Ⅰ アグルニューン王国
やって参りました異世界です! でも今回……ちょっと説明が長すぎたかも! 今後少しずつ修正して行こうと思います。
「んじゃっ、明日の闘技大会に出場するのはそいつでいいのね? ……てか、そいつ誰なのぉ? なんだかパッとしない顔つきねー。本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ! パッとしないのは生まれつきらしいから、どうしようもないけれど、やる時は、やる奴だと僕は信じているからさ!」
会話は俺以外の男女二名によって行われていた。
その内容は俺を小馬鹿にしたような内容で、それら展開された会話に対して物申そうとした時だ。
話す男女、女性の方。少女というべきだろうか華奢な体躯に紺色のマントを付けた栗色、そして長い両耳を有する娘の視線が俺へと向いた。
「へぇ~。まぁユークの連れてくる人間に、真面な奴なんていないわよねぇー」
「ちょっと待ってくれるかな? それどういう意味だよ!」
凄まじい勢いで侮辱されてしまった。まぁ、ここに来るに至った経緯は決して真面な内容ではなかったけれど俺自身はというと、とても健全なそこら辺にいる普通の高校生なわけだ。
そこら辺と言っても、俺のいた世界での話なわけだけど。
「ここに来るのは初めてかしら? ……まぁ、反応からしてそうよね。えっとぉ、ようこそアグルニューン王国へ! 私はイヤよ。ここ私が切り盛りする店ね。安くて良質な品しか扱わないってんで、帝都の商店街じゃ一位、二位を争う老舗なんだから!」
名乗った彼女が片手を差し出してきた。
その手の意味を理解して、俺は差し出された手を握る。
「どうも。貴志雄大十です。えっとぉ、ここは何のお店なのかな?」
店内には何に使うかも不明な物で溢れかえっていた。謎の液体が入った容器や、気味の悪いデザインの布。
「なにって、見ての通りの魔法具店ですけど? ……っと、君の世界には魔法だとか言う物は架空の存在なんだっけか」
言いながらイヤと名乗った少女が、近くの机の上に置いてあった杖を手に取る。
短いそれは木でできている様で、長さは一メートルにもみたない。
彼女は、その杖の先を自身の正面へ向け、何かを描く様に杖を動かし始めた。
「おっ! なにこれ!? どうなってんのぉ!?」
「どうもこうも。これが魔法が付与された物体の力だからねー。ほらっ、この世界でのあんたの名前。こんな風な文字を書くのよ」
彼女が動かす杖、その先から光の線が空中に浮かび上がっていく、その光の軌跡は文字の様な形状をしたものを形作っていった。
イヤの言う様にこの世界で使われている文字なんだろう、作られていく光の線の意味を少しも理解できない。
「これが魔法……ここは、本当に異世界なのか……」
本当に今更だけど、目の前でこういった物を見せられると自分が存在している場所は今まで自分が生きてきた場所とは全く異なる場所なんだって思い知らされる。
埃だらけのジャンクショップから、ユークが出現させた光の玉の様な物に触れた瞬間に、意識が飛ぶような感覚と共に俺はこの店の中で目を覚ましたんだ。
ちなみに衣服は学校帰りのまま、つまりは学ランを着ている。
俺が黙って光の線を凝視していると、イヤが杖を振るうのをやめて、その杖の先を俺にかざした。
「……あんた。魔法とか使えるの?」
「いや、使えないけど……どうして?」
俺の言葉を聞いてから一つの溜息を落として、杖を元々置いてあった机の上に叩きつけるように置いてから、イヤがユークを睨みつけた。
「ユーク……あんたって馬鹿でしょ?」
「あららん? ばれたぁ? 僕が馬鹿であることがばれてしまった事と同時に、君の店がこの競争率の高い商店街で一位、二位を争っている様な競合店ではないって事をばらしておくよぉ」
「アッハハハ……それはどうだっていいのよ! 何が、ばれたぁ? よ! 魔法も使えない、それと身なりからして剣士でもなさそうだし、こんなのが大会に出たら確実的に死ぬわよ!」
イヤの口から出る声は、続けられるにつれて怒声へと変わっていった。
――あれ? ちょっと待って、今なんて?
