27 みんなの気持ち
「ただいまー」
玄関を開けると食欲をそそるシチューの香りが漂ってきた。
タイミング良く奥からミリアとリースが顔を出す。
「おかえりなさいユズルさん! ご飯できてますよー!」
「おかえりなさい。……ってユズルさん、その後ろの子は?」
ミリアの鋭い視線が、俺の背後にいるルカに突き刺さる。
黒のローブを着用した猫人族。どう見ても普通の客じゃない。
ミリアの手が自然と腰の剣に伸びる。場の空気が一瞬で張り詰めた。
だが、ルカは動じることなく俺の背中からひょいっと顔を出した。
そしてミリアの殺気を受け流すように肩をすくめてみせる。
「物騒だねぇ、騎士サマ。ボクはただの迷い猫だよ。爪を立てるつもりはないから、その手を離してくれないかな?」
「なっ……!?」
「それに、家主の許可なく上がり込むほど野暮じゃないさ」
ルカはそう言うと、視線をミリアからリースへと移した。
彼女はローブの裾を摘み、優雅な仕草で――しかしどこか芝居がかった動作で一礼した。
「初めまして、お嬢様。ボクはルカ。南門を抜けたあとのスライムの群生地でユズル君と会ってね。汚い格好で申し訳ないけど、少し厄介になってもいいかな?」
嘘を付く時は本当のことを混ぜておくとバレにくい。
その事を知ってか知らずか、スラスラと話し自己紹介をする。
自分の置かれた状況を理解しつつも、決して卑屈にはならないその態度、リースも少し驚いたようだが、すぐにふわりと微笑んだ。
「……ええ、もちろんです。ユズルさんが連れてきた方なら歓迎しますよ、ルカさん!」
「ありがとう。話が早くて助かるよ」
ルカはニッと笑い、顔を上げた。
とりあえずの安全は確保した、といった顔だ。
俺が補足説明をしようと口を開きかけた、その時だった。
――グゥゥゥゥゥ~~~~……キュルルッ。
シリアスな空気をぶち壊す、盛大な音が鳴り響いた。
全員の視線が一点に集中する。
だがルカは慌てることもなく、自分のお腹をポンと叩いた。
「……あー、失敬。どうやらボクの腹の虫はボクほど行儀が良くないみたいだ」
「ふふっ、正直な虫さんですね」
「面目ない。というわけで、お嬢様。そのいい匂いのするシチュー、ボクの分も恵んでくれると嬉しいんだけど……どうかな?」
悪びれもせず、しかしチャッカリと食事の交渉を持ちかける。
その愛嬌のある図太さに、ミリアも毒気を抜かれたようにため息をついた。
「……はぁ。ユズルさん変なのを拾ってきたわね」
「全くだ。……ほらルカ、交渉成立だそうだ。行くぞ」
「やったね、恩に着るよ!」
◇ ◇ ◇
食事を頂いてる最中、リースからごもっともすぎる質問が飛んでくる。
「ルカさんとは一体何者なのでしょうか? 普通の冒険者さんでしょうか?」
「そのことなんだが、食事中に話すと少々重い話になってしまう。質問を質問で返して悪いが、それでも大丈夫か?」
俺は食事中のみんなに聞く。
ミリアとセレナはリースに向かって首を縦に振る。二人は聞く覚悟があるようだ。
少し間を置いてから「聞かせてください、ユズルさん」とリースに促され、俺は静かに口を開いた。
彼女が親の借金で売られた奴隷であったこと。リースの暗殺失敗の原因が俺だと特定され、ネイマール商会から刺客として送り込まれたこと。そして、首には任務失敗すれば命を奪う爆弾が嵌められていたこと……。
淡々と事実を語るうちに、食堂の空気はみるみる重くなっていくのが分かった。
俺はルカと戦って勝利し、彼女の「生きたい」という本心を聞いて救いたいと思ったこと、そしてトラックのスキルで爆弾を外した顛末をすべて話した。
最後に、現状についても包み隠さず伝えた。
――彼女はもう俺の奴隷となっていることやフランさんに顛末を話し、「俺からの命令」と「神の誓約書」でアルベルト商会に関わるもの、その家族、従事者に一切の加害を禁じていること、フランさんが彼女を許す条件の一つに「俺は彼女の奴隷を解消しない」が含まれていること 全てだ。
「……と、こういう経緯があったんだ。これらを踏まえた上で、フランさんから『俺の責任で管理するなら衛兵には出さない』という許可をもらった。すまないな、食事中にこんな重たい話をしてしまって」
みんなの食事が止まる。
後で聞けば良かったと後悔してないだろうか。食事中に話してしまったことを失敗したと感じた。
