20 王都ぶらり旅
更衣室に入り、カーテンを閉める。着慣れた服を脱ぎ、リースが選んでくれた衣装に袖を通してみた。
……恐ろしいくらい採寸がピッタリだ。締め付け感はないのに、体のラインに馴染んでいる。これも彼女の目利きの勉強の成果なのだろうか。
身支度を整え、備え付けの姿見を見上げる。そこには、見知らぬ男が立っていた。
落ち着いた茶色と紺を基調とした装いは、王都の風景に溶け込みつつも、いかにも「手練れの冒険者」といった風格を漂わせている。
「……悪くないな」
自分でも意外なほどしっくりきている。これは、リースにも感想を聞いてみるべきだろう。
「リース、こんな感じになったがどうだろう?」
シャッ、とカーテンを開ける。待っていたリースの視線が、俺の足元から顔までを一気に駆け上がった。次の瞬間、彼女の瞳がパァッと輝き出す。
「ユズルさん……凄く、凄くかっこいいです!!」
彼女は胸の前で両手を組み合わせ、興奮を抑えきれない様子で身を乗り出してきた。
「前の服も素敵でしたが、なんといいますか……すごく見違えた気がします! まるで物語の主人公みたいです!」
「そ、そうか? ありがとな」
自分から聞いておいてなんだが、真っ直ぐな瞳で褒められるとやはり照れくさい。頬を掻きながら礼を言うと、リースは「あっ!」と何かに気づいたような声を上げ、脱兎のごとく走り出した。
「え、おいリース? どこに行くんだ?」
止める間もなく、彼女はカウンターの店主のもとへ駆け寄っていく。そして懐から身分証を取り出すと、店主に向かって勢いよく宣言した。
「店主さん! この人が今着ている服、一式全部ください! 支払いはこの身分証決済でお願いします!」
「おっと、リースちゃん急に走ってきたと思ったらなんだ、彼氏へのプレゼントか? あんなに小っこかったお嬢ちゃんも、こんな立派になっちまって……」
「店主さんっ! その話は今はいいですから!!」
突然の展開に、俺は呆気にとられた。ただ試着をするだけのつもりだったのに、いつの間にか購入する流れになっている。しかもリースの支払いで。
さすがにそれは男として、いや、大人としてどうなんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が払うから気にしないでくれ。そもそもリースが選んでくれただけで十分お礼になってるし……」
慌てて財布を取り出そうとする俺を、リースがビシッと手で制する。
その表情は、普段の温厚な彼女からは想像できないほど真剣そのものだった。
「いえ、昨夜ご迷惑をおかけした、そのお詫びも兼ねています。そうさせていただけないと、私の気が済みません!」
「しかしだな……」
「受け取ってください、ユズルさん。これはお礼であると同時に、あなたにその服を着ていてほしいという、私のワガママなんですから」
上目遣いでそう懇願されてしまっては、これ以上断るのは野暮というものだろう。
これはリースなりの精一杯の親切であり、けじめなのだ。
俺は財布をアイテムバッグにしまい、短く息を吐いてから微笑んだ。
「……わかった。それじゃあ、ありがたく貰っておこうかな。ありがとうな、リース」
その健気さが愛おしくて、いつもの癖で頭を撫でそうになる。
だが、俺の手が空中でピクリと止まった。ここは店内で、しかも店主が生温かい目で見守っている。商会の令嬢である彼女の威厳を、こんな公衆の面前で損なうわけにはいかない。
俺は行き場を失った手をごまかすようにマントの端へ滑らせた。
「まいどあり。あんちゃん、その服大事にしてやりなよ。お嬢ちゃんの見立ては一級品だ」
「ああ、わかってるよ」
リースからの、初めてのプレゼントだ。この温かい着心地ごと、大切にしない理由がない。
安定して稼げるようになったら、必ず何かお返しをしよう。
……リースは何が好きなんだろう? 明日、こっそりミリアに聞いてみるか。
「お召し物1つ変わるだけで印象が凄く変わりますね……ふふ、本当にとてもかっこいいですよ、ユズルさん!」
店を出てからも、リースは嬉しそうに何度も俺の姿を確認しては微笑んでいる。俺はその視線に少し気恥ずかしさを覚えながら、新しいブーツで石畳を踏みしめた。
◇ ◇ ◇
「あ、今日は居るかな」
リースが何やら呟きながら、テトテトと早歩きをしはじめた。向かった先は、お洒落なインテリア雑貨が置いてある店だ。
「ユズルさーん! みてください!」
店前に行くと、招き猫のように鎮座している一匹の猫が居た。
陽の光を浴びたような、温かなクリーム色の猫だ。リースは慣れた手つきで猫の喉を撫でている。
「ここの雑貨屋さん、店先に猫さんを置いててよく遊びに来ちゃうんです。名前はネコエルと言うそうです!」
「おう、よろしくな! というかおれは猫じゃねえ!」
高い声が猫から聞こえてきた。
――喋った。猫が喋った!? 猫じゃないと言っているがどうみても猫だ。
「ネコエルさんは猫だというといつも『おれは猫じゃねえ』って怒るんですよね」
「なぁー、腹減ったから肉くんねーかぁ? 最高級の肉で頼むぞ!」
「はいはい、後で店主さんにお願いしてね」
そう話しながらリースは動じることなくネコエルを撫で回している。猫が喋ってるのは当たり前の世界なのか……?
