断章2 異世界へ。
少年の物語は終わり、次に少女の物語が始まる。
生まれ抱いた感情を心に、少年は異世界へと旅立つ。
第一章完全完結、次回からは異世界が舞台です!
窓の外に広がる景色は夜の闇。
すっかり時間が過ぎて、日が落ちてしまった。
「ブリキ! これ、貴女に買ってきたの! 絶対に似合うと思うわっうん、絶対よ!」
明るく言うのは、栗色の短髪を乱して笑顔をつくる忙しない奴。
伊神霧恵、俺の幼馴染だ。
まぁ、向こうは二十四歳でこっちは十七歳の高校三年生だ。
そういえば高校三年生への進級も真面にしていなかったことを思い出す。
でも単位は足りていたし、恐らくこんな事件がなければ俺は無事に高校三年生に進級していたであろう。
「なんだよそれ?」
「ブリキに買ってきたのよ。ブリキの服ずっと同じじゃない? 良いデザインの服だとは思うけれど、たまには違う服も着てみないとって……、ほらいっぱい買ってきたのよ」
言いながら埃だらけの床に置いていた大きなトランクを開ける。
「おぉっ、こんなにたくさん……、で、その手に持っているのはなんだ?」
トランクの中にはたくさんの衣服が入っていて、値札がついているので恐らく新品だ。
「今、着てもらおうと思ってね。これドレスなの。たぶんブリキ、私とサイズ大体一緒だろうから、私に合わせて買ってきちゃった」
なんだかブリキを前にすると偉い明るくて優しい気がする、まるで別人だ。
そんな霧恵の表情はとても明るくて、本当に楽しそうに笑っていた。
「えっとぉー……うっし、ユーク。あそこにある奴貸しなさいよ」
「べっつにかまわないよぉー。ここにある物は好きに使っておくれ」
霧恵が指差した場所には、よく服屋とかにある小さな試着室があった。
やはり試着室のカーテンは所々黒ずんでいて、年代ものである事が理解できる。
「ほらっブリキ! 起立! こう見えても私、本物の教員なんですからねっ、先生の言うことは聞くものよ」
装飾椅子に座るブリキの腕を持って、半ば無理矢理に立ち上がらせてから試着室へと誘導していく。
「あっ、覗いたりしたら殺すから」
ニンマリ笑ってから試着室のカーテンを閉めた。
それから間もなくして、試着室内に明かりが灯される、中に備え付けの光源でもあったのだろう。
「覗くなっていわれると、覗きたくなるのが男の性だよね!」
言いながら両手の指を奇妙に動かしながら、虚空を揉みほぐすような動作をとるユーク。
一歩ずつ試着室のカーテンへ近づいてゆく。
見るとカーテンにはシルエットが二つあって、静かなジャンクショップの中にはユークの荒い鼻息と衣擦れの音、それと霧恵の楽しそうな鼻歌だけが響いていた。
と、ここでユークがカーテンの前に到着、そっとカーテンの端っこを持ってから……。
「ふぐおっ!?」
背後の床に吹っ飛んだ。
そのまま仰向けの体制で倒れ込むユーク、一連の動作を見ていた俺は全てを理解できていた。
カーテンに触れた時、突然とカーテンが大きく膨らんで、その膨らみを顔面にくらったユークが大きく背後に吹っ飛んだのだ。
恐らくその膨らみは、霧恵による物理的攻撃だろう。
どの部位で行われた攻撃なのかはわからないが、かなり強力なものだ。
「触らぬ神に祟りなし、ユークよ。霧恵は小さい頃から暴力的だったんだ。しかも、喧嘩がとても強かった……、そこらへんの男子なら余裕で泣かせることができるよ彼女」
「それをもっとっ、はやっく言ってほしかった……、な」
パタリと目を閉じるユーク。
回復まで時間がかかりそうだ。
★
「さぁさぁ、ついに姫様のご登場だよ! お茶とお菓子の準備はOK? ここから先は瞬き厳禁! ハンカチの準備は? 投げる小銭の準備も大丈夫? 準備できるものは全て整えておこう」
言うユークは霧恵の強力な打撃から完全復活を遂げていた。
「あっと、なんだか緊張してきたな……あ、一ついいかな? 可愛い? もし可愛いならどれくらい可愛い? 見る前に準備しておかないとさ。ほら、お風呂とかでいきなり冷水とか浴びせられたらビックリするだろ? それと同じであんまり可愛いと、いきなり抱き付いてしまいそうな、そんな衝動に駆られてしまうんだ」
確か霧恵の用意したドレスは、マックス清楚系の白だった。
――絶対に似合うだろう!
