17 柑橘の香る書斎にて
リースへの報告を終え、フランさんにもお礼を言いたいが……
フランさんは一体どこに居るんだろう?
「リース、ちょっとフランさんにもお礼を言いたいんだけどどこに居るかわかる?」
「この時間ですと、お母様の書斎に居ると思います。案内しますね!」
リースが机から立ち上がり『いきましょ、ユズルさん!』といいながら部屋の入口へと進む。
憂いが晴れたからか、彼女の足取りが非常に軽そうに見える。だが俺の足取りは少し重くなる。
なんとお礼を言おう。普通に「エリクサーを譲っていただきありがとうございました」でいいだろうか。
鉛のように重くなった足を必死に動かしながらリースについていく。
フランさんの性格上軽いお礼でも良いとは思うが……
「ユズルさん、こちらがお母様の書斎になります」
そう一言俺に伝え、リースはノックし、書斎へと入る。
書斎の扉を開けた瞬間、古い紙とインクの香りが鼻を突いた。壁を埋め尽くす数百、数千という蔵書の背表紙に圧倒され、俺は思わず足を止め身を引き締めた。
「あら、リースちゃんと……ユズルさんね。いらっしゃい、どうかしたの?」
「お母様にエリクサーを譲って頂いた、その御礼を言いに来ました」
「フランさん、この度は貴重なエリクサーを譲っていただきありがとうございました。リコさん……ミリアのお母さんはエリクサーのお陰で無事回復し、食事を作ることができるところまで回復しました」
『そうなのね』とひとこと言い、フランさんがホッとしたような表情を見せる。
フランさんもリコさんのことが心配だったんだな。伝えに来てよかった。
「ミリアは今もカルディアに留まってます。明後日には私が迎えに参りますが、完治したとはいえリコさんのそばを離れるのは不安だろうと判断いたしました。本来なら2人で伺うべきところ、まずは私一人が代表して、感謝の意を伝えに参った次第です」
「あとこちら、手ぶらでお礼に来るのも申し訳ないと思ったので良ければ食べてください」
バッグから取り出したのは先程購入したミカンの袋だ。
それを見たフランさんは、軽く眉を上げて優雅に微笑んだ。
「あら、ミカンね。この季節のものは香りが良くて好きよ。わざわざ用意してくれたの?」
彼女は慣れた手つきで袋から1つ取り出すと、その瑞々しい橙色の皮を剥き始めた。
途端、応接室に爽やかな香りが広がり、それまで会話を支配していた緊張感がふわりと和らぐ。
「リース、あなたもいかが? ここのお店のものは、いつも頂くものより少し甘みが強そうよ」
「あ……ありがとうございます。……わっ、本当ですお母様。果汁が凄いです……!」
隣で一房受け取ったリースが、ぱあっと表情を明るくさせる。フランさんはそんな娘の様子を満足げに眺めてから一粒を口に運び、ゆっくりとその味を確かめるように目を細めた。
「ふふ、美味しいわ。ユズルさん、贈り物を選ぶセンスも中々のものね。……でもミリアのお母さんの調子が良くなったようで本当に良かったわ。エリクサーを貰いに来たときのリースがあまりにも格好良かったから、あの時のリースの姿を見せてあげたいわ」
「お母様!! その事はいいのです! 本当にもう……」
フランさんが笑いながら話すが、リースは湯気が出てるんじゃないかと言わんばかりの真っ赤な顔になっている。
「特に『お金がかかるアイテムだというのはわかるので、働けるようになったら無給で働きます! だからエリクサー譲ってください』とか言っちゃって。子供なんだからお金のことは気にしなくてもいいのにね」
「お母様!!!! ……もういいです! ユズルさんいきましょう!」
プリプリと怒りながら書斎を出ていくリース。それを見ながらニコニコするフランさん。
ほんと、ここにいると暇する時間がないのがとても楽しい。
出ていく前にフランさんへ改めて感謝の念を伝えると、楽しそうに手を振ってくれた。
なんというか、フランさんって隙が無いよな。
リースと一緒にリースの部屋に向かって歩き出す。
静かな廊下に2人の足音がコツン、コツンと響く。
「ところでユズルさんって王都来るの初めてですよね?」
「そうだな、まだどこに何があるっていうのはわからないから、明日ちょっと王都を見て回ろうかなって思ってたところなんだ」
リースがメモ帳のようなものを開いて何かを考える。
「でしたら、明日私は仕事がないので、王都案内しますよ! 一緒に王都のお散歩しませんか?」
「それはありがたい。じゃあ明日はリースにお願いして王都を案内してもらおう」
リースが小さく飛び跳ねる。
髪がふわりと舞い、石鹸の香りがあたりを漂う。
「じゃあ明日朝ごはん食べたら王都に行きましょう! 楽しみです!」
スキップしながら進むリースを見ながら、俺はその後ろを歩いた。
◇ ◇ ◇
館を出て、南門からスライムの生息地へと足を運ぶ。
クナイが木に刺さるほどの威力があったから、恐らくスライムも一撃で倒せるだろうとは思うが実験だ。
俺は自分だけに見えるようトラックを召喚する。
スライムは特に驚いた様子なども見せないことから、「魔力探知によるトラックの存在認識」はしていないのだろう。
これが上位の魔物になったら話は別だろう。魔力探知できる魔物もいるかも知れない、なんなら知性のある魔物もいるかも知れない。人間の言語を喋る魔物も現れるかもしれない。
ここは日本ではない。異世界だ。
何でも実験しておくことに限る。知識こそ最大の武器だからな。
