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刷り込み

 マティアス武具店でお世話になってから10日間、私は、与えられた刀で勘を取り戻すための稽古、この国の習慣を教えてもらいながらの家事の手伝い、武器屋の店番の3つをこなしながら過ごしていました。

 店番に関しましては、私は元々接客業の人間ですから、簡単な暗算ならできますし、即戦力になったと、アルムさんも大変喜んで下さいました。

 そして、今日もいつも通り店番をしていると、アルムさんに話しかけられました。

「アリスさんもここでの暮らしにも慣れてきたみたいだし、当初の予定通り、素材採集の方も手伝ってもらえないだろうかと思うんだけど。どうかな?」

 この10日間で、アルムさんの口調もずいぶんくだけてきました。

「私は構いませんが、アルムさんの足手まといにならないとよいのですが。」

 モンスターとの実戦などしたことはありませんので、稽古でだいぶ勘は取り戻せたとは思うのですが、不安ではあります。

 しかし、アルムさんたちには大変よくしていただいているので、断るわけにはいきません。

『働かざるもの喰うべからず』です。

「ははっ、男3人相手を叩きのめせるアリスさんなら、今から行く洞窟なら、大丈夫だと思うよ。」

「アルムさんは、私を過大評価していますわ。あのときは、本当に怖かったんですから。」

「そうだね。女性にはあの体験は辛かっただろうね。いやなことを思い出せてしまって、すまなかったね。」

「いえ、もう済んだことですし、そのおかげでアルムさんたちに出会えたわけですから、複雑な心境ではありますね。」

「そういってもらえるとありがたいね。」

 採集の方だけど、お昼の後と思っているから、よろしく頼むよ。」

「はい、かしこまりました。」

 そう言って、私が会釈をすると、アルムさんは工房に戻っていきました。

 私も、仕事に戻り、お昼まで店番をして過ごしました。




 昼食後、私はアルムさんとともに、件の洞窟に向かっていました。

「えっと、今からいく洞窟はそんなに危険な所なのですか?」

 アルムさんのいでたちは全身鎧に、背中には収納袋、そして、巨大なハンマーを担いだ姿です。

 ハンマーも柄の先がヘッド部分を突き抜けて、槍の穂先のようになっています。

 ちなみに収納袋というのは、同じ種類の品物ならそれぞれ99個まで入る、4次元ポケットに匹敵する袋です。

「ああ、これはね、武器屋を始める前は、軍にいたからね、そのなごりなんだ。やはり、装備というのは自分の命を預けるものだから、使い慣れているものを選んでしまうんだよ。やっぱり、アリスさんはその格好でいくのかい。」

 私の装備は、件の暗殺者姿です。

 流石にフードまでは被っていません。

「見た目はともかく、現時点では、ベストの装備だと思っていますから。」

 本当は、胸当ても欲しかったのですが、戦時中で忙しいときに、新しく作って下さいとはとても言えません。

「まあ、本人がそう言うなら。ああ、もうすぐ目的地が見えてくるよ」

 私の目には、岩山に大きく口を開ける洞窟の姿が見えてきました。

「洞窟に入る前にひとつやることがあるから、アリスさんは入り口脇の壁を背にして待機していなさい。そして、決して洞窟の方を見ないように。」

「はい。」

 私はアルムさんの言うとおりにすると、彼に無言でうなずき返しました。

 すると、アルムさんは、収納袋からなにかを取り出すと、それをそのまま洞窟の中へ投げ入れました。そして、アルムさんは私と同じようにして、入り口脇の壁へ退避しました。

 そのすぐ後に複数のけたたましい何かの鳴き声が聞こえたかと思うと、大量の蝙蝠たちが大空へ飛び出していきました。

「アルムさん一体何をしたのですか?」

「蝙蝠たちには少し出て行ってもらったんだよ。投げ入れたのは蝙蝠よけでね、僕たちには聞こえないけれど、蝙蝠たちが嫌がる音が出ているらしい。仕組みまではわからないけれどね。」

