夏の土用に欠かせぬは
うなぎを食べていて書きたくなったネタです。(アップ時には既に日にちを越えてしまいましたが。)
本編未登場の教師陣が出ばっておりますが、それでもよろしければどうぞお読み下さい。
眩しい程の真夏の日射しが降り注ぐ正午、シャスは自身の教養の師であるヴェルサースにとあるお願いをした。
「マラハサ湖に行きたいのですか?」
「はい!」
元気良く答えるシャスを微笑ましく見つつ、ヴェルサースは首を傾げる。
「あそこに何か有りましたっけ?」
マラハサ湖は、火の国ヴァドリアにある小規模の湖であり、シーラメールにある現在の拠点地から大分離れてる。特に取り立てて目立つ変わった物のない湖だと記憶していたため、わざわざ何をしに行くのだろうとヴェルサースは疑問に思ったのだ。
「実は、どうしても手に入れたい食材が有りまして…。」
そう言って手に取り出したのは、一冊の辞典のような厚さの本。シャスの師であり、大商会をも営むララフェンリーから贈られた愛読書である。その名も『必見!聖人による聖人の為の食材探求書!~長い人生楽しく生きよう第六章~』である。
大変突っ込み所の多い題名ではあるが、中々良いリサーチをされた名著で、シャスとファルの食材探しにも大いに貢献していたりする。
「実は、マラハサ湖に生えるウネウネ草という植物が、私の前世の世界にある食材と似てまして、前から目を付けていたんです!」
「ウネウネ草ですか。確かにあれは、マラハサ湖にしか生えてませんね。」
「はい!実は、その食材に合う秘蔵のタレをファルとこっそり研究してまして、この度やっと満足の行くものが完成した為、早速試してみたいのです。」
「それは楽しみですね~。早速皆に予定を聞いてみましょう。」
「はい!」
シャスの食にかける情熱は、教師陣全員が感心する程のものであり、同時に作る料理の味の良さも周知の事実である。一緒に行かないという選択肢は皆無であろう。
シーラメールよりも格段に熱さの厳しいヴァドリアにあるマラハサ湖のほとりに、ウネウネと曲がりくねるウネウネ草は群生していた。
幼竜のガル君を腕に抱きながら、シャスはウネウネ草を眺める。
「面白い形だね。」
――うむ。我もヴァドリアには縁がなかった為初めて見るが、中々に面妖な形だの。――
==うーねーうーねーだー!!!!==
茎から葉、花や実まで、全てウネウネと曲がりくねるウネウネ草が集まり群生する姿は、実に怪しげな雰囲気を漂わせていた。面白がった精霊逹はウネウネと蛇行をし始めた。テンション上がりすぎである。
「花が欲しいのよね?」
そうシャスに確認するのは魔女ヴェルヴェンディー。シャスの師の一人である。
「なるべく長くて厚みがある花弁をお願いします。」
「わかったわ。あ、そうだ。ダリオンが葉と実も美味しいって言ってたわよ。」
「!!そうなんですか~。どんな味なんですかね?」
「アイツの事だからきっと酒のつまみになりそうな味でしょうね。」
「あり得そうですね。」
四人の師の中で唯一ヴァドリア出身であるダリオンはウネウネ草を食べた事があるようだ。
二人笑いながら花と幾らか葉と実も収穫していったのであった。そして、ちゃっかりシャスはファルにウネウネ草を丸ごと数株送っていた。
(ありがと~。)
(どういたしまして~。繁殖は頼んだね~。)
(ばっちり任せて!)
美味しいものを定期的に楽しむ準備は欠かせない。
湖が全貌出来る場所に陣取られた調理と食事をできるスペースに合流し、早速調理に取りかかる。因みに花と一緒に収穫した葉と実は、ダリオンに任せたシャスであった。
「おう!任せとけ。酒に合う旨いもんにしてやるからな。」
「お願いします!」
予想通りつまみになるようである。因みにシャスはまだお酒は飲めないが、美味しい物は何でも楽しみである。
さて、こちらもお目当ての物に取り掛かろうと、ウネウネ草の花を花弁毎に割いていく。割いた花弁の半分を鍋に入れ煮出していき、残りの半分を二枚毎に等間隔で串に刺していく。串刺しにした花弁を火で炙り、この日の為に作り出した秘伝のタレを付けては炙り、裏返してまた付けては炙りと繰り返していく。
何とも言えない食欲のそそる匂いが漂い、皆のやる気を一段と上げていったのであった。
さてさて、そんなこんなで完成した品々。器もこの日の為に専用の物を用意した。四角いお重箱と丸いお櫃、急須にお茶碗、揃いのお箸とかなり拘っている。美味しいものを食べる時は、ガッツリ形から拘るシャスであった。
まず、四角いお重箱からご紹介しよう。箱を開けて出てくるのは、ふっくらご飯の上に厚切りされた香ばしい色と香り。皆大好き鰻重である。お米の代わりにラムザ草の実を、鰻の代わりにウネウネ草の花をと、大分材料が置き換わってはいるが、かなり再現度の高い一品になったとシャスは自負している。因みにラムザ草の実の炊き出し担当はヴェルサースとララフェンリーが担当していた。じっくり長時間掛けて炊きだされた実は一粒一粒際立ち鰻重を影ながら支えている。
続いて丸いお櫃を開ければ、中から現れるのは、鰻重と比べて細く細かく切られ、一面にまぶされているその姿。そう、ひつまぶしである。此方はピリッとくるものからツンとくるものまで、各種取り揃えられた薬味と、急須に入ったウネウネ草の花弁の出汁を使い、幾重にも異なる味を楽しむのだ。
それぞれ信仰する神々と大地の恵みに感謝を捧げ、いざゆかんと箸を持つ。
一口頬張れば、口に広がるジューシーな脂身。噛めば噛むほど柔らかな歯応えと米の味との調和を楽しむ事が出来る。甘く芳ばしいタレの味。一通りスタンダードに楽しんだら、後は自分のお気に入りの食べ方を模索し貪るだけである。
「うまかったー。」
「本当ねー。」
「美味しかったです。」
「また作ってねー。」
満足行くまで堪能し続け、賛辞を飛ばしつつ一服する教師陣。
その傍らでは未だにガル君はモグモグと貪り続けていた。
――うむ。モグモグ。美味である。モグモグ。――
食べつつも賛辞を欠かさない所は流石である。
==おいしーかったよー。シャスちゃんー。==
==うーねーうーねー。==
精神体である為、本来食事を必要とはしないが、きちんと味覚を感じる事もでき、美味しいものが大好きな隠れ食いしん坊の精霊達からも大絶賛であった。相当気に入ったらしいウネウネした動きをしながらの称賛ではあるが。
「皆さん、ありがとうございます。また皆で来ましょうね。」
実に有意義な時間を過ごせたと、皆満足の行く遠出になった。
ただ一つ残念だったのは、ウネウネ草の葉と実について、調べて無かったことだ。
ダリオンが作った料理は実の塩焼きと、葉の唐揚げだったのだが、実はウネウネ草の実は鰻の肝に、葉は骨に似た味をしていたのだ。
酒好き自慢のツマミなだけあって、大変美味しく味わえたのだが、
(出汁に入れたらもっといい味出せたんだろうなー。胆吸いもつくりたかったな~。)
と、少し心残りも生まれていたのだった。
次の機会には、今回作れなかった品も含めてより良いものが作れるといいなと、密かにやる気に燃えるシャスであった。