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純然たる暴力

 ふぅ、見苦しいところをお見せしました。

 想定外の事態なるとパニックを起こす……私の悪い癖が出てしまいました。

 これでは、愚鈍な一部の政治家たちを笑うことなどできませんね。

 とりあえず、鉄の回収作業を手伝いながら、頭の中を整理したいと思います。

 まず、倉庫の隅で、私が倒したネズミの死体を食べているワイバーンの赤ちゃんですが、『ユニ』と名づけました。

 白い体と、額に1本の角は聖獣ユニコーンを連想させます。

 ユニコーンは馬に近い姿をしているものですが、同じ4本足ですし、架空の生物なのですから、細かいことはどうでもよいことでしょう。

 ユニと縮めたのは、有事の際に一瞬の差が命運を左右することもあります。

 そのため、簡潔で呼びやすい名前がいいと思ったからです。

 この世界でのワイバーンは成長が早く、2週間もあれば、1人ぐらいなら飛んで運べるほど大きくなるそうです。

 そして、成体になれば、自然界には天敵もいないほどの戦闘力をもっています。

 その上、知能も高く、話すことはできないものの人語も理解するそうです。

 現にユニも生まれたばかりにもかかわらず、私の言葉に対して、テレパシーのようなもので意思を伝えることができるみたいです。

 以上のことから、私がこの世界で生き抜いていく上で、強い味方を得たと考えてもいいのではないでしょうか。

 デメリットといえば、食費ぐらいでしょうか。

 アルムさんの話では、早く大きくなる分よく食べるとはいえ、私が狩ったネズミの数なら半月は大丈夫だそうです。

 しかし、ここが無双な世界であれば、『そなたこそ、万夫不当の豪傑よ!』といわれるぐらいに狩ったネズミ達がこんなところで役に立つとは思いもよりませんでした。

 自然の恵みに感謝しなくてはいけませんね。

 ともかく、現時点でユニについてはとくに問題はないように思われます。

 次に、この倉庫のような場所について、アルムさんのお聞きしたところ、よくわからないとのこと。

 騎士だった頃、この洞窟で訓練していたときにみつけたそうです。

 こういうモンスターの棲みついている洞窟でみつけたり、採取した物は、発見者の物になる法律があり、それで、アルムさんに所有権があるそうです。

 しかし、量が量なだけに運び出しきれずに、定期的に取りにきているとのことでした。

 結局、この場所については何もわかりませんでしたが、リュンヌの歴史書などを読めば何かわかるかもしれません。

 そのためにも、早く、この国の文字が読めるようにならないといけませんね。

 思考の渦の中で、決意を新たにしていると、アルムさんから、作業終了の声をかけられました。

「ああ、もうそのくらいでいいよ。そろそろ帰ろうか。蝙蝠除けの効果もそろそろ限界だろうしね。」

「あら、もうそんな時間ですか。ユニ、帰りますよ。」

 空腹が満たされて、人心地ついたのか、横になっていたユニに声をかけます。

 ユニはムクリと起き上がると私の体をよじ登り、ローブのフード部分に到達すると、そこをハンモックがわりにして眠り始めました。

 この場所はユニのお気に入りらしく、ユニを初めて目にして固まっている私をよそに、もぐりこんでいました。

 今は軽いので負担にはなりませんが、そのうち、私の首が持たなくなるのは間違いないことので、そこは考えないといけませんね。

「お待たせ致しました。それではアルムさん行きましょうか。」

 帰りの行程では、ネズミ達に全く出会うことがありませんでした。

 代わりに、スライムにはよく出会いました。

 アルムさんによると、今は食事に夢中なため、こちらが不用意に近づかなければ、襲いかかってこないとのことでしたので、刺激しないように避けて進みました。

「スライムは、モンスターの世界では掃除屋みたいな存在なんだ。今は、ネズミ達の血の跡を舐め取っているところだね。普段は、他のモンスターの死骸や、排泄物を食べているんだよ。空腹時には、入口の奴みたいに凶暴だけどね。」

 そのあとの帰り道は、何事もなく、進むことができましたが、入口付近まで辿り着いたところで、アルムさんに制止されました。

「外に4人組の男達がいる。装備からみて、おそらくゾンネ兵だ。やはり、国内にも入り込んでいたのか。」

「ゾンネ兵がなぜこんなところに?」

「それはわからない。アリスさん、これから言うことをよく聞くんだ。」

 そう言いながら、収納袋から布のようなものに一筆したためています。

「おそらく、向こうにも気づかれた。とりあえず、洞窟からでたらユニを放して、これをクロードさんのところまで届けさせるんだ。これにはクロードさんの魔力が込められている。魔力のない私たちには感じられないだろうけれど、ワイバーンならわかるはずだ。」