そして羊パジャマといい、この猫といい、リースは本当に可愛いものが大好きなんだな。
「なぁリース、猫って喋るのが普通なのか?」
「いえ、普通は『にゃー』とか言うだけなのですが、ネコエルさんだけは特別みたいです。多分魔法か何かで喋れるようにしてるんじゃないでしょうか?」
動物と意思疎通できる魔法か……あったら暮らしが凄く豊かになりそうだ。
「俺も触ってみていいか?」
「どうぞどうぞ! ふわふわで可愛いですよ!」
「おいお前、変な所触ったら引っ掻いてやるからな。丁寧になでろよ!」
おずおずと手を近づける。ネコエルは「早くなでろよ」と言わんばかりにこちらを見つめながら待機している。
――ふわふわだ。しっかりとお手入れされているのか、ずっと撫で回していたくなる魅力がある。ネコエルがもっと触ってほしいのか、俺の手に頭を押し付けてくる。ゴロゴロと喉を鳴らす姿を見て、思わず頬が緩んでしまった。
「ネコエルさんもユズルさんのことが気に入ったみたいですね。猫ちゃん可愛いので勉強に疲れたときとかよく来るんですが、本当にいつも癒やされてしまいます」
「だからおれは猫じゃねえって!」
猫談義をしていると、ネコエルと同じクリーム色した髪の女性がこちらに歩いてきた。
この方がお店の店主さんだろうか?
「あら、貴方はリースさんですね。いつもネコエルの相手をしてくれてありがとう。そちらにいらっしゃるのは――須藤結弦さんですね、初めまして。随分と珍しいところからいらっしゃったのですね。日本……是非私も行ってみたいです」
「…………っ!?」
心臓がドクン、と跳ねた。
名乗ってもいないのに、店の奥から現れた女性は俺の名前を、しかもフルネームで言い当てやがった。
それに前世のことも分かってやがる。何者だこの人……。
俺は警戒しながら店主の顔を見る。見た目は25歳くらいの、おっとりとした若い女性だ。
「ふふふ、びっくりさせてしまいましたね。私はこの雑貨屋の店主です。人の名前を当てるのはちょっぴり得意なので、当てちゃいました♪」
「私は他人の記憶を覗き見る事ができるスキルを持ってるんです。ただ見るだけで書き換えたりとかはできないんですけどね」
あっけらかんと言う店主。只者ではないな。
「なーなー店主様。腹減ったからご飯くれないか? そろそろ昼飯の時間だぜ?」
「はいはい、今は忙しいからちょっと待っててくださいね、ネコエル。うーん、しょうがないですねぇ……とりあえずこれで我慢しておいてください」
店主は黄色く輝く謎の実と、虹色に光る怪しい実を持ってきた。どう見ても食べ物じゃない蛍光色をしているが、あげても大丈夫なのか……?
ネコエルは「ゴールデンフルーツか、しょうがねーなぁ」と文句を言いながらも食べ進めている。……食べるんだ。
「ネコエルは本当に食いしん坊さんですね。たくさん食べて元気いっぱいになってくださいね」
おやつを食べているネコエルを見ていると、なんとも奇妙な光景を見てしまった。
謎の実からお金が出てきた……!?
黄色の実からは50ゼル、虹色の実からは500ゼル出てきた。
「あ、実からお金が出てきたのはナイショですよ。誰にも言っちゃダメですからね?」
そう言い残し、目を離した一瞬の隙だった。店主の姿が消えた。足音もなく、一瞬で店の奥にワープしたかのような挙動だ。店主のスキルか魔法だろうか?
