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  開幕

 第一章は主人公の物語です。

 死と転生を続ける少女をはたして、救うことができるのか……異世界が舞台となるのは第二章からでございます。

 

 ここは埃っぽいアンティーク品が並ぶジャンクショップだ。

 見回すと視界に入る物は全て、素人目に見てガラクタとしか呼べないような物ばかりが並んでいる。


「さぁさぁ、ついに姫様のご登場だよ! お茶とお菓子の準備はOK? ここから先は瞬き厳禁! ハンカチの準備は? 投げる小銭の準備も大丈夫? 準備できるものは全て整えておこう」


 とても陽気な声でそう言うのは、魔法使いを自称し、実年齢百歳越えという恐ろしい経歴を持つ男。

 彼の名はユーク。

 白髪の彼は、背丈も高く整った顔立ちをしているため、見た目のみで判断すれば一般的に見て女性にモテる容姿をしていた。


「あっと、なんだか緊張してきたな……あ、一ついいかな? 可愛い? もし可愛いならどれくらい可愛い? 見る前に準備しておかないとさ。ほら、お風呂とかでいきなり冷水とか浴びせられたらビックリするだろ? それと同じであんまり可愛いと、いきなり抱き付いてしまいそうな、そんな衝動に駆られてしまうんだ」


 ユークの後に続いて俺が発した言葉は目の前にある、試着室の中にいる人物に対して出た言葉だ。

 俺の声を聞き、カーテンで閉ざされた試着室の向こう側から返答がきた。


「少し静かに、もうちょっとで後ろのフックが引っ掛かるから……よいしょっと、うしっできた。おぉー、流石に中々似合うじゃない」


 見るとカーテンに人影が写り、シルエットになってこちらから見えている。

 影は二つ存在した。

 一つは背丈の高い長身の影、見える影に短髪のショートヘアーの様なものが見えるので、こちらが実年齢二十四歳の美人に、端麗ある容姿を兼ね備えた。

 彼女の名は、伊神(いがみ)(きり)()という。

 スタイル抜群。女性として出ている所は充分すぎる以上に出ているのだが、若干……いや、凄く暴力的だ。

 そしてもう一つの影は、見える伊神霧恵のシルエットの長身に並ぶ、長髪の影だ。


「可愛いどうこうは、その目で確かめなさい。それが一番早くて、何より感動を覚えると思うわ」

「りょうかい、りょうかぁーいっふいじゃ、箱を上けたら何がでるかなぁー。オープン!」


 満面の笑みと共にユークが言う。

 彼はカーテンにかけた手に力を込めて、それを開いた。


「…………」


 俺とユーク。

 その視線が開け放たれたカーテンの向こう側の世界のただ一点に向けられていた。

 時間が止まってしまっているかのような、少しの沈黙の後に一つの反応が生まれる。


「あのぉー……抱きしめてもいいかな?」


 目を血走らせ、鼻息を荒くしながら俺がそう言った。言ってしまった。

 思わず出た言葉で、俺の視線の先にいる彼女の姿が原因だろう。

 俺の口から思わず出てしまった質問、その質問の返答を聞く前に俺は行動を生んだ。

 これまた思わず、俺は両手を広げてから顔を上へと傾け、大きく息を吸ってからその行動に移る、その場で一度、膝を大きく曲げてから足をバネのようにして空中に跳ね上がり、そのままプールに飛び込む要領でカーテンの開かれた試着室へとダイブ。


