18 リースの本音
風呂から上がり、一緒に夕食を取る為に食堂へ行く。
どれも見たことはない料理だが、視覚と嗅覚が訴えかけてる。これは美味しい食べ物だと。
何の肉かわからないポトフや、見覚えのない野菜の入ったサラダ、かぼちゃっぽい香りと色のスープ。
お米は無く、代わりにパンが添えられている。
周りを見るとフランさんが居ない事に気が付く。
聞くところによると、今日はフランさんが仕事で家を開けないといけないとのことで風呂に入ってる間に出ていってしまったそうだ。
そうだ、リースに話しておかないといけない。
ずっとお世話になりっぱなしになるのは申し訳ないからな。
「そうだ、リース。お世話になりっぱなしになりすぎるのも申し訳ないから、明日には出ていこうと思うんだ」
突然の告白に、リースは文字通り固まった。
両手に持っていたナイフとフォークがガチャンと机に落ちる。
それを見ていたレイシアさんが素早く食器を交換し、机をきれいに拭く。相変わらずこの手際の良さには惚れ惚れしてしまうな。
「え……ユズルさん出ていってしまわれるのですか……?」
震え声になりながらリースが尋ねてくる。
この世の絶望かのように表情が暗くなり、顔色も少し青くなってるようにも見えた。
「も、もし先程のお風呂の件が気に触ってしまったのでしたらごめんなさい。だから……だから、どこにもいかないでください……」
先程のお風呂を誘ったことで俺が機嫌が悪くなって出ていくと思っているようだ。
そのままでは申し訳ないし、勘違いさせたままなのも嫌なのでちゃんと話そう。
「いや、違うんだ。リースの家に泊めてくれるのは凄く嬉しいんだけど、お世話になりっぱなしで俺が何も返せていない。そうなるのは申し訳ないと思ったから、独り立ちしても良いのかなって思ったんだ。決してリースが嫌いになったとかじゃない」
「でもそうなると寝泊まりはどうするんですか? 宿だって一泊3000ゼルほどします。1ヶ月で9万ゼルに、食費も必要になります。それに、冒険者をするとなったら冒険のための道具も必要でしょう。怪我をするとポーションも必要になります。武器の手入れもお金がかかります。それでも本当にやっていけるのですか?」
「それは……」
あまりの力説に思わず怖気づいてしまった。
言われてみればたしかにそうだ。貯金が残り70万ほどあるとはいえ、数ヶ月でなくなるかもしれない量なのか。
「もしユズルさんが毎月ちゃんと生活できるだけのサイクルで動けるのであれば笑って行ってらっしゃいって言えます。」
リースが目尻に涙を貯めながら説得をする。
泣かないようにしながらも必死に訴えかけるが、急に顔を横に振り、リースの表情が変わった。
「いえ、違います。逃げてては行けませんね……ユズルさん。ちゃんと稼げるようになるまででいいです。それまではお世話になってもらえませんか? 私はお母様と食事することもありますが、今日のように本来なら一人で食事をすることも多く、寂しいのです。誰かと楽しく過ごして、一緒に御飯を食べる。そんな些細な幸せでいいので私にいただけませんか?」
1人で食べる食事……確かに寂しいものだ。
日本に居た頃は基本的に1人で食事を取っていた。仕事の都合上誰かと行動することもなければ、生活のリズムも人と違うので食事の時間もバラバラだ。
だが俺にはスマホがあった。ラジオもテレビもあった。それだけで寂しさはかなり和らいでいた……が、リースは違う。
前に言ってたな。『レイシアも食事に誘ったことがある』と。きっとそういうことなんだろう。
もう少し、リースのお世話になろう。お世話になった借りは後からでも返せる。
今はそれよりもリースが元気になってくれることが一番大事だ。
「ごめんな、リース. わかった。ちゃんと独り立ちできるような立派な冒険者になったら、その時はまた相談させてもらうことにするよ」
「約束……ですよ?」
「おう、男に二言はない。安心してくれ」
そう伝えるとリースの表情が和らいだ気がした。
俺は居ても立っても居られなくなり、リースの近くまで歩み寄る。
ぐしゃぐしゃになった顔を和らげようとリースの頬を両手で包むように充てがい、軽くぐにぐにっと動かす。
「そんな顔してるとフランさんに笑われるぞ。リースは笑顔が一番だ」
『もー……』と言いながらも、リースに笑顔が増えたのが目に見えてわかる。
周りがあたたかな空気となり、一緒に食事を再開した。
ふと気になってあたりを見回すと、いつも食事の時に立っている場所にレイシアさんの姿が見えない。
たまたまなのか、気を使ってくれたのかはわからないけど、見られて無くてよかった……
◇ ◇ ◇
そろそろ寝ようと布団に入り、横になった所、客間のドアに控えめなノックが起きた。
腰だけ持ち上げ、扉の方を見るとリースが入ってきたのが見えた。
ピンクのもこもこしたパジャマを着ており、とても柔らかそうだ。
「ユズルさん、起きてますか……?」
「リースか。どうした?」
無言でリースが近づく。何を思ったのか、一緒の布団に入って横になる。
少し動けばぶつかるという距離に彼女が居る。
意識しなくても感じてしまうリースの匂い。布団の熱の籠もり方に緊張してしまう。
いや、だめだ。ここはちゃんと断って――
「ごめんなさい、食事の時のことを思い出しちゃって。今日は一緒に寝てもいいですか……?」
予想してなかった理由に驚いた。寂しかったんだな。
それなら俺は断る理由がない……が、やはり男と女。変な空気にはしたくないので茶化すように『いびきうるさくても文句言うなよ?』と一言添えた。
「ユズルさん、ユズルさん、ユズルさんっっ!!!」
リースが思いっきり抱きついて甘えてくる。
恥ずかしくなりながらも、真綿を扱うかのように優しくリースの頭を撫で続ける。
「俺ならここにいるぞ。ゆっくり休め」
次第にリースの動きが鈍くなっていき、『すーっ、すーっ』といった落ち着いた呼吸音だけ聞こえるようになった。
俺は彼女の目尻に付いた涙を軽く拭き取り、そのまま寝ることにしよう。
……いや寝られるわけ無いだろ!
