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Ⅰ 事実と理解との邂逅

 誤字脱字などありましたらすみません。

 随時、改善していきたいと思いますので、お許しくださいませ。

「わからないな」


 出た言葉は独り言で、教室の窓から見る空は、夕暮れ色に染まりつつあった。

 教室正面の教卓には、担任の先生と、その隣にもう一人。

 先週、この学校に赴任してきた世界史の新人教師がいる。

 時刻は、十五時二十五分。

 六限目の世界史が終了し、帰り支度を済ませた後のホームルームだ。


 教室内で聞こえる声は一つ。

 担任の教師がホームルームを進めていく声だけだ。

 教室内にいる三十数人にも及ぶ生徒達は皆、静かに教師の話を聞いていた。

 いや、中には教師の言葉を聞き入れていない者もいるだろう。

 その内の一人が俺であり、隣の席に座る古くからの親友である、一之瀬徹いちのせとおるなどは、机の上で涎を垂らしながら眠ってしまっていた。

 呑気なものだと、そう思い。

 自分が今日、久しぶりに他人について考えた事に気が付く。


 正確には今日ではなくて、三限目の数学の授業の時からだ。

 記憶しているのは、確か数学の中年教科担任から出た「数学は、スガーク! 簡単だよ!」という反応にとても苦しめられる一言から思い出された、というのが正しいのだろうか。

 頭の中にポトンッ、と何か落された様な感覚で記憶の中に入り込んできた一つの事実。

 その理解はできるが、納得も行くが。

 しかし、その瞬間まで理解も納得も、考えもしなかった事柄に苦しめられ、そして六限目が終了してホームルームが始まった。

 もう考えすぎて、何が何だか。

 数学の中年教科担任の信じられないほどスマイリーな笑顔で、発せられた渾身のダジャレが頭に響き渡っている状況だ。

 そういえば、この頃、娘が相手をしてくれないと言っていたな……原因はあんたのそれだろう。

 思うが、その思いが現実逃避の様なものだとわかり。


 再び思考を元に戻す。

 整理しよう。

 まず俺は四人家族だ。

 父、母、俺、妹。

 この家族構成で、荻布上おぎのかみ島に住んでいる。

 ――いや、いたか。

 それは紛れもない事実だろう、間違えようのないことだ。

 しかし、間違っているんだ。

 俺には家族がいた。

 という事実を数学のあの瞬間まで、忘れていたのだ。

 一軒家に一人暮らし、家族などいない。

 考えてみれば、高校生であるこの身で、一人で一家族が住むような一軒家に住んでいるというのはおかしな話である。

 しかし、この記憶は決して記憶違いなどではなく、紛れもない現実だった。

 思い出があるんだ、家族との楽しい日々や、怒られたり喧嘩したり。

 そんな思い出がある。

 けれど今日という日が来るまで、それを忘れていた。

 隣の席で未だ寝入っている、一之瀬いちのせにも聞いてみたが、俺の家族など知らないという事であった。

 考え、考えるがわからない。けれど確かにあったと思われる事実。

 思考した先に一体、何が待っているというのだろうか。


「ホームルームは、これで終わりよ。それじゃ、起立」


 俺の思考に割り込むようにして声が聞こえた。

 聞き入れて、その意味を理解すると、習慣だろうか。

 体が勝手に、席から起立した。

 周りに座っていた生徒達も立ち上がる。

 背筋をできるだけ伸ばして、次の言葉を聞く。


「礼」


 頭を下げると、教室中が一つの言葉で満たされる。


「ありがとうございました」


 一日の終わりを意味する言葉が響く。

 しかし、一之瀬はいまだに、隣の席で涎を垂らしながら眠っているのであった。  


 ★


「おはよう大十たいと。いや、グッドモーニングと言うべきかな? 最近マイケルの調子はどうだい?」

「お前は、いつまで夢を見るつもりだ? 将来への希望をなくしてしまい、路頭にならまだしも、夢の世界に迷いこむとは、実に変わり者だな……、おっ就職面接の自己PRは、夢と現実の区別をつけずに、全てを短絡的に考えられること、これにしたらどう?」


 自席から、ムクリと立ち上がる一之瀬の言葉へと、早々と突っ込みを入れる。

 ちなみに、マイケルとは一之瀬徹いちのせとおるの夢に登場する、脇役の名前だ。

 どうも夢の中で、一之瀬は海外に住んでいる十四ヶ国語を操るイケメン高校教師らしく、その夢を見た後に目覚めると、必ずどこで覚えたか日本語ではなく、他国語を一言口にするのだ。

 今回はちゃんとした朝の挨拶だった様だけど、確か昨日はジュ・ヴ・ゼームとかほざいたので、急ぎネットを使って調べたところ、あなたのことが好きです。

 という意味だと知り、鳥肌が立った覚えがある。


「それ……」


 立ち上がって、瞼を幾度か開閉してから、


「いいね!」

「……そろそろ目を覚ましなよ」


 俺は、机の上にある手提げカバンを片手で持ち上げて、窓辺の一番後ろの席から空を見た。


「さてと、明るい内に帰ろうよ。季節も季節だし、日が落ちるのが早いよ」

「そうだな」


 言いながら一之瀬も、机の横に引っ掛けてあった手提げカバンを持ち上げる。

 それから振り向いて、教室の入口へと歩き出した。

 進み、入口を出る。

 荻布上おぎのかみ高校の第三学年である俺達は、教室棟の最上階である三階の教室で授業を受けている。

 学年が上がるごとに階層も上がるというシステムは、なんだか理不尽な気もするが。

 まぁ、この学校への入学が決定した日から、その辺は割り切っていた。


「階段辛いな。取りあえず空が飛びたいぜ」

「話の内容がぶっ飛んだね。まぁ、空は飛びたいけどさ」


 階段を下りながら、何の意味もない話をする。

 他愛もない話だ。実にいつも通り。

 しかし、そのいつも通りに突然と、いつもとは違う言葉が落ちた。


貴志雄大十きしおたいと君」


 聞こえた声は背後。

 女性のもので、その声に聞き覚えがあった。


伊神いがみ先生?」


 振り返り、そこにいたのは、先週赴任してきた若い女世界史教師。

 伊神霧恵いがみきりえ先生だった。

 唐突に自分の名前を呼ばれて、しかも、思いがけない人からの声に動揺してしまう。


「ちょっと話があるんだけどいいかな?」


 なんだろう。


 俺の脳内に、素直な疑問が生まれた。

 それから右肩に重みを感じて首だけで振り返って、


「禁断の恋!」


 ウィンクをされながら、一之瀬にそんな事を言われた。


「ごめんねー一之瀬君。ちょっと貴志雄君借りるね? あ、後ね。成績見せてもらったんだけど前のテストの点数のままだと、間違えなく世界史は追試。他の教科もボロボロの様子だし、もしかしたら追試を通り越して留年の恐れがあるから気を付けてね」


 伊神先生の言葉を聞き、ウィンクと笑顔で膠着させながら顔を青ざめてゆく一之瀬。


「こっ、こら! 大十! 伊神先生様がお呼びだぞっはよいけやぁぁぁぁ!」


 わかりやすい奴だ。


「わかってるよ。んじゃ、先に帰っておいておくれよ未来の留年生」


 それから、そそくさと階段を駆け下りてゆく一之瀬を見送ってから、再び振り返って伊神先生を見た。


「それじゃ、教室で話しましょうか」


 おつかれさまでしたぁっ。

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