21 カルディア再訪
石畳に響く自分の足音だけが、夜の帳が下り始めた王都の通りに溶けていく。
背中から伝わる、リースのかすかな寝息。彼女の細い腕が俺の首に回され、時折、規則正しい鼓動が背中越しに伝わってきた。
「……ん……ゆずる、さん……」
寝言だろうか。ふにゃりとしたリースの声が、耳元で弾ける。
今日一日の案内で、彼女は相当に歩き回ったはずだ。商会の令嬢としての顔を脱ぎ捨てて、ただの少女として楽しんでくれたのならこのくらいの重みなんて安いものだった。
とはいえ、30歳を超えた体には、異世界の空気は少しばかり涼しすぎる。俺はリースの体が冷えないよう、背負い直して歩調を速める。
やがて、見慣れたアルベルト家の大きな門が見えてくる。その前には、まるで見計らったかのように一人の女性が佇んでいた。
「おかえりなさいませ、ユズル様。お嬢様を『お持ち帰り』とは、隅に置けませんね」
レイシアさんは背筋をピンと伸ばし、非の打ち所のないお辞儀をする。
その口角は心なしか、いつもの倍くらい吊り上がっているように見える。
「……誤解を招く言い方はやめてくれ。リースは歩き疲れて寝ちゃっただけだよ」
「ふふ、承知しております。ですが、お嬢様のあんなに幸せそうな寝顔は、私でも滅多に拝めるものではございませんから」
彼女はくすくすと笑いながら、俺の隣に並んで歩き出した。
「そういえば衣装変えたんですね。以前の服もよかったのですが、凄く勇ましくなられましたね」
「リースが選んでくれてプレゼントをしてくれたんだ。この服は大切にしないとな」
軽く吹く風によって外套が揺らめく。レイシアさんと俺の足音が庭を響かせ、館へと戻った。
「ユズル様も疲れてると思いますので、リースお嬢様は私の方で布団に運んでおきますね」
レイシアさんはリースをお姫様抱っこで軽々と持ち上げた。まるで羽毛でも運ぶかのような、淀みのない軽やかな動作だ。完璧超人のメイドにとって、少女一人の体重などあってないようなものなのだろう。
「ユズル様、お食事はいかがなさいますか? ご用意いたしますか?」
「お願いしてもいいですか?」
「畏まりました。ご用意が出来ましたらお部屋までお呼びしますので、暫くお待ち下さい」
レイシアさんがリースを運ぶ姿を見届け、客間へと足を運ぶ。
◇ ◇ ◇
湯気の立つ野菜スープに、焼きたてのパン。夕食を始めようと手を合わせたタイミングでフランさんが食堂に入ってきた。
「あら、ユズルさんこんばんは。今日のご飯も美味しそうね」
彼女はふわりと上品に微笑むと、俺の向かいの席に腰を下ろした。商会の奥方らしく、カトラリーを手に取る仕草一つにも品がある。
「あ、フランさんこんばんは。いただきます」
俺も倣って、まだ温かいパンを一口ちぎって口へ運ぶ。香ばしい小麦の香りが鼻腔をくすぐり、空っぽの胃袋が喜びの声を上げるのがわかった。
「そうそう、ユズルさん。ちょっとお聞きしたいのだけれど」
フランさんがスープを一口飲んだ後、世間話でもするように切り出した。
「明後日って、何か予定あるかしら?」
明後日……?パンを咀嚼しながら頭の中でスケジュールを組む。
明日はミリアの送り迎えでカルディアへ行くから一日潰れるが、明後日は今のところ空白だ。あっても近場でスライム討伐をするくらいだろう。
「いえ、明日はカルディアへ行くので埋まってますが、明後日なら特に予定はないですね」
「あら、それならよかったわ」
フランさんは嬉しそうに手を合わせる。
「実はね、主人があなたにお話があるそうなの。明後日朝の10時頃、時間を空けておいていただけるかしら?」
「……ご主人、ですか」
「ええ。よろしくね」
「わかりました。予定を空けておきます」
承諾しつつも、パンを飲み込む喉の動きが少しぎこちなくなる。リースのお父さん……一体どんな人物なんだろうか。話というのはリースを助けたことについてだろうか。怒られるようなことは…………ない、はずだ。
自信を持って「無い」と言い切れないのが少し心許ない。さっきまで美味しく感じていたパンの味が、緊張のせいで少しだけわからなくなった気がした。
食事を終える頃、俺はレイシアさんに声をかける。
「レイシアさん、明日ミリアを迎えに行くために朝早めに家を出るから、簡単に食べられるお弁当作っておいてもらっても大丈夫ですか?」
「簡単に食べられる……この間のサンドイッチのようなものでも大丈夫でしょうか?」
「うん、サンドイッチで大丈夫。ごめんね、ありがとう」
朝一に出たとしてもカルディアに着くのはおそらく昼過ぎくらいになるだろうから、早めに家を出るに越したことはない。
嫌な顔ひとつせずになんでもやってくれる。本当にありがたい限りだ……
◇ ◇ ◇
翌朝。気持ちのいいほどの快晴だ。
時計を見ると6時を指している。
姿見を確認して、特に違和感も無かったので部屋を出ようとすると、机の上にお弁当が置かれているのを発見した。
レイシアさんが用意してくれたんだな。ほんとうにありがとう……
お弁当をバッグに収納しようとお弁当を持ち上げる。
お弁当の下に手紙が置いてあった。
水色の便箋に可愛いうさぎのような絵が描かれている手紙だ。リースからかな?