「えっと……大会ってなんだろう……それと、俺が死ぬの!?」
小さな店内に、俺の素っ頓狂な声がこだました。
「え……もしかして知らないの? ……はぁ~ん、世除にも色々な奴がいるのねぇユーク見たいな無駄に物知りな変態だったり、やけに派手な服装の女好きだったり……いいわ、よく聞きなさい。闘技大会ってのはね。スリナーバラン帝国ができてから、ずぅーっと続いている年に一度の行事。自由参加の闘技大会よ。毎年凄まじい人数の人達が参加するんだから」
無知な俺に少し呆れ気味になって、イヤが答えてくれた。
「なるほどね……えっと、それに俺が参加するの? 素直な意見を言わせてもらうと、無理だね。うん。喧嘩だってろくにしたことがないんだよ? それが闘技大会って、そんなムチムチの筋肉質な男共がくんずほぐれつする大会になんて……」
「別にムチムチの男ばかりが出場するわけじゃないわよ。あんたみたいにヒョロい体系の魔法使いだって出るし、ルールは簡単、どんな手を使ってでも相手に、参ったって言わせれば勝利。毎年、死人がでないのが不思議なくらいの血みどろな戦いになるのよ?」
聞けば聞く程、俺には荷が重すぎるという思いが募っていく。
それと、まだこの世界について解らない事が多すぎて、イヤの言う言葉の中にも幾つか理解できない内容の物がちらほら。
ひたすらに疑問だけが俺の頭の中を埋め尽くしていく中で、ユークが満面の笑みと共に片手でピースをつくっていた。
★
それからイヤが、俺に王都を案内してくれることになった。
店から出て、俺が視界に捉えた世界は本当に思わず言葉を失ってしまう光景で、言葉を失ってから最初に出たのはただ一言。
「綺麗な場所だね」
見える街並みは白色をしていた。家の外装が全て白一色なんだ。
立ち並ぶ家々の建造の仕方も独特で、家が階段の様に並んでいて、家で造られた階段の一番下に位置する俺達の現在地。
王都の中心にあるこの商店街からでも、上を見れば立ち並ぶ家々を見渡すことができた。
「でしょぉー? ここはアグルニューン王国の王都、ディグよ。んで現在地がディグの中心部にある商店街ね。そしてこの商店街の真っ直ぐ先。今私たちが見ている方ね。方位で言うと北側かしら、そこにスリナーバランを統括する皇女様のお城があるわ」
イヤが視線を向ける先に、俺も視界の中に捉えていた綺麗な街並みから視線を外して向ける。
「おぉ!? す、凄い! おとぎ話みたいなお城だ!」
思わず叫んでしまった。流石は商店街と言うだけあって、行き来する人の数も半端なものではなくて、俺が叫んだ時、凄まじい勢いで冷たい視線を向けられてしまった。
視界の中心、真っ白な城があった。
どう表現すればいいのだろうか、よくおとぎ話とかに出てくるお城が、そのまんまそこに存在していたんだ。
とても巨大な建造物は、その壮大な全体をこれでもかと言う程に晒していて、距離的に離れているこの場所からでも確認する事が出来るその巨体に見惚れることしかできない。
しかし、早朝だと言うのに凄い人の数だ。商店街の道幅はかなり広い、恐らく横幅五十メートルくらいある。
縦の長さなんていったら、お城から帝都の入口まで繋がっているので目測もできない。
そんな道全体が人で埋め尽くされているんだ。
人々の波に乗りながら、城がある方向へと少しずつ歩んでいく俺達一行。
「おとぎ話みたいなお城……あの中に″彼女″がいるんだよ? 大十少年」
ユークの声。彼女とはつまり。
「ブリキ! 彼女があそこに? ……、まさかとは思うけど、皇女様って――」
俺の驚愕の声、それをイヤの声が遮った。
「スリナーバラン帝国。前皇帝からの遺言によって、帝国を統括する全権利を手に入れた若き皇女殿下。レムラ・ムル・スリナーバラン皇女よ」
思わず言葉を失ってしまう。
――ブリキが、一国の皇女様だって?
「別に驚くような事じゃないさぁ。割とブリキは王女様とかに転生していることもたくさんあったし、中には神様なんて祭り上げられている時代もあったよ。彼女は転生することによって、どんな存在にでもなれるのさ……、最後には必ず残酷な死が待っているわけだけどね」
遠い目をしながらユークが言った。
彼の言う通りなのだろう、ブリキが死に続ける空白の五千年と呼ばれる世界。
実際には五千年以上存在するというブリキが転生し、死にゆく世界。ユークは五千年より長い時代に転生していたブリキを既に、何人も救ってきたのだという。
そして救われていない彼女が転生している、残りの五千年の世界を区別するためにそう名付けた。
たぶん、俺が想像する事もできないような長い時間を使って、ユークは彼女を救ってきたんだと思う。
「おっ。魔法道具屋のイヤじゃねえかぁ。どうだい景気の程わぁ?」
歩く俺達にそんな声がかけられた。その声に名前を呼ばれたイヤが答える。
「いつも通り! ……最悪よねぇ。まったく近頃の魔法使いは分かってないのよ! 本当に良い道具っていう物をね。皆、大きくて名のある店に行っちゃてさ。本当に低能よねー」
「おいおい。そんな大声で言ったら、大事なお客様に聞こえちまうぜぇ? っと、ほれこれ。連れにも食わせてやりな。帝都から一番近い農場で取れたリンゴだぁ。取れたてだぜぇ?」