 なるほど、蝙蝠は視力が弱いので、超音波を使って空間を認識しているそうですから、その習性を利用したものかもしれません。

「今、灯りを点けるからもう少しだけ待っていなさい。」

 アルムさんが壁の窪みに球状のものを嵌めると、洞窟内の天井にポツポツと、灯りがともっていきました。

「それじゃあ、中に入ろうか。僕が先に行くから、後ろからついて来なさい。とくに、頭上には注意して。」

「頭上ですか?」

 上を見上げると、少し先の天井に、黒い球を包んだゼリーのようなものがこびりついていました。

「もしかして、アレですか?」

「早速出たね。アイツが最もこの洞窟で危険なやつだよ。見ていてごらん。」

 アルムさんが袋から干し肉を取り出して、ゼリーの真下に投げると、干し肉に向かってゼリーが降ってきました。

 そして、ゼリーが干し肉に取り付くと、シューシューと音を立てながら、干し肉を溶かしていきます。

「こいつはスライムといって、動きは遅いけれど、天井からいきなり降ってくる上に、取り付かれたら何でも溶かしてしまうから、ちょっと厄介なんだ。でも、不意打ちさえ受けなければ、倒すのは簡単だから。」

 そう言って、アルムさんがハンマーの先にある槍部分で、スライムの中にある黒い球を突き刺すと、スライムはゼリー部分を広げて動かなくなりました。

「この黒い部分は、コアと言ってね、スライムの弱点なんだ。逆にここ以外を攻撃しても、ダメージはほとんど与えられないよ。コアを一突きにするのが、1番楽な倒し方だから覚えておいて。」