自慢ではないが、俺は生まれてこのかた30年。女性と一緒に就寝をしたことが一度もない。
いや、正確に言えば昨日ミリアとリコさんの3人で寝たが、あれは布団が別だった。
しかし今日は同じ布団だ。リースの温もりが嫌でも感じる。
一度冷静になろう。ちょっと冷たいお水が欲しくなったので、リースを置いて部屋を出ようとした所で思いとどまる。
俺が居ないともし起きた時彼女が悲しんでしまう。だから離れるわけにはいかない。
レイシアさんを呼び出すボタンがあるが、この時間は起きてるだろうか? もし寝ていたら水をもらうためだけに起こすのが申し訳ない。
えぇい、ままよ! 寝てたら全力で謝ればいい。
ボタンを押す。しばらくするといつもの姿のレイシアが来た。
「あ、ユズル様。リースお嬢様から伺っております。ご迷惑になってたら申し訳ございません……」
一応俺の部屋に来ることはレイシアに伝えていたんだな。
最初は確かにびっくりしたけど、ちょっと話が急すぎたからな、仕方ないだろう。
「いや、大丈夫だ。リースはもう寝てるんだけど、女性と一緒の布団で寝るのが初めてで少し緊張するんだ。だから冷たい水を貰おうかと思って」
「わかりました、すぐお持ちしますね。少々お待ちください」
そう言い残し、静寂の館内を走り去っていった。ありがたいな本当に。
そうだ、夜に呼んだことをまだ謝ってない。ちゃんと謝っておかないと
そんな事考えていると、レイシアさんの姿が見えてきた。
「おまたせしました、ユズル様」
「ありがとう。レイシアさん、夜遅くに呼んじゃってごめんね。寝てるところを起こしてしまったかな?」
「いえ、問題ないですよ。……あ、そういえば説明するの忘れてましたね。部屋に付いている私の呼び出しボタンなのですが、現在屋敷にいるときやすぐに対応が可能な時は青く光ってると思うのですが、一時的に対応が不可能な状況。つまり買い物に出てるときや調理中、入浴中だと光が赤色に点灯するようになり、就寝中や病気・怪我などで動けない時は光が消えるようなってるんです。とはいえ、専属のコックは数名居るので、料理中は青色にしてることが多いですけどね」
冷たい水を飲みながら話を聞く。
なるほど……あのボタンってそういう意味があったのか。聞いておいてよかった。
レイシアさんが何かを考えながら口を開く。
「ユズル様。いつもお嬢様に優しくしてくださって本当にありがとうございます」
藪から棒にレイシアがお礼をいい始める。
特にこれと言ったことはしていないが、どういった意図の御礼の言葉なんだろう?
「お嬢様は基本的に屋敷では1人で過ごしているので、どうしても窮屈な思いをさせてしまいます。ミリア様が来ることもありますが、毎日というわけでは有りません。そこでユズル様がきていただいてから、お嬢様が笑顔で居られる時間が増えたように感じており、本当に嬉しく思っております」
俺が来てから笑顔が増えた……どんな言葉よりも嬉しい一言だ。
「これまでは仕事の勉強や物価の勉強などをずっとしており、笑顔を出すことが少なかったのです。食事も一人で取ることが多く、まるで枯れた花のようだったのですが、最近のお嬢様を見ると常に満開のひまわりが咲いている そんな光景を見せてくれるんです」
褒められ慣れてないので、そこまで直接言われるとやはり照れてしまう。けど、俺はリースに何もしてあげられてない。
そのうちリースやレイシアさんにお礼しないとな。
水を飲み終え、コップから「カラン」と軽い氷の音がなる。今日はレイシアさんを呼んでおいて正解だったと改めて思う。
「リースが元気になってるなら俺も良かったって思うよ。どんなリースも可愛いが、一番はやっぱりリースは笑ってるところだからな。あ、お水ありがとう。ゆっくり寝られそうな気がするよ」
レイシアさんはユズルからコップを受け取る。
『ではユズル様、おやすみなさいませ』と一言添え、そのまま去っていったレイシアさんを見えなくなるまで見守った。
寝ようと布団に入る。リースの体温で布団が温かいままだ。
(満開のひまわり……か)
彼女の寝顔を見ながら頭を撫でる。おやすみ、リース。
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