ビリビリにしてしまわないよう丁寧に便箋を開ける。
――
ユズルさんへ。多分私寝てると思うので「行ってらっしゃい」とお見送りすることが出来ないので手紙で失礼します。
ミリアのことを気にかけてくれて本当にありがとうございます。恐らく、今日ユズルさんは1日中トラックを操縦することになると思いますが、どうか無理だけはなさらないようにしてくださいね。
無事のお帰りをお待ちしております。
リースより
――
手紙ってすごいな。一気に元気が出てきた。
弁当よし、手紙よし。
早いけどカルディアへ向かうか!
館の門を出る。朝早いこともあり、あたりは夜中と言っても違和感がないほどの静寂が流れる。
想像はしていたが思ってた以上に静かだ。
肺いっぱいに吸い込んだ空気は、昼間とは違う凛とした冷たさを含んでいる。吐く息がうっすらと白く染まり、石畳の道は朝露で濡れて、昇り始めたばかりの太陽を反射してキラキラと輝いていた。
通りにはまだ人影はほとんどない。商店の木の扉はどこも固く閉ざされているが、風に乗って微かにパンを焼く香ばしい匂いが漂ってきた。どこかのパン屋はもう仕込みを始めているのだろう。平和な朝だ。
東門を出ようとするといつも通り門兵の方が居たので身分証の確認と挨拶を終わらせる。
暫く距離を歩き、いつものようにトラックを召喚する。
運転席に乗り込むみ、作ってくれた弁当を開けると中には色鮮やかな具材が輝くサンドイッチが入っていた。
片手で食べられるものだと運転しながら食べることができるから本当にありがたいんだよな。
ギュルルルと聞き馴染みのある音をゆっくり聞きながらサイドブレーキを解除する。
カーナビもカルディアに設定した、サンドイッチも用意した。
よし、運転するか! 6時間の運転なんて日本に居た時に何百回と経験してるんだ。景気よく走ろう!
トラックを走らせて暫く経つと、早朝特有の白いモヤがすっかり晴れていた。
気持ち的にはピクニックにでも行きたいが、それはまた今度だな。
よし、少し速度を上げるかな。
窓を少し開ける。気持ちのいい風がトラックに入り込み、気持ちを昂らせてくれる。
あぶない、あまりにも気分が良くなってたからアクセルベタ踏みするところだった。事故が起こる可能性が低いとはいえさすがに安全運転でいこう……
◇ ◇ ◇
気分が良くなり速度を上げて運転していた結果、昼前にはカルディアについてしまった。
帰りのこともあるし、迎えに行こうか。
トラックを降り、カルディアに入った……入ったところまではいいが、ミリアの家どこだっけ。
あたりを見回すと、洗濯物を干している女性や畑仕事をしている男性、無邪気に鬼ごっこをしている子供などいろんな音が聞こえてくる。
しまったなぁ……ミリアの家出る時ちゃんと確認しておけばよかった。
途方に暮れていると、前から見たことある人がやってくる。村長のバルドさんだ。
「おや、ユズルさんじゃないか。元気にしとるかい?」
「バルドさんこんにちは。ミリアを迎えに来たんですが家の場所知らなくて……」
バルドさんが急に笑い出す。
周りに居た人も「何事だろう」とこちらを見てくる。
「ははは、ユズルさん。ミリアちゃんの家はすぐ横だよ。ほれ、ここじゃ」
バルドさんの指した場所はすぐ横にあった。少し手を伸ばせば家の壁に手が当たる距離の場所だ。
そりゃ笑われる。俺だったら間違いなく笑ってたかもしれない。
「村長さん大きな声だしてどうし――ユズルさんだ! おかえりなさい! 来たなら入ってくれればよかったのにー」
家の中からミリアが出てきた。
そりゃそうだ、家の前で村長が大きい声で笑ってたら何事だろうと出てくるよな。
「いやぁミリアちゃんこんにちは。ユズルさんがミリアちゃんの家を探してて今聞かれたから、すぐ横にあるここがミリアちゃんの家だよって教えてたのさ」
つい恥ずかしくなり明後日の方向を向く。
ミリアも笑いながら「ごめんね、ちゃんと家の場所教えておけばよかったね」って言ってくる。くっそう、恥ずかしい。
とはいえ無事にミリアの家が見つかってよかった。
「あ、そういえばユズルさん服変えたんですね! 外套もオシャレでとてもかっこいいですよ!」
茶色を基調とした全身の服装をみてミリアが褒めてくれる。
それに感謝するかのように外套も靡き、より一層かっこよさを増してくれる。
「ありがとう、この服リースが見繕ってくれたんだ。トラックの運転もしやすかったし気に入ってるよ」
「リース様からのプレゼントなんですね、いいなー」
服について語っていると「ほんじゃ、ワシは案内したからの。お二人さんまたな~」と言いながらバルドさんがどこか行ってしまった。
「バルドさんありがとうございました!」とお礼を言うと、颯爽と右手を上げ、彼はこちらを振り向くことがなかった。
「まぁ色々あると思いますが家寄ってってください。外で話するのも変ですし」
「そうだな、上がらせてもらうよ」
「はい!」
無事に合流できてよかった、そう思いながら一緒にミリアの自宅に足を踏み入れる
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