23.5 ディッツの視点
ここ暫くずっと家には帰っていない。少しでも良いから家に帰ってフランやリースと遊びたいものだが……
「会長、今月の売上についての相談が」
「会長、新店舗にてトラブルが!」
「会長、これにサインをお願いします」
だあああ!!!! 忙しいったらありゃしない。
右を見ても左を見ても商会の仕事が山盛りだ。目が回ってしまう。
そういえばリースはうまいこと実地テストをこなしているだろうか。
まぁ護衛を雇っているんだ。問題はないはずだが帰ったら精一杯褒めてやろう。
ただひたすら仕事をこなす。
気がつけば喉に違和感を覚える。そうだ、ここ数時間何も口にしていない。
喉の渇きを体が訴える。少し休憩しようか。
私は給仕のものを部屋へと呼ぶ。
「お待たせしました会長! なにしましょう!」
彼女はセレナだ。5年ほど前に私の元へと入ってきて給仕係をしている。
ポニーテールの長い髪、オレンジに輝くきれいな髪。
仕事もきちんとこなしてくれるのでありがたい存在だ。
「すまない、すこし喉が乾いたから飲み物を持ってきてくれ。お茶か水で頼む」
「わかりました、ではお茶お持ちします! 温かいものと冷たいものどちらがよろしいですか?」
「冷たいもので」
「はい!」
そうして彼女が部屋を出ていくのと同時に、私の部屋へと一人の人物が慌てて入ってきた。
入ってきたのは妻のフランだ。もう陽が落ちてきたというのに何があったのだろうか。
「あなた、大変です! リースが魔物に襲われたわ」
嫌な汗が全身を伝う。護衛はどうした? リースは無事なのか!?
取り乱しては考えられることも考えられなくなってしまう。一旦落ち着いて話を聞こう。
「フラン、一旦落ち着いてくれ。リースが襲われたというのはどういうことだ?」
「言葉のままよ。今日、ユズルさんという方とリースが一緒に帰宅してきて、ご飯食べてる時に話を伺ったんです。すると王都に帰る途中でゴブリンの群れに遭遇した、護衛に撃退を依頼した所護衛の姿が消えていたと」
「そうか……だが帰宅してきて、と言ったということはリースは無事だったということで良いのだな?」
「そうね、一緒に来たユズルさんという方がリースを助けてくれて、館まで保護してくれたのです。ユズルさんが居なければ恐らくあの子は今頃……」
――死んでいただろうな。
ユズル君、リースを助けてくれて本当にありがとう。
私は心のなかで何度もまだ見ぬユズル君へ感謝の言葉を復唱した。
「それで、ユズルさんは遠いところから来た方であること、戦闘自体があまり得意ではないということから今は館の客間で暫く過ごすことになるとおもうわ。私も少しだけユズルさんとお話しましたがしっかりとした方なので安心してちょうだい」
私は目の前の仕事の山を見る。これを片付けたいがまずは護衛冒険者について洗い出そう。
「お待たせしました、ディッツ様、フラン様! お紅茶お持ちしましたので飲んでください!」
「ありがとうセレナ君。あともう一つ用事を頼みたい。至急ノアを呼んできてくれ。火急の用事だ」
「わかりました! 行ってまいります!」
ノア……彼女は我がアルベルト商会の諜報員の1人。
創業の頃から雇っており、非常に優秀な人物だ。
私はノアが来るまでに当時雇っていた護衛の資料を探す。
資料を見つけた所フランがこちらに近づいてくる。
忙しそうに右へと左へと動く手を支え、顔を正面から覗いて来た。
「あなた、最近帰れてもないでしょう? リースちゃんのことがあったとはいえ、あまり無茶しないでちょうだいね。私も腸が煮えくり返る思いだけど、それ以上にあなたが倒れないかが心配です……」
「ありがとう、フラン。だけどこれは私がやらないといけないことなんだ。だけど心配するな、私はこの程度では倒れはしない。お前が大好きな男はそんなに弱い男なのか? 少なくとも私の大好きな女は好きな男のことを過小評価する人だとは思ってないぞ」
「もう……」
フランが愛おしくなり抱擁をする。
「あのー、夫婦漫才見るために呼ばれたなら帰っても良いっすか?」
いつの間にかノアが入っていた。ノックの音したのか? いや、多分気が付かなかったのかもしれない。
「……」
「……」
「もしもーし?」
「……ゴホン。ノア、よく来てくれた。忙しい所すまない」
「私よりもお二人のほうが忙しそうに見えるっすけどね~、にゅっふっふ♪」
私は穴があったら入りたい……そんな気持ちをなんとか抑えながらも今日ノアに起こったことを全て話をする。
リースが実地テストだったこと、そのテストに護衛を2人雇っていたこと、リースがゴブリンの群れに襲われてる時に護衛が逃げたこと。
ノアは真剣に話を聞いてくれる。
「つまり、この2人の冒険者についての情報を突き止めるっすね。ぱぱっと行ってくるっす~♪ あ、今から自分いなくなるんでイチャイチャしたいならご自由にっすよ!」
嵐のような奴が去っていくと、部屋は急に水を打ったような静寂に包まれ、フランと私だけが取り残された。
「ま、まぁあれだ。心配してくれるのは嬉しいけど私は大丈夫だ。リースのこと教えてくれてありがとう」
「いえ、でも本当に無茶だけはしないでくださいね」
フランが潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。再び静寂が訪れるが、今はこうするのが自然と言わんばかりにお互いの顔が近づき――私たちは、静かに唇を重ね合わせた。
……と、その時だった。
カチャ……ガシャンッ!!
