15 カルディアの夜
あたりは真っ暗だった。
月明かりすら乏しく、村に点々と灯る明かりだけが地面を照らしている。その淡い光が俺の影を歪に引き伸ばしていた。
俺は村を出て、しばらく黙って歩いた。
背後の気配が完全に消えたのを確認してから、足を止める。
「……ここでいいかな」
小さく呟き、トラックを召喚する。
手元にクナイを1本だけ残し、残りのクナイ39本を収納術で一気に格納した。
試すように、一本を掴んで思い切り荷台へ投げ込む。
だが金属音はしなかった。
クナイは音もなく吸い込まれ、トラックは何の反応も示さない。
ステータスを確認するとクナイの数が39から40に増えた。面白いな。
(そういえば、これも試しておかないといけないな)
俺は少し考え、意を決して荷台に足を踏み入れた。
(生物は収納不可。だが身につけているものは生物じゃない。この場合はどうなる?)
一歩、奥へ進んだ瞬間だった。
装備していたものが、一斉に消えた。
片手剣、胸当て、服。
下着も、ギルドプレートも、すべてだ。
一瞬、夜の冷気が肌を刺す。
(……なるほど)
驚きよりも理解が先に来た。
(これは覚えておいて損はないな。誰かを荷台に乗せて運ぶ時は相当気をつけないと)
すぐに服を取り出し、着用する。
ガサッと布の擦れる音が、夕闇の中やけに大きく響いた。
「よし、実験しよう」
近くの一本の木を目印に定め、念じる。
(あの木に向かって、素早くクナイ3本)
シュン、シュン、シュン――
空気を裂く音が三度走り、ほぼ同時にドスッ、ドスッ、ドスッと鈍い衝撃音が重なった。
凄まじい速度で荷台から射出されたクナイが、すべて木に深々と突き刺さっている。
次は別の木に向かってクナイを1本射出する。
ライトの間からクナイが1本飛び出た。
トラックの正面にある木にも、ドスッと音を出し突き刺さる。
どうやら発射させる位置は荷台から後ろ方面限定というわけではなさそうだ。
「なるほど……」
最初は、ただ中の荷物を取り出すだけの能力だと思っていた。
だがこれは――
「攻撃手段として、十分使えるな」
次に、条件を変えて念じる。
(あの木に向かって、ゆっくりクナイ3本)
今度は、クナイが静かに射出される。
だが勢いは足りず、途中で失速し、地面に落ちた。
速度は制御できるが、重力や風の影響は受けるらしい。
「役に立つ、立たないは置いておいて、覚えておくことが大事だな。それだけで生き残れるかが変わる時がきっと来るだろう」
そう独り言をし、何度か条件を変えて試していた時だった。
「……さーん。ユズルさーん!!」
遠くから、切羽詰まった声が聞こえてくる。振り返ると、ミリアがこちらに向かって走ってきていた。
もう風呂は終わったのか。
こちらの世界の方のお風呂は早く終わるのだろうか。そういえばリースも俺が部屋に戻ってからすぐに入ってきてたっけ。さすがにあの時はまだお風呂入ってない……よな?
いや、彼女たちの風呂の事情を考えるのはやめよう。変なこと考えるのはリースとミリアに失礼だ。
「おう、ミリア。どうしたんだ?」
「どうしたんだ、じゃないですよ! 急にいなくなるからビックリしたんです!」
「リコさんに少し外に出るって言ってたはずだけど……」
説明しても、ミリアの表情は険しいままだ。
「聞いたから来たんです! 魔物や盗賊が出たらどうするつもりだったんですか!?」
その言葉で、背中に冷たいものが走った。
そうだ。ここは異世界だ。
魔物が出る。盗賊もいる。
運が悪ければ、今ここで死んでいた可能性だってある。
(……完全に平和ボケしてたな)
「すまない。俺のいた場所には、魔物や盗賊という概念がなかったから失念していた」
正直にそう言うと、ミリアは目を丸くする。
「魔物が……いない? ユズルさんって、どちらから来たんですか?」
「うーん、説明が難しいな。機会があったら話すから今はちょっと勘弁してほしい。それより、新しい技を覚えたんだ。ちょっと見てくれ」
「あ、無理に言わなくていいですからね! それより新しい技、見たいです!」
「すまんな。とりあえずあの木を見ててくれ」
ミリアは両手を胸の前で握りしめる。
暗闇の中でも分かるほど、瞳が期待で輝いていた。
「いくぞ」
「はい!」
掛け声と同時にクナイが1本鋭く飛ぶ。
次の瞬間、木に突き刺さる音。
「おー!! すごいです! すごいです!!」
無邪気な拍手に、思わず視線を逸らした。眩しい笑顔だ。
こうも真っ直ぐ褒められると、どう反応していいか分からない。
「あれは……クナイですよね? 何も無いところからクナイが飛んできましたがあれもスキルの1つですか?」
「そうなんだ。トラックの荷物を発射させるスキルを身につけたから実験しようかと思って試していたんだ。トラックは能力で俺以外には見えないようにしているからな」