「ユズルさんは嘘をついて冒険者仲間だと話すことも出来たと思います。今の話を聞いてユズルさんのことを大切に思ってるリース様やセレナさん。もちろん私もルカさんに対して良い気はしないです。でも嘘をつかずに話をしてくれた理由って一体なぜですか? 奴隷化してまで救いたいと思った理由とか、私たちがこんな気分になってまで救う理由はあるのですか?」
ミリアの言うことももっともだ。
彼女たちからしたらただの殺人犯だ。なぜ許せるのか、許そうとしたのか……
ルカの耳がすっかり垂れ下がってしまっている。覚悟はしていただろうがやっぱり本人もつらいのだろう。
「まずひとつずつ話ししていこうか。1つ目。なぜ俺が奴隷化してまで救いたいと思ったのか。本気で殺そうとしてきた彼女と真剣に戦って勝利した。勝利したが故に俺は死ななくても済んだが彼女が爆弾で死ぬことが確定した。だけど彼女の半生を聞いた上であまりにも無慈悲すぎる人生で終わらせたくなかったんだ。前世の俺がつまらなさすぎる人生でおわってしまったのと、彼女の人生を諦めた姿勢が重なって見えたんだ」
「奴隷化したのは今後俺達にとって不幸になる加害をしなくなる保証が欲しかったこと、そして大切な『アルベルト商会』に関わるみんなへ危害を与えてほしくなかったからだ。今回は運よくなんとかなったが、奴隷化せずに自由の身とさせた場合復讐をする可能性もある。仮に奴隷化せずに爆弾だけ外してそのまま野放しにすると、奴隷紋はヴォルフのままだ。そうするとまた彼女が利用されてしまう。そうなると俺だけじゃなく商会そのものに手を出す可能性だってあるからな」
みんなが真剣に話を聞いてくれる。
食事をしてるということをも忘れたかのように、食い入るように俺の顔を見てくる。
俺は膝の上で拳を強く握りしめた――
「そして最後の、みんなの気分を害してまで嘘をつかずに本当のことを話した理由だがこれに関しては本当に申し訳ない。俺の我儘だ。」
「確かに最初は嘘ついたほうが良いかなとは思っていた。けどこんなにお世話になってる人へ俺は嘘を付くことが出来なかったし、きっとここで嘘をついてしまえばこの嘘を隠すためにまた別の嘘を重ねる。それがどんどん大きくなってきっとどこかでほころびが出来て嘘がバレてしまう。そうなると『あれも実は嘘だったんじゃないか』ということまで考えてしまってもおかしくはないんだ。それでせっかく仲良くなれたみんなとギクシャクするのも、お別れするのも嫌だった」
嘘偽りのない本当の気持ちを全てぶちまけた。
俺はアルベルト家のみんなが、レイシアさんもミリアもセレナさんもとても大切な人だ。
そんな大切な人から嫌われる行為だけはしたくはない……
数秒の沈黙が流れる。時が止まったかのような錯覚が起こる。
その沈黙を最初に破ったのはリースだ。
「私はユズルさんがルカさんを許したのであれば問題ないと思っています。確かに大事なユズルさんを傷つけようとしたのは許されたものではありませんし、ユズルさんが居なくなる可能性があったことを考えるとつらい気持ちでいっぱいです。ですが、今ユズルさんはちゃんと目の前に居ます。『ただいま』と言って帰ってきてくれました。私は……私はその気持ちのほうが大きいので……。本当に帰ってきてよかったです……」
リースが目尻に涙を貯めながら話す。
「そうだね、ちょっと意地悪な質問しちゃったかな。ごめんね、ユズルさん。ルカさん、ユズルさんはまだまだ弱いから、これからはユズルさんを守る為に働いてくれたら嬉しいな。私もずっとユズルさんのそばに居るわけにはいかないからさ」
ルカの垂れ下がっていた耳がいつの間にかピンと立ち上がっていた。
それに気がついたと同時にセレナさんも声を上げる。
「確かにユズルさんが許しているなら私たちはとやかくいう資格はありませんもんね。ルカさん、これからよろしくお願いします!」
「勿論ユズル君はボクが守るよ。勿論可能な限りアルベルト家にも尽くしたいと思っている。みんな、本当にありがとう……」
セレナさんがいきなり立ち上がり、手をパンッと一度叩いた。
みんなはそれに驚き、一斉に彼女の方へと顔を向ける。
「さ、重たい話はこれでおしまい! 折角の美味しいシチューが冷めちゃうよ! たべましょう!」
その日食べたシチューはいつもよりの料理よりもちょっとしょっぱく、少し冷めたはずなのにとても温かかった。
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