数秒後、店主が何事もなかったかのように戻ってくる。
「これ、よかったらお土産に持っていってください。当店自慢のウエハースです。中には私かネコエルの絵柄カードが入ってるので、色んな種類集めてみてくださいね」
「あ、ああ……ありがとう。後でいただくことにするよ」
何から何までツッコミどころ満載だが、頂いたウエハースをバッグに収納する。
店を離れる時、ネコエルはよほど俺たちが気に入ったのか、「また来いよな!」と声を上げていた。
◇ ◇ ◇
後ろ髪を引かれつつも、俺たちは大通り沿いのベンチで一休みすることにした。
手には、屋台で買った冷たい果実水。王都の活気ある街並みを眺めながら喉を潤す。
「ふぅ……生き返るな。リース大丈夫か? 歩きすぎて疲れてたりしない?」
「果実水美味しいですね! 私はいつでも元気いっぱいなので大丈夫です。心配してくださりありがとうございます!」
リースが果実水のカップを両手で包み込みながら、はにかむように微笑む。その笑顔を見て一安心しつつ、俺は先程から気になっていたことを聞いてみた。
「あ、そうだ。さっきの店主も凄かったけど、魔法ってみんなどのようにして習得しているのかわかるか?」
「魔法ですか? それなら『魔導書』が必要ですね」
「魔導書か。やっぱり専門の店とかに行かないとダメなのか?」
「いえ、大きな書店なら置いてありますよ。ただ……少しお高いのと、『相性』があるのが難点でして」
リースによると、初級魔法の魔導書でも一冊5万ゼルはする上に、一度読むと白紙になってしまう「使い捨て」らしい。
しかも適性がないと何も覚えられずに本だけ失うという。
「ご、5万で使い捨て……? 運が悪いとお金だけ損しちゃうのか」
「その通りです。ですが、適性があれば読んだ瞬間に脳内に使い方が入ってくる感覚で覚えられるようになるんです」
「ハイリスクだな……。要するに、5万ゼルの課金ガチャってことか」
「かきん……?」
世知辛いシステムだ。だが、男として魔法への憧れは捨てきれない。
「でも興味はある。その魔導書、ちょっと見に行ってみてもいいか?」
「もちろんです! 王都で一番大きな書店がこの先にありますよ。行きましょう!」
俺たちは空になったカップをゴミ箱へ捨て、再び石畳の道を歩き出した。
◇ ◇ ◇
2人の背中が人混みに紛れ、見えなくなる。その直後だった。
先ほどまでユズルたちが遊んでいた雑貨屋の軒先。ネコエルが、何もない路地の影に向かって、「なーぉ」と鳴いた。
「おや、随分とあの人間に懐いていたじゃない、キミ」
影からひょっこりと姿を現したのは、フードを目深に被った小柄な少女だった。
彼女はネコエルの喉元を慣れた手つきで撫で回しながら、楽しげに目を細める。そのフードの隙間からは、猫と同じ形をした耳がピコピコと動いていた。
「優しそうな人だねぇ。撫で方も上手だったし、警戒心もゼロ……か」
少女は軽薄な口調で呟くと、自身の首元を指先で弾いた。カチリ、と硬質な音が鳴る。首輪に埋め込まれた魔石が、ドクンと赤く脈打った。
「でも、仕事は仕事だ。命令には逆らえないのが『飼い猫』の辛いところだね」
彼女はネコエルの頭をポンと叩くと、軽やかな足取りで路地の奥へと消えていく。
「またね、猫ちゃん」
カチリ、という不快な金属音の残響。
ネコエルは少女が去った路地の奥を、嫌悪感を隠そうともせずに睨みつけた。
「猫の誇りもへったくれもない。あんな魔道具で縛られちまって……反吐が出るぜ全くよぉ。あとおれは猫じゃねえ!!」
苛立ったように尻尾をバタンと地面に叩きつける。
ネコエルは不機嫌そうに喉を鳴らして店の中へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「こちらが王都で一番大きな書店です!」
到着した書店は、「本を売ってます!」と言わんばかりの大きな本の絵が描かれた看板を掲げていた。中に入ると、和紙のような質感の古い本から、真新しい実用書まで所狭しと並んでいる。
気になって『王都の歩き方』という本を手に取ってみると、王都に来たときからの疑問が一つ解決した。
地図を見ると、やはり王都の地形は綺麗な円形をしているのだ。実際にこうして地図で確認すると、意味もなくテンションが上がってしまう。
……いやいや、違う違う。目的は魔導書だ。
「ユズルさん、魔導書はこちらです!」
リースの声がした方に進んでみると、そこだけ空気が違っていた。何やら禍々しいオーラを放つ本棚。そこにある本はすべて、妙な鎖で縛られている。
「この鎖みたいなのって何かわかる?」
「この鎖は束縛魔法の一種ですね。店主が魔法をかけないと解くことができないようになっていて、立ち読み防止なんです」
「なるほど、中身を見てから『ハズレ』かどうか確認することはできないわけか……」
ファイヤーボールやウォーターシュートといった基礎的なものは5万ゼル。レイシアさんが使っていた生活魔法『クリーン』などは、なんと20万ゼルもするようだ。
「もしお金を払って適性が無ければ、その分無駄になる……」
これは少し怖いな。安定してお金を稼げるようになってからでいいだろう。俺はそっと魔導書を棚に戻した。
「……?」
その時、ふと背筋に冷たいものを感じた。「……いま、誰かに見られていたような?」と振り返るが、そこには本棚があるだけだ。
「どうしました?」
「いや、多分気のせいだ」
店を出ると、日はすでに傾き始めていた。
「よし、そろそろ帰ろうか。リース、今日はいっぱい案内してくれてありがとうな」
「……ん? あ、いえ、仰っていただければいつでも案内しますので!」
元気に答えようとしたリースだが、その体は小さく揺れていた。一瞬、小さくあくびをしたのが見えた。
無理もない。体力の限界などとうに超えているだろう。
ふらつくリースを見かねて、俺は彼女の前に背中を向けた。
「ほら、乗れよ」
「えっ!? で、でも……人目がありますし、重いですし……」
「ここで倒れられるほうが困る。ほら」
「うぅ……ごめんなさい、失礼します……」
……背中に感じる、華奢な重みと温かい体温。規則正しい寝息が、すぐに耳元で聞こえ始めた。
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
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