「なるほど、それで何も無いところからクナイが飛び出たように見えたんですね!」
「しかしこれ、相当強いですね。不意打ちとかなんでも出来るので、使いこなせると強力な武器になりますよ!」
ミリアは色々考え込んでいるようだ。
不意打ち……相手には存在が見えないからこそ使えそうだ。
だが魔力探知とかがあったらすぐバレそうだな。相手にもよるが、少なくとも魔物には通じるだろう。
「不意打ち、いいアイデアだな。人間相手に通用するかはおいといて、魔物相手には有効そうだ。クエスト受ける時とかにちょっとやってみるよ」
「いいですね! ユズルさんが強くなってくれれば私も安心できるので、ぜひ強くなってくださいね!」
発射したクナイを回収しながら、2人で今日あったこととかを色々話した。
初めてスライムを倒したこと、リースの出会いを聞いたこと、サンドイッチを食べたこと、母親を助けたこと……
昨日に引き続き、本当に有意義な1日だった。本当に日本に居た頃とは比べ物にならないくらい楽しいな。
「よし、そろそろ帰るか。ミリア、風呂入ったばっかだろ? 湯冷めとか大丈夫か?」
ミリアは自信満々に答える。
「私だって伊達に冒険者やってないよ。こんなんで湯冷めしたり風邪引いてたら冒険者なんてやってられないからね」
「どのみち夜は冷える。寝る時はちゃんと暖かくして寝ろよ」
「子供じゃないんだから言われなくても平気ですよーだ」
「俺からしたら十分子供だ」
ミリアが拗ねたように言う。
ちょっと拗ねてるミリアを横に、暗くなっていく村へと戻る。
静寂をかき消すような、2人の足音だけがそっとカルディアに響いた。
◇ ◇ ◇
ミリアの家に帰宅すると、青・赤・緑の布団が並んでいた。
リコさんが用意してくれたのだろうか。寝床まで用意してくれるのは本当にありがたい。
「お母さんただいま! ユズルさんの場所教えてくれてありがとうね!」
「二人仲良く帰宅なんて本当に仲が良いわね。えっと、真ん中の赤い布団がミリアで、手前の緑の布団が私、奥の青い布団がユズルさんの布団になるから、ユズルさん、寝る時は青い布団でお願いね」
……まさかの川の字!?
だがせっかくのご厚意だ。ゆっくり休ませてもらうことにしよう。
灯りが落とされ、部屋はほの暗くなる。
外の音も遠く、静かな夜だった。
俺は青い布団の上に腰を下ろし、無意識に入口の方へ視線をやった。
扉の位置、窓の数、外との距離。
頭の中で、自然と確認してしまう。
もし寝てる間に魔物が来たらどうするか。ここでトラックを召喚するか?
いや、それだと家が潰れかねない。
「……?」
その様子に気づいたのか、リコさんが首を傾げる。
「ユズルさん、どうかしたの?」
「いえ、念のために少し起きておこうかなと。夜中に何か魔物が襲ってきたら――」
そこまで言って、言葉を止めた。
「あら、ユズルさんそんな事心配してたのね」
「え」
「何故かわからないんだけど、一度も村を襲われたことがないの。私は生まれてから何十年と過ごしてるけど襲われたことないわ。だから安心してちょうだいね」
有無を言わせない口調だった。
俺は思わず苦笑いを浮かべ、大人しく布団に入った。
その横で、ミリアがもぞもぞと布団を引き寄せていた。
何度も位置を直し、少しずつ間を空けている。
「ミリア?」
「は、はいっ」
名前を呼ぶと、びくっと肩を跳ねさせた。
「どうした?」
「い、いえ、その……私、寝相があんまり良くなくて……」
小さな声でそう言い、ちらりとユズルの方を見る。
「変なことしちゃったら嫌だなって……」
「変なこと?」
「……蹴ったりとか、踏んじゃったり、とか」
なるほど。まぁ寝相が悪いとは言っても限度はあるだろうから問題ないだろう。
「大丈夫だよ。多少動かれても気にしないよ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。揺れるトラックの中で寝ることも多かったからな。気にしなくてもいいぞ」
そう言うと、ミリアは少し安心したように息を吐いた。
それでも布団の端をぎゅっと握ったまま、まだ緊張している様子だった。
「……じゃあ、もし動きすぎてたら起こしてください」
「わかった」
そのやり取りを聞いていたリコさんが、くすっと笑う。
「二人とも、変なところで真面目なんだから」
「え」
「もういいから、はい。おやすみなさい」
そう言って、リコさんも緑の布団に入った。
しばらくすると、ミリアの呼吸がゆっくりと整っていく。
俺は天井を見つめながら、目を閉じた。
(一度も魔物に襲撃されたことがないか……)
そう思いながら、いつの間にか意識が遠のいていった。
読了いただきありがとうございます。
次回
閑話投稿日は2月24日18時半
本編公開日時は毎週「月・水・金」の週3日としていますので、よろしくお願いします