 向かう先には、少女がいた。

 いや、女性と言うべきか、先ほどの長髪の影。

 進む、このまま行けば激突するであろう。

 もちろん望むところである、うまくいけば押し倒せる。

 しかし、俺が行動を起こすのとほぼ同時に、他のアクションが発生していた。

 それは、試着室の中にいる短髪の女性……伊神霧恵のもので、彼女は俺が飛び上がるのと同時に、俺が狙う少女の前へとかばう様にして立ちはだかったのだ。

 それから右足を大きく上に振り上げて、俺が飛び込んでいくであろう軌道上に構えた。

 次にタイミングを合わせて俺の体が丁度、あげられた右足の真下に来た時にそれを全力で振り下ろす。


「ぎゃおぐぅっ!?」


 そして――次に聞こえたのは、俺の悲痛な叫び声と何かが砕ける音だった。


「あらっ、なんか折れた?」


「あーっちゃー……大十(たいと)君? 大丈夫かなぁ? ここで死なれると僕、ちょっと困るよ。君には活躍してもらわなくちゃ!」


 聞こえる声に、しかしとても返答できるような状態ではない。

 何かが。俺の体の中の何かが砕けている。

 そう感じた。

 だって痛いもの……それも体の節々が痛い。

 しかし、俺も男。いや、男である前に人間なのだから痛いものは、痛いのだが。

 人間である前に男であるとしよう、そう男だ。

 惚れた女の子のドレスアップした姿をこれでもかという程に吟味したい。

 できることなら抱きしめたいが、それは先ほどくだんの伊神霧恵による、踵落としによって閉ざされた願望だ。

 ならばせめておさめたい。この瞳に焼きつけたい。

 すると自然と身体に力が湧いてきて、ぐっと体全体に力を込めてからその場に起き上がる。


「ふっ、ふっ、ふ、ふふふ……復活ッ」


「おぉー流石はタイト君! 彼女の七十キロ級踵落としを食らってもなお、立ち上がる気力があるとはね!」


「そんなにないわよ!」


「あら怖い。こんなにガミガミ怒るけれど、着用している下着は桃色っていう可愛い趣味の持ち主でもあるんだよね! うんうん、可愛いよ桃色ふぐぅっ」


 軽快な打撃音が響いてから、ユークの苦痛に歪んだ叫び声が聞こえた。

 聞こえるユークと霧恵の声に、しかし軽い口ぶりで繰り広げられる彼らの話声さえも頭に響いて、あまり心地の良いものではなかった。

 首に力を入れて、再び視線を先ほど見た正面へと向ける。

 するとそこには、


「ブリキ。綺麗だよ」

 いた。


 美しく、どこか儚い女性が。

 髪の色はつややかなな黒で、透き通る様な長い髪をしている。

 黒髪長髪。背丈はとても高く、長身の体躯は隣にいる伊神と同じか、それよりも少し下か、雰囲気はお淑やかなお姫様。


「ありがとうございます」


 俺の声に返された彼女の声には、何かが足りなかった。

 人としての何か、その何かを彼女は持っていない。


「あぁ、凄く綺麗だ。鬼に金棒? いや、違うな。無粋な言葉を失礼」


 失言。


 綺麗だった。思わず言葉を思考せずに発してしまう程に綺麗な彼女は、無感情な瞳で俺を見つめている。

 そう、彼女は感情を持っていなかった。長い年月の間に忘れてしまったのだとユークは言っていた。

 彼女が身にまとっている物は、伊神霧恵プロデュースのドレスだ。

 白を基調としたデザインで、さながら深窓しんそうの令嬢の様な。

 とても彼女の名前に合っていたし、なにより似合っている。

 本当にいつなのだろう、俺が彼女にこの感情を抱いてしまったのは、いつどこで俺は彼女にこの溢れんばかりの気持ちを抱くようになってしまったのか。

 自分でも疑問だが、決して後悔はしていない。


 この感情を彼女が喜んでくれているのかっていうのは、また別の話にするとして、俺はこの気持ちを大切にしたいと思う。

 俺は最初、彼女に情を抱いたんだ。そこまでは覚えている。

 だけど、そこから先がわからない――一体全体いつ俺の感情が恋なんていう淡いものに変わってしまったのか。

 いや――もしかしたら、俺が抱いたものは最初から情ではなくて、


「恋かな……? 俺は、君が好きなんだ」


 などと考えていると、これまた勝手に口が動いた。身勝手とはまさに俺の体の事だと思う。


「おぉっ! 一度言ってみたかったことが君のおかげで言えたよブリキ! もっと好きになった! 愛しているよ!」


 一度告げてしまえば、二度目は簡単で次々に言葉が出てきた。

 不思議と周りにいるユークや霧恵の視線は気にならない。


「――だから」


 そして告げようと、一度言葉を切って息を吸い込む。

 今から告げる言葉が、俺が一番彼女に伝えたい言葉だった。

 愛の告白なんて、そんな俺の個人的な内容の告白は正直どうだってよかったんだ。

 ただ……俺は一度、口に出して伝えておきたかった。


「だから助けるよ」


 強く。


 彼女は感じてくれただろうか? 俺はできるだけ強くそう告げた。

 俺の言葉に嘘偽りがなくて、強固たる何かがあることを悟ってほしかった。

 できる事なら、俺の言葉の後に反応が欲しいという欲張りなことを考えたりもする。

 笑ってくれたらいいな、嬉しすぎて泣いてくれたら本望だ。

 しかし、彼女の返答には俺の妄想したどの感情も込められてはいなかった。


「ありがとうございます」


 短く告げられた感謝の言葉。

 やはり感情は感じられない、本当は怖いはずなのにどうしてだろう、彼女は泣かないし怒らない。

 苦痛に顔を歪ませもしない、俺の想像もつかない程の長い時間が彼女をそうさせたのだろうか、だとしたらどうすればいいんだろう。

 彼女の笑顔が見たい、彼女を怒らせてみたいし泣かせてみたい。

 彼女の全部を見たいと思ったんだ。


 ――だからさ。



 全ての君を助けて、全ての君と一緒に笑おうと、そう思ったんだ。

 また会おうよ。今度は空白の五千年で、新しい君に会える異世界で……。


 ――語られた物語は、数週間前までさかのぼる。

 おつかりさまー。

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