「はい、わかりました。」

 この世界のスライムとはずいぶん物騒な生き物ですね。私たちの世界で連想されるスライムといえば、しずく状のぷにぷにボディで体当たりしてくるイメージなのですが。

「後は、この洞窟にでてくるのは、あのネズミくらいだね。」

 アルムさんが指をさしたその先には、赤い点が2つみえます。

「ネズミ……ですか。」

「来るよ。気をつけて!」

 その声に触発されたのか、赤い点がだんだんこちらに近づいてきます。

 そして、闇の中からそのネズミが姿を現しました。

「ネズミってカピバラですか!」

「アキツシマではこいつのことをカピバラっていうのかい?」

「いえ、確かに私のいた地方では、この化物に似た動物をそう呼びます。しかし、この子は、それとは全く別の生物ですね。」

 カピバラとは、姿、形こそ似ていますが、目は赤く染まり、爛々と輝いています。

 そして、鋭い爪は人の皮膚など、簡単に切り裂いてしまいそうです。

 そんなことを考えている間にも、ネズミはどんどん距離を詰めてきて、こちらに向かってきます。

「アリスさん。私がアイツに一撃を加えるから、もし、仕留め損なったら、止めを刺して。スライムと違って、急所は普通の生物とかわらないから、やり方は任せるよ。」

 アルムさんが、私をかばうように前に出ながら、簡単なネズミのレクチャーをして下さいました。

「なるほど。」

 私は言われたとおり、後ろでネズミの様子を伺うことにします。

 ネズミは、歯を剥き出し、よだれを垂らしながら、アルムさんに飛び掛っていきます。

 アルムさんはそのタイミングに合わせて、ゴルフのスイングのように、ハンマーを振り上げました。

 ハンマーはネズミの顔面にヒットして、ネズミは宙を舞い、仰向けに地面に叩きつけられました。

 私は、そこをすかさず、刀をネズミの腹部から刃を入れて、心臓があるであろう位置を突き刺します。

 ネズミは、一瞬、体を震わせると、ぐったりとして、動かなくなりました。

「へぇ、アキツシマの剣は、『斬る剣』だと聞いていたけれど、アリスさんは突くんだね。」

「ええ、確実に止めを刺したいときにはですね。私にはクロード様のような膂力はありませんので、突きの方が信頼性は高いでしょうから……。

 と言っても、斬撃も当然使いますよ。私程度の腕では、突きは死に体になりやすいですから、斬撃で崩して、急所を一突きといったところでしょうか。」

 実際の剣道でも、突きは高校生からです。突きというのは、竹刀でさえ危険な、殺傷力の高い攻撃なのです。

 戦国時代の合戦では、甲冑の隙間から刃を入れて、相手を突き殺していたそうですし……。

「蝶のように舞、蜂のように刺すというところかな。」

「そこまで美しい戦い方ができるわけではありませんが……。

 そうですね。代わりといってはなんですが、『斬る』ところもお見せしましょうか。

 この刀の切れ味と、ネズミの毛皮の硬度なら、斬撃でも十分、有効打が与えられそうなので、戦闘時間は少し長くなるかもしれませんが、よろしいですか?」

「それは、是非、見てみたいね。頭上の相手は私がするから、地上のネズミ達はお願いするよ。」

「はい、お任せください。」

 これは刀の性能試験の機会と考え、ネズミ達には悪いのですが、試し斬りさせてもらいます。

 自分の命を預ける物ですから、どこかで必要になることです。

 それにネズミ達だって、死にたくはないでしょうから、仲間の血の匂いを嗅げば出てこなくなることでしょう。




 そう思っていた時期が、私にもありました。

「なんというか……。私は自分を過信していたよ。これからは、サムライやニンジャに命を狙われるようなことがあったら、裸足で逃げ出すことにするよ。」

「いえ、これは、この刀がすごいのであって、私が強い訳ではありませんよ。」

 ネズミ達の死体は、ワイバーンのエサにするそうで、アルムさんが片付けてくれましたが、あたり一面の血の海が、惨劇を物語っています。

 結果から言うと、一振りで真っ二つでした。

 最初の1匹を瞬殺した時点で、こちらの力はしめしました。

 ですから、他のネズミ達が危険を察知して、こちらを避けてくれるものと思っていました。

 しかし、実際には、興奮した様子で、次々と襲い掛かってきました。

 それをひたすら迎撃した結果、起こった事態です。

 おかげで、この洞窟が、ゲーム中においてどこに当たるのか、見当がつきました。

『ワイバーンライダー』はMAP攻略式のSRPGなのですが、メインルートの攻略MAPの合間に、LV上げ用のMAPが用意されており、そこに何度も行くことができます。

 おそらく、ここはそのなかで一番簡単な、初心者の洞窟でしょう。

 出現モンスターも、バット、ラット、スライムと酷似しています。

 考えてみれば、アキツシマを訪れるのは中盤です。

 ゲーム中に『二本刀』などという武器は登場していませんが、その頃に手に入るような武器で、最序盤の敵と交戦すれば一方的な戦いになるのは、当たり前ですね。

 とはいえ、か弱い乙女がこの世界で生き残るために、多少のLV上げは当然必要なため、 仕方のない部分もあるのです。

 ですが、決して、積極的に交戦を行ったわけではないのは、ご理解頂きたいとおもいます。

「でも、おかげで、楽に目的地に着けたよ。あの数のネズミを毎回相手にするのは、面倒だからね。」

「目的地というわりには、ただの行き止まりに見えるのですが、これから掘るのでしょうか。」

 目の前の岩肌には、つるはしなどで掘ったよう跡がなく、自然のままの岩肌に見えるのですが、大きな引っ掻き傷のある左の大きな丸い岩以外は……

「いや、今回は鉄を取りにきただけだから。」

 そう言いながら、アルムさんがその丸い岩を転がして、横に動かすと、直径1mぐらいの穴が顔を出しました。

「この先はほこりがすごいから、マスクをして進もう。」

 アルムさんが先に進んだあとで、私も言われたとおりマスクをして進むと、そこはどうやら倉庫のようでした。

 広さは電車の1両分くらいでしょうか。

 左右に棚があり、それがずっと奥まで続いています。

 棚にはふたのない箱が置いてあり、その中を覗き込むと、多少錆びてはいますが、ボルトやナット、鉄パイプなどが入っていました。

「アルムさんの言う鉄とは、この箱の中ですか。」

「そうじゃないのもあるけど、ほとんどがそうだね。じゃあ、どの棚の物でもいいから、鉄っぽい物を収納袋に詰めてもらえるかな。」

 これは、資材置き場なのではないのでしょうか

 ここは本当に異世界なのでしょうか。

 1度滅んだ私達の世界の未来に、飛ばされてしまったということは、ないでしょうか。

 まさかの事態に驚いて、足元にあった何かに、つまずきそうになりました。

 とりあえず、落ち着くために、つまずきの原因となったもの拾い上げました。

 それは赤茶色のラグビーボール状でした。

 大きさのわりに軽いですが、色からして、これも鉄なのでしょうか。

 アルムさんに尋ねようとしたその時、『鉄?』から1本の角が生えました。

「あ、アルムさん、鉄から角が生えたのですが。」

「あー、それは鉄じゃなくて……」

 アルムさんの答えを聞く前に角の周りから、『鉄?』にひびが入って割れると、角つき白トカゲのつぶらな瞳と目が合いました。

 トカゲといっても、蝙蝠のような羽はありますし、肌は鱗状ではなく、粘液でぬめっているものの、ゴムボールの表面のようにすべすべしています。

「ワイバーンの卵だね。しかも、目が合っちゃったから、アリスさんがお母さん確定だね。」

 えっ、刷り込みですか。

 未来に飛ばされて、彼氏いない暦=年齢なのにもうお母さん?

 ああ、でも、この仔可愛い。

 可愛いは正義で。

 そうでなくて、どうしたらいいのでしょうか。

 どうしたらよかったのでしょうか。

 きっともう駄目なんでしょうか?

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