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断章1 夢だろうかと事実に聞いた。

 思った以上に断章が長くなってしまいまして、二分割することに。

 次回は断章2 異世界へ。です。

 日本海に浮かぶ荻布上おぎのかみ島。

 実感はないけど、帰ってきた現実世界であるここ、君架きか町にある一軒家。

 そこが俺の家族が暮らしている場所だ。

 そして今、赤色の屋根をした一軒家の屋根の上にて、俺とユークはある人物を待っていた。

 どうしてこんな場所に俺達がいるのかというと、最後に家族の顔を見ておきたいという俺の希望にユークが答えてくれたからである。

 住宅街に立つ貴志雄きしお家の一軒家は、二年前に新築したばかりだという。

 中々、立派な造りをしていて――まぁ、普通の一軒家なのだが自分の家となると少しは、見栄えが違ってくるものだ。


「七時五十八分……、そろそろかなぁ?」


 隣に腰掛けるユークが、右手に持った懐中時計を見ながらそう言った。


「えっと、七年経ったんだよね……七年前、妹は十五歳で中学三年生だったわけだから、うーんっと大学生か社会人かな?」

「少年の妹さんは高校卒業後、東京にある美容師専門学校へ二年間通って資格を獲得。現在、二十二歳の新米美容師として、君架きか町にある美容店で働いているよ」


 ニッコリと、満面の笑みを俺へと向けてくる。


「どうして、そんなに詳しいのかな?」

「君を助けるために色々と君と関係の深かった人を調べたからね……、その中でもブリキと関係を持ったことのある伊神霧恵いがみきりえ女性を選んで、あの世界へ送ったのさ。僕があの世界に無理矢理干渉したせいか、ブリキの記憶を失ったはずの霧恵女性が記憶を取り戻して、罪滅ぼしのつもりでこの町に丁度来ていてね……、そこを拉致したんだ」


 言いながらユークが笑う。

 何だか全てがユークの思い通りに事が運んでいる様な気がするんだが、気のせいだろうか?

 恐ろしい奴だ。思いながら彼だけは敵にしたくないとも思った。

 七年という月日はとても大きくて、俺は未だに夢の中にいるのではないかと、広がる現実の中でそんな事を思ってしまう。


 俺をあの十一月三十日が繰り返される世界に飲み込んだものは、ユークが言うには悪魔とか言う異質な存在らしい。

 この世界に存在してはいけないイレギュラー的存在。

 存在してはいけない存在ということで言えば、ユークも同じ立場らしい。

 魔法使いを自称する男は、自分の事を異世界人だとも言った。何でも世界は、俺のいるここ以外にも幾つも存在しているらしく、中には魔法使いが当たり前の様に闊歩かっぽしている世界もあるという。

 本当に笑えない話だ。

 笑えない話ついでに、更に付け足すと現在の俺の状況。

 俺はどうやら……死んでしまっているようだ。

 いや、実際には生きているのだが、その悪魔だとかいう奴に運悪く捕まった時に死んでしまったことにされた。

 そんな魔法みたいな事ができるのかと、疑問に思ったがそれは実に滑稽な愚問ぐもんだという事に気づく。

 現に魔法みたいなことが目の前で、現実として起きている。

 とてもじゃないが否定できない、魔法使いを自称する男まで隣にいるわけだから尚更だ。

 俺は、十一月三十日に交通事故で死亡。そういう設定というか、そういう現実に書き換えられてしまっていた。


「お、来たみたいだよ」


 ユークが立ち上がり赤色の屋根から下を見下ろした。


「ちょっと! ばれたらまずくないか? もう少し慎重に動いた方がいいんじゃない?」

「君はその方がいいかもね。死人が屋根の上に登って実の妹が成長した姿を見るために待ち伏せしてるなんて、知れたら参事だ」


 そう言ってまた大きく笑う。何だかこの笑顔を殴りたくなってきたよ。


「俺はそうだろうけど、ユークもまずいでしょ?」

「いやいや、僕は見つかった所で、怪しい奴が怪しい格好をして、他人の屋根の上に勝手に登っている様にしか見えないから」

「そっちの方がダメだろ! 警察沙汰だぞ!」


 俺が叫ぶと人差し指を鼻の上にあてて、シィーっと口を尖らせてくる。

 本当に、こんな奴が俺の恩人だなんて信じたくない。


「いってきまーす」


 声は俺達のいる屋根の下、玄関の扉を開ける音と共に聞こえたもので、その声色に俺は思わず声を上げてしまった。


「静かに静かにぃぃぃ! 本当にばれちゃうよ」


 言いながら屋根の下をのぞき込むユーク。

 俺も同じように屋根の上から顔を覗かせる。


鳴流実なるみ……」


 呟く様に出た声。それは俺が今、視界の中心に捉えている女性の名前だ。

 貴志雄きしお鳴流実なるみ、俺の妹の姿がそこにはあって、その姿は面影はあるのだが、変わっていた。

 不思議だ。俺からすれば十一月三十日でずっと止まっていて、ループから抜け出してから二週間の月日がたったわけだから、たかだか十数日間程度しか妹と顔を会わせていなかったことになる。

