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8 間の悪さは世界一

 風呂に行く途中でレイシアさんに聞いてみた。


「そういえばテストがどうのこうのって言ってたけど、リースは何かのテストをしてたのか?」


 考えてみれば、なぜあの場でリースが1人で荷運びをしていたのか疑問に思っていた。

 テストと言っていたからには、何かしらの試練のようなものなのだろうが……。


「アルベルト商会の跡取りとしては当然ですが、流通に関しても自ら行えなければならない、という旦那様のお考えにより、護衛はつけた上で一人で荷物の輸送が可能かどうかを確認するテストを行っている、という話を聞いた覚えがあります。恐らく、リースお嬢様もそのテストの最中だったのではないかと」


 なるほど、商会ならではの話というわけか。

 命の危険と隣り合わせである以上簡単な試練とは言い難いが、それを当然のこととして課すのが彼女の立場なのだろう。

 あまり深く踏み込めば余計な詮索になる。ここは胸の内に留めておくべきだ。

 そう判断したところで、レイシアが足を止めた。


「お疲れ様でした。こちらが浴室となっております。中にはタオルなど、必要なものは一通りご用意しておりますので、ごゆっくりとおくつろぎくださいませ。また、お困りのことがございましたら、こちらのボタンを押していただければすぐに参ります。どのような些細なことでも、お気遣いなく」


 続けて発言する


「また、ご入浴の際は着用されている衣服はこちらの樽の中に入れておいてください。ユズル様が入浴中に洗濯と乾燥を行っておきます」


 至れり尽くせりとは、まさにこのことだ。

 俺は軽く頭を下げて礼を述べ、そのまま浴室へと足を踏み入れた。


 銭湯でしか見たことのないような、ゆったりとした広さの浴室だった。

 異世界だというのに、こうして湯船が用意され、しかも香りのついた石鹸まである。

 石鹸の香りを確かめるように鼻を近づけると、詳しい種類は分からないがどこか花を思わせる柔らかな匂いがした。

 知らない世界のはずなのに、不思議と落ち着く。張り詰めていた感覚が少しずつほどけていくのを感じた。


「……これは気持ちよく休めそうだ」


 体を洗い、湯船に身を沈める。

 温もりが肩から背中へと広がり、ようやく一日の終わりが実感として追いついてきた。


 湯気の向こうで、今日の出来事が断片的に思い出される。

 あの言葉の重さも、その視線の真っ直ぐさも、簡単に整理できるものではない。


 だが、今は考えなくていい。

 少なくとも、この時間だけは。


 ◇ ◇ ◇


 風呂を上がり、綺麗になった服へ着替え終えたところで自分が行くべき場所を聞きそびれていたことに気がついた。

 服の乱れやだらしのないところが無いかを確認し、先程教えてもらったボタンを押してみる。

 1分ほど経った時、レイシアさんが浴室前まで来た。


「ユズル様、お風呂はお楽しみいただけましたか?」

「うん、凄くリフレッシュが出来たよ、ありがとう。ところで、この後俺はどこに行けば良いのかがわからなくて。部屋の案内をしてもらっても良いかな?」


 『こちらになります』と一言伝え、そのまま客室に案内してくれた。

 応接室よりも広く、1人で過ごすにはあまりにも持て余しすぎる広さだ。


「浴室の時と同様、なにかお困りのことなどがございましたら、ドア横のこちらのボタンを押していただければすぐに参りますので。何なりとお申し付けくださいませ」


「わかった。ありがとう」

「では、失礼いたします」


 そう言って、レイシアさんは静かに部屋を後にした。

 扉が閉まる音を聞き届けてから、改めて室内を見回す。


 どこを見ても豪華な装飾。

 そして、部屋の中央に鎮座する、触れずとも分かるほどふかふかなベッド。


「……」


 その瞬間、理性とは別のところから、抗いがたい衝動が湧き上がった。


 (あのベッドに……飛び込みてぇ……)


 日本にいた頃、一度も使うことのなかったベッド。

 それが今、こんな立派な形で、しかも自分専用として目の前にある。

 考えるより早く、助走をつけるように一歩踏み出し――


 コンコンコン。


 「っ!?」


 間の悪いノックの音に、身体が一瞬だけ硬直した。


「ユズルさん……まだ起きてますか?」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、リースの声だった。


「ちょ、ちょっとまっ……!」


 止まろうとして、止まれなかった。


 勢いのまま、俺はベッドに向かってダイブする。

 次の瞬間、扉が静かに開いた。


「失礼します」


 リースの視界に飛び込んできたのは、豪華なベッドにうつ伏せで突っ込んでいる、見事に無防備な男の姿だった。

 数秒の沈黙。


「……」

「……」

「……あの」

「……今のは忘れてくれ」


 リースは一瞬だけ視線を泳がせ、それから小さく咳払いをした。


「改めましてユズルさん、本日は命を救っていただきありがとうございました。その御礼をお伝えしたくて参りました」


 リースが緊張した面持ちで伝えてくる。

 テストを行っていたんだもんな、どうにかしてでも成功させたかったはずだ。

 俺はベッドから起き上がりリースの元へと行く。


「リースも大事なテストしていたんだ。よく頑張ったな、お疲れ様。俺と会えたのは運が良かった、ただそれだけだとおもうが、商人というのは出会いも大事だし、その時その時の運というのも重要になる。きっと合格できるよ」

「ユズルさん、ありがとうございます!! まだまだ拙い部分はあると思いますが頑張りますね!」

「おう、その意気だ」


 言葉の区切りと同時に、俺は右手を差し出した。

 意図を察したのだろう、リースも少し遅れて拳を作る。

 軽く確かめるように拳が触れ合った。

 それだけで、不思議と場の空気が柔らいだ。


「では私は自室に戻ります。ゆっくりやすんでくださいね。おやすみなさい」

 リースはそう言って部屋を後にした。

読了いただきありがとうございます。

次回は閑話となりますので投稿日は2月7日18時半になります

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― 新着の感想 ―
ユズルさんがベッド飛び込むところ好きだなぁ(*≧艸≦)w
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