 アルムさんが、先ほどの布を巻物のように丸めて、私に手渡します。

「ユニ、どうです。わかりますか?」

 ユニに確認すると『任せろ!』という意思が伝わってきます。

「私があいつらの相手をするから、王城方面に後ろを振り返らずに逃げなさい。私のことなら心配いらないよ。これでも、軍にいたころはそこそこ強かったんだよ」

「わかりました。」

 私がいてはアルムさんの足手まといということでしょう。

 か弱い乙女と軍人ではくらべるまでもありません。

 私の師匠も、逃げるときは全力で逃げろとおっしゃっていましたので、アルムさんの言葉に甘えさせていただくことにします。

 作戦会議が終わると、念のため、私達は足音を立てないようにして洞窟の外に出ました。

 まず、ユニを空に放ちます。

 そのあとは、言われた通り王城方面に、一目散に駆け出します。

 後ろの方から、男達の騒ぐ声が聞こえてきますが、気にしてなどいられません。

 全力で逃げます。

 走り出して30秒くらいたったころでしょうか、どうやら私は追いかけられているようです。

 本当はあまりよくないのでしょうが、状況確認を優先させ、一瞬だけ後ろを振り返ります。

 追っ手は2名。

 1人は約20m後方、もう1人はさらに20m後方といったところでしょうか。

 前方の林を抜ければ、ゴールといってもいいのですが、向かい風のせいで走りにくい上に、私に近い方の追っ手は、とあるTV番組の黒服さん並みに足が速そうです。

 このままでは、林の中で捕捉され、交戦することになりそうです。

 障害物があり、動きが制限されるような場所では、体格、筋力に劣る私には不利です。

 まだ、開けているこの辺りで交戦したほうがましでしょう。

 そして、剣術の師匠の言葉を思い出します。

『戦うと決めたのなら、全力で、目の前の脅威を排除することだけを考えなさい。手加減をするくらいなら、最初から戦わず、逃げなさい。相手に手心を加えるなどというのは、絶対的な強者のみに許される特権です。』

