰ろう……何かヒントがあるはずなんだ。これが夢ならば楽しもう……現実ならば泣き喚こう」

 そんな独り言を落として、俺は走り出した。


 おつかれさまでした。


 ※2013/12/19 修正

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