不意に部屋の入り口からティーカップとソーサーが激しくぶつかるような派手な音が鳴り響いた。
ビクッと肩を震わせ、私とフランは弾かれたように顔を離す。
入り口の方に視線を向けると、開け放たれたドアの隙間からお茶のセットを乗せたお盆を持ったまま完全に石化しているセレナの姿があった。
……数秒の、永遠にも似た気まずすぎる沈黙。
ハッとしたように我に返ったセレナは、お盆を持ったまま器用に片手で自分の顔を隠した……が、指の隙間からはバッチリと両目が見開かれているのが丸わかりだった。
「わ、わわわ、私は何も見てないですからねっ!? ただディッツ様とフラン様にお茶のおかわりとかどうかなーって、思っただけで! 決してお二人がキキキ、キスしてるところとか、そういうの全然見てないですから安心してくださいっ!!」
顔を真っ赤にして早口でまくしたてると、セレナは「失礼しましたぁっ!」と叫んで脱兎のごとく廊下へ消えていった。
後には、静寂を取り戻した部屋と顔から火が出そうなほど真っ赤になって俯く妻、そして盛大に冷や汗をかいている私だけが残された。
(……なんか今日は、色々と噛み合わないな)
私は誰に言うでもなく心の中で深くため息をついた。
その後ユズル君のスキルのこととか色々聞いた。ユズル君、本当にありがとう。
◇ ◇ ◇
翌日。執務室の窓から外を眺めていると背後で軽い足音がした。ノアが帰還したのだ。
「ごっしゅじーん、ただいま戻りましたっす。お土産もあるっすよ」
「ほう、早かったな」
振り返るとそこには見覚えのある顔があった。流石Bランク。こんな無理難題を1日でこなすのは恐ろしくもある。
味方で本当に良かった……。
かつてリースの護衛として雇われ、あろうことか娘を見捨てて逃げ出した下衆な冒険者2人だ。
二人は後ろ手に縛り上げられ、猿ぐつわを噛まされた状態で床に転がされていた。
「こいつら、ネイマール商会に雇われてたみたいっすね。どうするっすか? ここでこっそり処理しちゃいます?」
ノアが物騒なことを軽快な口調で提案する。私の腹の底からどす黒い殺意が湧き上がる。
今すぐにでもこいつらの首をへし折ってやりたい。
だが――それではリースの父として、そしてアルベルト商会の主として品位に欠ける。
「……いや、殺す価値もない。それに私刑など行えば、リースが悲しむだろう」
私は冷ややかな視線で2人を見下ろした。
「社会的に、二度と陽の目を見られないようにしてやるのが最大の慈悲であり、復讐だ。衛兵のところへ連れて行くぞ」
「すっすー♪」
ノアは「よいしょ」と軽い掛け声と共に、大の男2人を軽々と担ぎ上げた。
◇ ◇ ◇
王都の中央衛兵詰め所。特別室に通された私たちは、詰め所の責任者立ち会いのもと尋問を開始することになった。
「ディッツさん、ご足労いただき感謝します。こちらが例の魔道具『審判の水晶』です」
責任者がうやうやしく取り出したのは、台座に乗せられた透明度の高い水晶だった。法廷でも使用される高級品で、対象者の魔力波長を読み取り、発言の真偽を色で判定するという代物だ。
真実なら青、虚偽なら赤。言い逃れは不可能。
「では、尋問を始めます」
猿ぐつわを外された冒険者の1人に、責任者が静かに問いかける。
「貴方達に問います。貴方達は護衛任務を放棄し、あまつさえ護衛対象であるリース・アルベルト嬢を殺害しようと計画を立てましたか?」
冒険者の男は脂汗を流しながら必死に首を横に振った。
「ち、違う! 俺らはそんなことしてねぇ! ただちょっとトイレに行きたくなって2人で森の奥に行っただけだ! 全部そこの男たちのデマだ、信じてくれ!」
必死の弁明。しかし、その直後――。
ブゥン……。
水晶が『赤色』に発光した。部屋の空気が凍りつく。嘘であるという、これ以上ない決定的な証拠だ。
「あ、赤……!? な、何かの間違いだ! 壊れてるんだその水晶は!」
男が喚き散らす。決定的すぎる証拠が手に入ったわけだが、往生際の悪いこいつらを完全に黙らせるにはもう一押し必要だろう。