 そんな短時間で、いや実際は七年間という月日が流れたのだが変わってしまった妹は、とても綺麗になっていた。


 ――二十二歳だっけ、俺より妹が年上か……、もはや姉だな。


 流石は美容師、髪の色は茶色で綺麗にセットされた髪型にはプロの技を感じた。


 ――髪、伸ばしたのか。


 七年前は短髪の黒だった髪の毛が、背中辺りまで伸びている。

 それから、妹が仕事先へ出勤する後姿をぼーっと眺めていた俺は、肩の上にのせられたユークの手によって夢から覚めた時の様な感覚を持ちながら、現実に引き戻された。


「夢だろうか……? いや、現実なんだよねっわかっている……、でも、信じられない。いやっ、信じたくないのかな?」


 それから目頭が熱くなって、俺は泣いた。


 ★


 とどのつまり異世界を放浪していたユークはある日、ネジを回さなければ動くことができないブリキ仕掛けの少女を見つけ、彼女を救うために試行錯誤してきた。

 そんなある日、新しい彼女の居場所を見つけたから移動させようとしたら、運悪く俺の記憶で構築された世界に飲み込まれてしまい、すぐにブリキを救い出すことはできたんだけど、俺と言う人間をその世界で見つけたのでついでに助けてくれた。

 本当に話を聞けば聞く程、いい奴だ。

 少し変人だという事を除けば完璧な善人だね。


「さてさて大十たいと少年。そんなに落ち込んでもいられないよ。今から決めなくちゃいけないんだ。これから君がどうするのかということをね」


 貴志雄一軒家を後にした俺は、ユークに連れられ新しいブリキの家に来ていた。

 君架町から空を飛び、海を越えて数時間。なんと新しい家は千葉県にあったのだ。

 本当に魔法という物は便利で、荻布上島から数時間で千葉まで一っ跳び、本当に吐き気をもよおすような速さで、直接肌に風を感じながら空を飛んだ。


「さーてどうしようかなぁ」


 千葉県の田舎町にある、古びたアンティーク品ばかり並ぶジャンクショップ。

 店内は埃だらけで、別に俺は潔癖症ではないのだが、体中がむず痒くなる感覚を感じてしまった。

 俺のやる気のない返事に対して、しかし、満面の笑みでユークが答える。


「できたら僕はね。君に協力して欲しいと思っているんだ。ブリキ姫……、さっき説明した様に彼女は誰かの手によって、この世界の隠蔽いんぺいされた過去の時代で死と転生を繰り返している。僕は彼女を救いたい、そうしなければあまりにも可哀想だ」


 言うユークは笑っている、だけど彼の言葉には本当に、彼女の事が救いんだという意思が感じられた。

 彼の言うこの世界の過去の時代とは今現在、魔法使いだとか魔法だとか一切存在しない俺の世界の過去に、今では隠蔽されて語られる事すら無いけれど、魔法だとか魔物だとかが存在していたという時代のことだ。

 その時代でブリキ姫。彼女は何者かの手によって殺されては、また新しい命に転生して、また殺されてを繰り返している。

 正気の沙汰とは思えないが、それが事実で今俺の目の前にいるブリキ姫という少女はその過去の時代で死に続けた少女と同一人物だという。

 長すぎる時代を転生して、そして殺されて決して幸せな人生など一切辿らずに彼女は最後にこの時代、俺の世界に転生した。

 そして彼女はブリキ仕掛けの人形にされて、荻布上島に放置されていた。

 本当に、彼女にそれら全ての行為を行った奴は頭がおかしいとしか思えない。


「君の意思を聞きたいね。辛いならそう言っておくれ……、君には選ぶ権利がある」


 ――選ぶ権利か。


 ユークの言葉が俺の心に響く。

 俺は何も選ぶ間もなく、悪魔だとかいう奴が持っていた身勝手な理由で殺されて、閉じ込められた。

 聞いた話だけど、悪魔には様々なタイプがいて、俺を捕まえたそれは人の記憶を喰って生きる糧とする、そんな奴だったという。

 でも、正直今となってはどうでもいい話なんだ。

 それら全てがどうでも良くて、別に諦めたわけじゃないけれど、俺はある一つの決心をしていた。

 それを今初めて声にしよと、俺はまず薄汚れたアンティーク品の中で唯一、綺麗に清掃された装飾椅子に座る彼女に視線をやった。


「ブリキ……。君は悲しくないの? 辛いだろう、怒りを感じるだろ? 君をそうした奴に憎しみを感じるだろ!?」


 思わず声を荒げてしまった。

 それでも構わない、俺は次に彼女の声を聞いた。


「わかりません」


 そう。ただそれだけだ。

 彼女からの返答はそれで終わってしまった。


 ――そんなの嘘だ。


 だって彼女は俺以上に理不尽な目に合っている、でも彼女は泣かないし怒らない。

 俺はこんなにも、悲しいのに……、彼女は俺のことを救ってくれもした。


「わからないな……、この一言は俺の悪い口癖だ。物事をわからないと断言してしまう悪い言葉だ……、でも同時に、この一言は俺が物事をわかろうとする始まりの言葉でもあるんだ」


 虚ろな瞳をした彼女を視界に収めて、唇を噛みしめてから俺は再び口を開く。


「君の言う、わかりません。っていう言葉も、わかろうとする思考の始まりの言葉だろうか?」


 ――いや。きっと違う。


 彼女は、きっとわかろうとする事すらできずに死に続けていたんだ。

 残酷だよ――でも彼女は、俺を助けてくれた。例えそれが何かと引き換えだったとしても、俺を救ってくれたんだ。

 ユークや霧恵も、俺を救ってくれた。

 俺の現状は、ユークや俺を食らった悪魔と同じ、この世界に存在してはいけないイレギュラー的存在だ。

 だって俺はこの世界では死んでいるのだから。

 ある一つの決心を胸に、今度はユークに視線を送り、一度息を大きく吸ってから俺が言語化した言葉をユークは、満面の笑みで聞き入れてくれた。


「俺に彼女を救わせてほしい……、恩返しがしたいんだ。俺を救ってくれた彼女に」


 おつかれさまでしたー。

 

 当作品を一読して何か思うことが御座いましたら、感想フォームにてお気軽にコメント送ってくだされ。

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