声の主は体格の良い中年男で、立ち並ぶ露店の中から陳列された赤いリンゴを三つ掴んで、気前の良さそうな笑顔と共にイヤへと差し出した。
「ちょっと、流石にタダってのは貰い難いわ……、取れたてでしょ? なら定価よりちょっと高く買うわ」
「いいからいいからっ! 女には優しくしろって女房に言われてんだ。俺が女房にぶん殴られてもいいのか? そいつは悪魔の所業ってもんだぜ」
笑顔と共に無理矢理にイヤへとリンゴを渡す男。それを苦笑いで受け取るイヤ。
「ちょっとあんたら、お礼言いなさいよね!」
それから振り返って俺達を叱咤してくる、さながらお母さんだ。
ユークと共に頭を下げてお礼を言うと、露店の男が豪快に笑って、俺の肩を叩いてきた。
本当にフレンドリーな人だ。あと少しだけ痛かったよ。
商店街の明るい雰囲気だとか、露店の男の豪快な笑い声とかに影響されてか、自然と俺の口元にも笑みが生まれてきて、自分がこういう雰囲気が好きだって事を初めて知ることができた。
露店の男にもう一度、お礼を言ってから俺達は歩みを進めた。
★
それから俺達は帝都内の様々な場所を歩いて回った。
道中この世界についての色々な事を教えられながら、おかげで世界の概要が掴めたって感じだ。
まず、ディオエスティグマと呼ばれるこの世界は四つの大陸に分かれており、大陸ごとにその大陸内を取りまとめる大きな国が存在する。
俺達が現在いるスリナーバラン帝国は、東に存在する大陸を取りまとめる国で、商業が盛んだと言う。
君主制が存在するこの世界だが、スリナーバランの皇帝は一族を通して人柄が良く民達にも愛されていたため、反乱なども全くなくて、実に平和な歴史が続いてきたという。
次に四大陸の南を統括するアグルニューン帝国は、機械工学が最も発展している国で、スリナーバランの大地を駆ける馬を使わずに、魔力や電力を使用して走る機構車などは、そのほとんどの生産元がアグルニューンだという事だ。
機構車ってのは、俺の世界で言う車のことかな。しかし、そんな物も動かせるなんて魔力って便利なんだな。
次は西の大陸、ディ・ティオ帝国は他の二国とは全く異なり少々荒っぽい国で、戦争だとかに力を入れている国だ。
戦争と言っても人殺しではなくて、戦いの矛先は北の大陸に向けられている。
北の大陸は一応、地図には存在しているのだが、大陸の中身が全くの不明。
理由は簡単。北の大陸は人とは違う異種族によって、統括されているからだ。
ディ・ティオ帝国が長年、戦いを繰り広げてきた北の大陸には、魔物と呼ばれる人外の生物が存在するという。
魔物の容姿は様々で人間より何倍も大きな者もいれば、人型に羽が生えていたり、もはや人型ですらなかったり。
そんな異質な存在が巣くう北の大陸は、様々な言葉で表現されていた。
暗黒大陸だとか、暗黒界。魔界とも呼ばれていたりして、もはや別世界としてこの世界の人々には認識されているらしい。
「そんなわけで、アンタのいた世界とは全く違うって事だけ。取りあえずは理解しておけばいいと思うわ。まっ、明日の闘技大会頑張ってねー」
「そうだよ! 闘技大会! ユーク、お前とは少し話をしなくちゃならない」
帝都を一通り回ってから、俺達はイヤの魔法道具店に戻ってきた。
帝都はとても広くて、店に帰ってきた頃には夕暮れ時、それと足が棒になっていた。
イヤの案内のおかげで、帝都ディグの全体を知ることができた。
本当に感謝のしようがないくらいで、何か俺に出来ることはないか? とイヤに聞いたところ。
――闘技大会に優勝して、優勝者に与えられる賞金を全部、よこしなさい!
と返ってきた。もはや命令口調で、しかも血走った目で言われたので思わず頷いてしまったが、やはり俺の命が危ないとなると別だ。
俺はできるだけの真剣な眼差しをユークへと向けた。
でもやはり、それは無駄で、ユークは相変わらずの笑顔でこちらに明るい表情を向けていた。
「君が適任だ。君しかいない! 君が一番だっわーいわーい」
「いや、何ごり押ししようとしているんだよ! 俺は参加しないぞ! イヤも言っていたじゃないか、毎年血みどろの戦いになるって……、これ死ぬよね俺!」
一体全体、何のためにそんな危なっかしい行事に参加しなくてはならないのか、自由参加なんだから、参加するなら俺は観戦席の方で見ていたいよ。
俺の声にその場で、くるりと片足を軸に一回点する。
回る彼の白いコートが重力に従って乱れ、そして止まった。
俺に向けられた明るい表情、それは変わらないはずだ。
だけど、どこかが違った。
前に一度だけ見たユークの影のある表情だ。
「君が行かなければ、″彼女″が死んでしまうとしてもかい?」
言うユークは笑っていた。けれど笑みの形作られた表情には確かに影がある。
俺は唾を飲んで、ユークから出た言葉の経緯を知るために、疑問を口にしようとユークの瞳へと視線を向ける。
「ほらっ。下品な男共。お風呂が沸いたから入っちゃってよ!」
次に店内に響いた声は、俺の疑問ではなくイヤの場違いな声だった。
おつかりさまー。
次回は、主人公が闘技大会に出場します。魔法使いでも、剣士でもないタイトは、どうやって勝利を勝ち取っていくのか……ユークの言う彼女の死の理由とは……。