それに、私自身もこの水晶の精度を――
「すまない、疑う訳では無いが彼らが『壊れている』と主張している以上正常に動作することを確認したい。私を使ってテストをしてもらってもいいか?」
「は、はい。勿論ですが……」
「では質問してくれ。『貴方の名前はディッツですか?』と」
責任者は少し戸惑ったが、私の真剣な眼差しに頷いた。
「わ、わかりました。ではディッツさんに問います。……貴方のお名前はディッツですか?」
「はい、間違いありません」
キィン。水晶が、澄み渡るような美しい『青色』に輝いた。
「……よし。ではもう一つ質問を頼む。今度は私が嘘をつく。先と同じ質問をもう一度頼む」
「承知しました。……貴方の名前は、ディッツさんですか?」
「いいや、違う。私の名前はアランだ」
ブゥン。即座に、水晶は不快な赤色へと変貌した。
「――見た通りだ」
私は青ざめる冒険者たちに向き直り、冷酷に言い放つ。
「正しい回答をすれば青く、間違った回答をすれば赤く光る。この『審判の水晶』は正常に機能しているようだね。つまり君たちの先程の言葉はすべて『嘘』だと証明されたわけだ」
「ひ、ひぃ……ッ!」
「この結果は法廷でも証拠として採用される。……覚悟しておきたまえ」
「そ、そんな……頼む、許してくれ!」
冒険者二人が泣き叫び、床に頭を擦り付けて命乞いを始める。だが私の心は一切揺らがない。
リースを裏切り、危険に晒した罪。それは万死に値する。
「可能な限り彼らに重い罰を与えてもらえるようお願いするよ」
「ハッ! アルベルト商会への重篤な背信行為、及び殺人未遂として厳正に対処いたします!」
「本当に、ユズル君が居てくれたおかげで助かったよ……」
ギャーギャーと騒ぐ雑音を背に私は部屋を出た。
当然の報いだ。彼らはこれから、死ぬよりも辛い償いの日々を送ることになるだろう。
一通りの手続きを終え、私はノアと共に詰め所を後にした。
◇ ◇ ◇
夕刻になると、またしてもフランがやってきた。
どうやらエリクサーを1本使ったようだ。
ミリア君の母親の容態が悪くてリースに依頼された……と。リースも立派になったなぁ。
「その時のリースを見てないからどれほどの覚悟があったかはわからないが、フランからみて芯のある主張だと思えたから渡したのだろう? だったら私はそれで問題ないよ」
当然だ。娘の我儘を聞くことが親の喜びじゃないか。
しかし勿論ダメなことはダメだと伝えなければいけない。
考えて考え抜いて出した結果がダメなものなら試させる。どうしてダメだったかを考えさせる。
そうして子供は大きくなるものだ。
「あの時のリースちゃんったらかっこよかったのよー?『ミリアは私の家族と同じように大切な存在です。であればその人の家族は私の家族です』だなんて言っちゃって。ただ、嬉しいのと同時に遠い存在になっていってる気がしてちょっと寂しいわね」
少し悲しそうな顔をフランが見せる。
大人になるってそういうことだからな。仕方がないとはいえ喜ぶべきところだろう。
私はフランの頭に手を当てて励ます。
「成長を見守るのが大人の仕事だ。リースが成長しているなら私たちはそのことを喜ぼうじゃないか」
「そうね、成長を喜ばない親なんていないもの。きっと凄くいい子に育ってくれてると思うわ」
◇ ◇ ◇
数日後、フランが仕事の用件で商会執務室まで来た。
そろそろユズル君とも面会しておかないといけない。
「そうだフラン。明後日はユズル君の朝時間開いてるかどうか分かるか?」
フランが人差し指を口に当て、考える。
「うーん。明日はカルディアへミリアを迎えに行くから予定があることは聞いてるけど、明後日は多分暇じゃないかしら?」
「そうか、では明後日の朝10時に館の応接室に来てもらうようにお願いしてもいいかな? あとリースを助けてくれたお礼に庭の横にある家をユズル君にあげたいのだが喜んでくれるだろうか?」