思い頭の中で想像してみる、ブリキが白のドレスを着用した姿を――綺麗だな。
あぁ、とても綺麗だ。昔、初めてブリキと出会った時も思ったことで、彼女はとても綺麗なんだ。
容姿からして歳は現在の俺と同じくらいだろう、高校生っていうよりもっと大人な感じもするけど。
「少し静かに、もうちょっとで後ろのフックが引っ掛かるから……よいしょっと、うしっできた。おぉー、流石に中々似合うじゃない」
聞こえた声は試着室の中からで、霧恵が慎重な息遣いでそう言った。
見える長髪の影と短髪の影。
長髪の方がブリキだろう、シルエットからしてスカートは結構長い。
「可愛いどうこうは、その目で確かめなさい。それが一番早くて、何より感動を覚えると思うわ」
「りょうかい、りょうかぁーいっふいじゃ、箱を開けたら何がでるかなぁー。オープン!」
ユークの陽気な声と共に、カーテンが開かれた。
そして――。
「…………」
俺とユーク。
その視線が開け放たれたカーテンの向こう側の世界のただ一点に向けられていた。
時間が止まってしまっているかのような、少しの沈黙の後に俺が思わずの一言を口走ってしまった。
「あのぉー……抱きしめてもいいかな?」
やばい、可愛い。
なんだろう、湧き上がってくるこの感覚は、全てがどうだってよくなるような。
彼女のためなら全てを捧げてもいいとすら感じてしまう。
胸の奥がこう、なんというか熱くなって、ドキドキして、意味が分からない。
そして俺は、何も思考せずに自分も知らなうちに行動していた。
前傾姿勢、腰を落として目の前に存在するドレス姿のブリキにダイブしたのだ。
本当に何を考えているんだろう俺は――、いや、そうだった。俺は何も考えていなかったんだ。
「ぎゃおぐぅっ!?」
ダイブ。そして目指した場所へ到達することなく、俺は撃ち落とされた。
「あらっ、なんか折れた?」
「あーっちゃー……大十君? 大丈夫かなぁ? ここで死なれると僕、ちょっと困るよ。君には活躍してもらわなくちゃ!」
痛い。俺を床に沈めた力は霧恵の踵落としだった。
本気で痛い、身体に力が入らない。
――でも、もっと見たいな。
思う。俺は彼女の姿をもっと見ていたいと、そう思ったんだ。
ここで俺は気が付いた。ここまで俺を突き動かす感情について、俺は知っていた。
頭を働かせる必要すらない――この感情はきっと――恋なんだ。
死に続ける少女、儚い彼女は俺を助けてくれた。
彼女の理不尽からすれば、俺に起こった理不尽なんて大したものではない、そう感じることができた。
そうやって感じられた事によって、俺を前に進めてくれようとしている。
俺よりも不幸な彼女を救ってあげたい、どうして救おうと思ったのか? 恩返しだろうか、情を抱いたのだろうか。
そうだね。それら全てが救おうと思った理由なんだ。
だけどその理由の中にもう一つ、今から項目を付け足そうと思う。
――俺は、彼女が好きなんだ。
「ふっ、ふっ、ふ、ふふふ……復活ッ」
「おぉー流石はタイト君! 彼女の七十キロ級踵落としを食らってもなお、立ち上がる気力があるとはね」
「そんなにないわよ!」
「あら怖い。おこらんといて」
それら二人の会話を無視して、立ち上がった俺は彼女に率直な感情を伝えた。
「綺麗だよ。ブリキ」
「ありがとうございます」
俺の声に返された感情のない声。
でも、それがまた良いんだ。何も感じられない真っ白な声。
儚い少女を目の前に俺は、試着室の中に立つ彼女へと一歩前へ踏み込んだ。
「あぁ、凄く綺麗だ。鬼に金棒? いや、違うな。無粋な言葉を失礼」
失言。
まったくもって何も思考せずに出た言葉は失言だ。この場にそぐわない台詞。
霧恵の持ってきたドレスは、白を基調とした清楚系マックスのもので、半端ではない程にブリキに似合っていた。
――どうしよう。なんだこれ。本当に俺はどうしてしまったんだ。
声にならない感情。その感情を声にしたいと思い、言葉を自分の中で模索する。
「恋かな……? 俺は、君が好きなんだ」
告げていく。俺の感情を言語化する。
「おぉっ! 一度言ってみたかったことが君のおかげで言えたよブリキ! もっと好きになった! 愛しているよ!」
暴かれていく俺の心の中のモヤモヤの真実。暴くのは俺自身だ。
「――だから」
この際だから、俺の思っている事や成し遂げたいことを全て伝えておこう。
息を吸い込んで、できるだけ彼女に感情が伝わる様に……感情をもたない彼女へ向けて。
「だから助けるよ」
――告げた。
彼女は感じてくれただろうか? 俺はできるだけ強くそう告げた。
俺の言葉に嘘偽りがなくて、強固たる何かがあることを悟ってほしかった。
できる事なら、俺の言葉の後に反応が欲しいという欲張りなことを考えたりもする。
笑ってくれたらいいな、嬉しすぎて泣いてくれたら本望だ。
しかし、彼女の返答には俺の妄想したどの感情も込められてはいなかった。
「ありがとうございます」
短く告げられた言葉に、それでも俺は嬉しかった。
初恋は一目ぼれ――なのかな? ずっと前から、幼かったあの時から好きだった様な気がする。
「霧恵女性。明日、僕達は旅立とうと思うよ。その間この店は好きなように使っておくれ。ブリキのこともヨロシクね!」
ユークの言葉に霧恵が頷く。
彼女の行動を応答として確認してから、ユークの視線が俺に向けられた。
「これから先。君は彼女が死ぬ瞬間を目の当たりにするかもしれない……、でも忘れないでおくれ。君が彼女に抱いた感情と救いたいという気持ちを……忘れなければ何度でもやりなおせるからさ」
言葉を切って、ユークが一度、顔を下へ向けた。
何だかこんなユークを見るのは初めてだ。
暗い影が顔にはあって、でもすぐにユークの顔は俺達の方へと向けられる。
いつも通りの満面の笑みと共にユークが放つ言葉、その言葉を俺は耳にではなく、心に刻み付ける。
「全ての彼女を救って、全ての彼女を見て、完成した彼女と皆で笑おう! ……行こうか、彼女を殺す世界。女神の聖痕へ!」
俺の物語が終わって、明日からは全て彼女の物語だ。
この瞬間が全ての始まりであって、俺の話はどうでもいいことだったのさ。
――ブリキ仕掛けの姫様を救う物語が始まった。
おつかれさまー。
一読いただき本当に感謝です。次回もお楽しみに!
次回のサブタイトルは『丸くて柔らかくて、肉感のある二つの何か(仮)』です。サブタイトルは変わることがありますので、ご了承ください。