(スライムの核に向かって、素早くクナイを1本)
するとシュンッ、と音を上げながらスライムの核を目掛けてクナイが発射される……が、スライムの核には命中せずにスライムを貫通してしまった。
発射してから着弾までに1秒もなかったが、その間にスライムがたまたま動いたらしい。
どうやら「念じたタイミングでの対象の場所へ移動する」というだけであって、追尾する機能は備わってないようだ。
もう一度クナイを射出した所、見事に核へと命中する。
スライムの魔石がポトリと落ち、俺は魔石を入手した。
スライムを何体か倒して分かったことがある。
まずは荷物噴出には追尾機能がない。避けられたら直ぐに次の手を考えないといけない。
次に、最大飛距離はだいたい30mほどだった。この距離を超えると素早くクナイを発射しても届かない。
重めの岩を噴出しても30mほどとんだので固形物は大体30m程が限界だろう。
だが、布団を噴出したところすぐに布団が広がり空気抵抗を激しく受けたため10mも飛ばなかった。布団がふっとん……いや、なんでもない。
以上のことから、空気抵抗を受けにくいものであれば30mは飛ぶと考えておこう。
次は剣だ。折角購入したのに眠らせておくのももったいない。
アイテムバッグから取り出した剣は、太陽に照らされ吸い込まれるほどに澄んだ光がギラリと放ち、眩しく輝いている。
その重みを手のひらで確かめると、まるで剣が自分に「準備はいいか」と問いかけているような錯覚さえ覚えた。
もう一体スライムが居るので、スライム目掛けて斬りかかる。
相手がスライムとはいえど――目を離すな!!
「キュイィ!!」
……あっさりとスライムがやられた。
とはいえ、油断せずにいこう。例えスライムだとしてもこれは命のやり取りだ。
油断をすれば自分が死ぬ。そういう世界だからな。
『相手の動き、呼吸、体の位置。相手が人間なら相手が武器を持ってる手の指先から足元まで。予測というのは相手の攻撃が見きれない時にするものです』
『魔物や盗賊が出たらどうするつもりだったんですか!?』
このミリアの言葉は忘れてはいけない。絶対にだ。
◇ ◇ ◇
陽も傾き始め、そろそろ戻ろうと王都へ入る。
初めて見る雰囲気だ。茜色に染まる王都の町並み、昼ほど多くもない人通り。『さぁ、お家に帰ろうか』という雰囲気にさせてくれる。
そういえばリースの家で泊まりっぱなしなのもダメだな。今日ちょっとリースに相談しようか。
宿って一泊いくらなんだろう? すこし値段だけ見てみるか……と思ったが、そもそも宿の場所すらわからなかった。
明日リースと王都を歩く時に案内してもらおう。リースなら宿の相場とか知ってるのかな?
館に着いたのでベルを鳴らす。やはり自動的に門が開いた。
そのまま庭を進み扉に触れると、やはり鍵がかかっていないかのようにすぐに開いた。
レイシアさんに見られてる様子もなければ、誰かに監視されてる気配も感じない。本当に不思議な感覚。
「ユズルです。只今戻りました」
レイシアさんが玄関まで降りてくる。
「おかえりなさいませ、ユズル様。お風呂も湧いておりますので、ご自由にお入りください」
「ありがとう。早速入らせてもらうね」
俺はそのまま脱衣所へと向かう。
汗かいちゃったからお風呂に入れてくれるのは本当にありがたい。
脱衣所の扉を開く。
浴室の湯気が脱衣所に少し残っているのが分かった。
(この違和感は何だ? まぁいいや、風呂に……)
見てはいけないものがそこにはあった。綺麗に折りたたまれたリースのドレスだ。
あまりにも驚いて思わず『うおぁああ!!』大声を上げてしまう。
「あれ、ユズルさんいらっしゃったのですか? ご一緒しますか?」
浴室からリースの声が聞こえる。
心を鬼にして、かつ冷静になろうと頭をフル回転させるも脱衣所独特の匂いにやられ、なかなか混乱が解けない。
だが、ここは少なくとも返事をしないといけない。
「リ、リースが入ってたんだな。すまん、それじゃあ後から入るわ!」
急いで脱衣所を抜ける。
危ない危ない。煩悩に負けそうになったが理性が勝った。
相手が子供だろうがなんだろうが、親しき仲にも礼儀ありというものだ。リースが一緒に入浴をすることを許可してくれたとしてもそれは俺が許さない。
とりあえず客間に戻ろう。大丈夫だ、見えてしまったのはリースのドレスだけで下着まで見えたわけではない。それだけが不幸中の幸いといったところか。
客間に戻り、スキルボードを確認してるとレベルはまだ3のままだ。
暫くするとリースが部屋に入ってくる。
その途端、部屋の中の空気が一気に石鹸の香りに包まれる。
「ユズルさんお風呂上がりました。一緒に入ってくださってもよかったのに」
こちらの世界では男女が共に入浴することって珍しくもないことなのだろうか。
それとも俺だから一緒に入ることを許されたのか? いや、どちらにせよ一緒に入ることは出来ないからやんわり断りを入れておこう。
「悪いな、女性とお風呂に入るのはちょっと慣れてないんだ。折角誘ってくれたのにごめんな」
「そうなのですね、わかりました。また機会があれば一緒に入りましょう!」
「それじゃあ今度は俺が風呂に入ってくるな。教えてくれてありがとう」
「はい、いってらっしゃい!」
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