「私はユズルさんじゃないからこうだよ! とはいえないけど、まぁ喜ぶんじゃないかしら? ただ、リースがユズルさんのことを凄く気に入ってるから離れ離れにするのも少し可哀想だなとは思っちゃう」
リースがそんなにも懐いているのか。人に懐いたことがあるのは家族を除くとミリアとレイシアだけだ。どうしようか……
「ねぇ、それならいっそのこと花嫁修業と称して離れの家に給仕としてリースを雇い入れるのはどうかしら?」
「それは面白そうだ。ただいきなり給仕させるわけにも行かないから……そうだ」
私はセレナを呼ぶ。「はい! お待たせしました!」と元気いっぱいに来てくれた。
「セレナ君、すこし職場を変えることって可能かな?」
彼女が少し不安そうな顔をする。
無理もない。こういった話は大体遠くの村に異動とかが付き物だからな、
「あぁ、すまない。どこか遠いところに行ってもらうとかそういうのではないんだ。セレナ君が優秀だから、是非私の館の離れにある家にて、私の娘に給仕を教えながら家のことを手伝いしてほしくてな」
彼女の表情がパァッと明るくなる。
「もちろん大丈夫です! 是非その仕事受けさせてください!」
「ありがとう、明後日からお願いするね」
「まかせてください!」
あとはリースに話をしないといけないな。
この仕事受けてくれるだろうか……
仕事が少し忙しくなり23時になった頃、久しぶりに我が家に帰ってきた。
リースの部屋は電気がついている。この時間に起きているのは珍しいな、いつもは20時には寝ているはずだが……
リースの部屋の前に行き、ノックを軽く3回鳴らす。
「リース、ただいま。ちょっと話ししたいことがあるんだけど今時間大丈夫か?」
リースが驚いた表情を見せる。
しかしその表情はすぐにゆるみ、私の元へと駆け寄ってくる
「お父様! おかえりなさい!!」
そのまま抱きついてきてくれた。こういう無邪気なのを見ると帰ってきてよかったと心の底から思う。
「ところでこんな時間に起きてるのは珍しいな。何か作業でもしてたのかい?」
リースが恥ずかしそうに俯く。
何やらもじもじしているがなにかあったのだろうか?
「いえ、それがですね、お恥ずかしい話なのですが……」
「本日ユズルさん……えっと、私のお友達なのですがその方の王都案内しまして、途中で疲れて寝てしまいまして。それで変な時間に起きてしまったのでどうしようかなと考えていたのです」
「そんなことよりお父様が戻ってくるのも珍しいですね。何かあったのでしょうか?」
「そうだな、明後日にユズル君にリースを助けてくれたお礼に離れの家を差し上げようと思っているんだ。だからもしかすると活動拠点が館ではなく離れの家になるかもしれないんだ」
リースがわかりやすく固まった。その瞬間一気に悲しそうな顔に変わる。
そんなに彼のことが気に入っているのか。まぁでも離れ離れにはさせない。
「近いとはいえユズルさんとは離れて暮らすことになっちゃうのですね……」
「それでそのことについてリースに話をしにきたんだ」
「話……ですか?」
「そうだ、フランからリースはユズル君のことを凄く気に入ってるということを聞いてね。リース、離れの家で給仕しながら勉強する気はないか? 勿論優秀な給仕はこちらで既に手配している。何年も一緒に仕事をした仲間だから安心してほしい」
「もしつらくなったりしたら館に戻ってきてもいいしご飯を食べに来てもいい。どうだ、やってみないか?」
暗かった表情がどんどん明るくなる。
もうリースにつらい思いはさせたくないんだ。
力強くリースは答えた。
「もちろん、やらせていただきます」
リースの親離れが近いのかもしれないな……
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本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。
投稿時間については全編一括18時半となります