 私だって進んで誰かを傷つけたいわけではありません。

 ですから、アルムさんの言葉に従って、逃げたのです。

 しかし、そろそろ覚悟を決めなくてはならないようです。

 いざ、命懸けで戦わなくてはならなくなったときに、落ち着くための呪文のようなものを教わっています。

 私が覚えやすいように、師匠がアレンジしてくれたその呪文をつぶやきます。

「今の私は一振りの剣。魔に遭えば魔を斬り、神に遭えば神を斬る。そう、今の私は只の純然たる暴力。」

 不思議と心が落ち着いてきました。

 使えるものは全部使って、迫る脅威を排除いたしましょう。

 そうと決まりましたら、林の入り口まで着くと、左手で手頃な木の幹を掴んで、それを軸にUターンして、追っ手と相対します。

 収納袋から、マントを取り出して、大きく広がるよう、追っ手に右手で投げつけます。

 マントが、先ほど私を苦しめていた風に乗って飛んでいき、追っ手に頭から覆い被さります。

 一瞬でも隙を作れれば、それでよかったのですが、これは嬉しい誤算です。

 この好機を見逃すわけにはいきません。

 既に抜刀していた左手の刀をその無防備な心臓に突き立てます。

 刀は鍔元まで、彼の胸に突き刺さりました。

 鍔元からマントに赤黒い染みが広がります。

 この出血量では、彼はもう駄目でしょう。

 しかし、どうやら私は力み過ぎていたようです。

 刀が抜けなくなったので、彼に預けることにして、刀から左手を離します。

 彼が崩れ落ちます。

「てめぇ、よくもアントンを!」

 激昂した追っ手2号がすぐに迫ってきていますから、無理に抜こうとしていたら殺されるので、致し方ないですね。

 この1手で左の刀を失いましたが、とりあえず、1対1の状況に持ち込めたので、よしとしましょう。

 相手の装備は、片手剣に小型の丸盾、皮鎧、兜はなしですか。

 皮鎧はアントンさんも着ていたのですが、私の突きで予想通り突破できました。

 斬撃ではどうかわかりませんが、『二本刀』さまさまですね。

 さて、こちらの攻撃力はこれで示しました。

 しかし、西洋剣術の使い手は、現代にはほとんどいないそうで、私も手合わせしたことがありません。

 本で多少読んだことがあるだけです。

 私にできるのは、やれることをやるだけです。

 右の刀を抜刀して、右半身に構えます。

 そうですね、フェンシングの構えがイメージとして近いでしょうか。

 それでは、殺らせていただきます。


 それから、1分ほど打ち合ったのでしょうか。

 この人、私よりはるかに強いです。

 剣の腕では、とても太刀打ちできそうにありません。

 剣と盾というのは、二刀流を相手にしているようなものです。

 盾というのは防具ではなく、武器なのですね。

 こちらの視界を塞いだり、構えながら体当たりしてきたりと、非常に厄介な代物です。

 私が、唯一勝っている点である、速力でごまかしてきましたが、その弊害もでてきています。

「最初は獣並みの反応をしやがるから、肝を冷やしたが、所詮、女だな。そんだけ動けばな。もうバテバテじゃねぇか。」

 お前の体力がもうほとんど残ってないのは知っているぞと、プレッシャーをかけてきますが、返す言葉もありません。

 私は、もう口を開けて呼吸をしていますが、彼はまだ体力に余裕があるようです。

 実際、私の体力ではあと1分ぐらいしか戦えないでしょう。

 ここで、仕掛けるしかありません。

「砕破六連撃!」

 六連撃を放ちます。

 彼には全て受け流されます。

 しかし、六連撃と言って、本当に六回しか斬らない馬鹿はいません。

 『砕破六連撃』には七撃目以降が存在するのです。

 そして、七撃目を繰り出しますが、これは彼の剣に弾かれて、私の刀が宙を舞います。

 まあ、捨てたんですけど。

 彼は、剣を大きく振り上げた体勢で、盾の位置も下がりました。

 やっと、ガードをこじ開けることができました。

 すかさず、そのできたスペースに体をすべり込ませます。

 彼も危機を感じて、とっさに身を引こうとします。

 しかし、もう逃がしません。

 私が引き足を踏みつけることによって、その場に縫い止めます。

 そして、私の、ガントレットによって強化された左の貫手が、彼の喉を打ち抜きます。

「がっ、あっ、がぁ。」

 彼が喉を押さえて転げ回ります。

 それを尻目に、弾きとばされた刀を拾い上げて、彼に向けます。

 まだ、終わっていません……

「双方とも、そこを動くな!動けば、敵対行動とみなします。」

 声がした方に目だけを向けると、ユニを連れたイケメン騎士が厳しい顔つきで立っています。

 剣に手がかかっています。

 本気ですね。

 蛇に睨まれた蛙というのは、このような状態をいうのでしょうね。

「貴女がアリス・アミエさんですね?状況を説明していただけますか?」

「私が見たゾンネ兵は4名です。内2名と私はこの場で交戦中、残りはアルムさんが洞窟前で引き受けてくれています。」

「だそうです。ルイーズさん、この場は私が預かります。アルムさんの救助をお願いします。」

「了解。でも、リシャール。女の子には優しくしないと駄目よ。フランツ!いくわよ。」

「よっしゃ!洞窟前だな。任せとけ!」

 天使様がルイーズさん、もう1人の少年騎士がフランツ君というようですね。

 2人は連れ立って、ものすごいスピードで私が走ってきた道を戻っていきました。

「先ほど、交戦中と言っていましたが、もう、この場はかたがついているのでは?」

 確かに、ゾンネ兵の彼は動かなくなっていますが、死んだふりをして機をうかがっている可能性もあります。

 油断はできません。

「私は彼の喉を小突いただけです。彼を完全に無力化したわけではありません。申し訳ありませんが、自衛のためにこの剣を下ろすわけにはいきません。」

「お話はわかりました。ガブリエルお願いします。」

 いつの間にか現れたガブリエルちゃんによって、ゾンネ兵が、白いもやに包れます。

 そのもやが晴れたあとで、ゾンネ兵はリシャールさんによって縛り上げられました。

「これで、満足ですか。」

「はい、お手数をおかけします。」

 本当に疲れました。

 そして、私が刀を鞘にしまうと、ユニが私の胸に飛び込んできました。

 ユニを受け止めようとしたのですが、急な睡魔に襲われて、受け止めることができず、そのまま眠りの中に落ちていきました。


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