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11.5 リースの視点

 王都へ戻って屋敷へ荷物を届ければこの実地テストも終わりです。

 道中、特に魔物との遭遇もなくすべてが無事に終わりそうで安堵していました。そう、あの瞬間までは……


「リースさん、前方にゴブリンの群れが居ます! 気をつけてください!!」


 護衛の切迫した大声が鼓膜を打ちます。私は反射的に馬の手綱を強く引き、馬車を止めました。


「すみませんが、ゴブリン退治をおねが……あれ?」


 指示を出そうと振り返った視線の先――そこには誰もいませんでした。

 ほんの数秒前までそこにいたはずの2人の護衛が煙のように消えているのです。ゴブリンの迎撃に向かった形跡すらありません。


 ……逃げた? まさか、護衛任務の放棄なんて聞いたことがありません。

 思考が真っ白になりかけますが現実は待ってくれません。

 幸い、前方のゴブリンたちはまだこちらの存在に気づいていない様子。今全力で馬を駆れば強引に抜けられるかもしれません。

 ――いいえ、駄目です。もし彼らが何らかのトラブルで離れているだけだとしたら、私だけ逃げれば彼らを死なせてしまうことになる。



 逡巡(しゅんじゅん)したその一瞬が、命取りでした。下卑た鳴き声とともに、ゴブリンたちの視線が一斉にこちらを突き刺します。

 私は慌てて手綱を捌き、馬に疾走を命じますが……ゴブリンの知能の方が一枚上手でした。

 彼らが投げた錆びた刃が馬車と馬を繋ぐ革紐を無残にも断ち切ったのです。



 逃げ場がない。私は動かなくなった馬車を盾にして、ジリジリと距離を取ります。ですが時間が経てば包囲されるのは明白。お願い、護衛の方戻ってきて……!

 願いは虚しく、風音にかき消されます。誰でもいい、誰でもいいから助けて……お願い――!!!

 死を覚悟し、そう願った矢先でした。


 『ブォオオオオン!!』


 聞いたこともない重低音が大気を震わせ、巨大な……建物? それとも鉄のイノシシでしょうか? 見たこともない巨体が猛スピードで迫ってきたのです。

 え、な、なにあれ!?

 今まで出したことのない悲鳴が喉から出ました。だめだ、ゴブリンに殺される前に、あの怪物に襲われて私はもうおわ……



 ◇ ◇ ◇



 柔らかい。気が付くと私は布団の上に寝かされていました。

 ですが、周囲の景色はどう見ても屋外。なぜ野外に布団が?

 混乱する視界の端に、見慣れぬ殿方の姿が映りました。全く見たことのない、不思議な服を着ていらっしゃいます。

 あの方が、私を助けてくださったのでしょうか。そうだ、あの恐ろしい鉄のイノシシが近くに居ることを伝えないと!



 と、おそるおそる事情を伺ってみると、どうやらあの鉄の塊は彼の「召喚獣」なのだそうです。

 魔獣ではなく従魔でしたか……。

 よかった。テストの合否はともかく、命の保証はあるようです。

 ホッと息を吐いたその時、突然召喚獣の方から無機質で冷たい「声」が響きました。


 この声はまさか――嫌だ、来ないで……!!


 再び恐怖に震える私に、彼は困ったように、けれど優しく接してくれました。

 その温かさに触れた瞬間張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れてしまいました。

 よかった、襲われなくて済むんだ。助かったんだ。そう認識すると一気に涙腺が緩みます。

 視界が滲み、昂る感情を抑えられません。だめだ、もう、止まりません……初めてお会いする殿方の前でこんなにはしたない姿を見せるなんて……。



 しばらく泣きじゃくった後、彼がその間ずっと、背をさすりながら声をかけ続けてくれていたことに気がつきました。……しっかりしないといけませんね。

 私は居住まいを正し、自己紹介をしました。

 彼の名はスドウ・ユズルさん。苗字持ちということはどこかの国の貴族の方でしょうか?

 ですがその所作はあまりに自然体で……。いえ、命の恩人の詮索など無粋ですね。

 彼がユズルと呼んでくれと仰ったので、親しみを込めてユズルさんとお呼びすることにしました。



 話を聞けば聞くほどこの召喚獣は規格外でした。「収納スキル」まで持っているなんて。

 過去の文献や伝説級のアーティファクトですらこれほどの性能を持つものは聞いたことがありません。

 その召喚獣に乗って王都まで送ってくださるというので、私はユズルさんを信じ、勇気を出して鉄の身体に乗り込みました。

 凄く高いです! この目線で移動するなんてなんとも新鮮な体験です。それにこれだけの速度が出ているのに揺れが少ない……とんでもない体験をしてしまいました。



 王都の門に到着しましたが、予想通りユズルさんが門番に止められてしまいました。

 あまり家の権力を利用したくはないのですが恩人のためです。ここは少し融通を利かせてもらいましょう。

 無事に入国審査をパスし、王都の中へ。道すがら、ユズルさんにお金の価値について聞かれたので説明したのですが……私は計算が苦手でつい指を使って数えてしまいました。

 うぅ、恥ずかしい……見られていないといいのですが。


 そんなことを考えているうちに我が家の屋敷が見えてきました。そうだ、ユズルさんは「悪目立ちしたくない」と仰っていたので防犯用の認識阻害結界をかけてもらうようレイシアにお願いしておきましょう。

 レイシアにも見たことは内緒にしてもらわなくてはいけませんね。



 屋敷の庭に入ると、ちょうど花に水をやっているレイシアを見かけたのですぐに結界の指示を出しました。いつも完璧に仕事をこなしてくれる彼女には本当に頭が上がりません。

 ユズルさんがトラックを収納してくれたタイミングで結界解除しても大丈夫だと伝えます。

 お礼も兼ねて「泊まってはいかがですか」と提案してみたところ、最初は遠慮されていましたがなんとか承諾いただけました。

 嬉しい。もう少し彼とお話ができます。


 応接室へとユズルさんをご案内しました。地図にも載っていない遠い異国の地から来たそうで……。

 私で良ければこの国での力になってあげたい。

 大丈夫です。何か困ったことがあれば絶対に私が助けてみせます。そう強く思っていたらいつの間にかユズルさんの手を握りしめていました。

 ゴツゴツとしていて凄く大きく、全てを包みこんでくれるような温かい手です。


 あら、レイシアがお茶を持ってきましたね。……なんだか生温かい視線を感じますが彼女の勘違いはいつものことなのでそっとしておきましょう。

 そう思った矢先、ユズルさんの手が私から離れてしまいました。少し残念です。

 その後、食事の席でさらに勘違いしている人が増えていたので誤解を解いたところお母様が血相を変えて飛び出していってしまいました。恐らくお父様の元へ報告に向かったのでしょう。こういう時のお母様の行動力はある意味頼りになります。

 夜。レイシアからユズルさんがお風呂から上がったと聞き、私は浴室ではなく客室へと足を運びました。

 本日のお礼は今日のうちにしっかり伝えておかなくてはなりません。『コンッ、コンッ、コンッ』とノックしドアを開けると――。


 そこには、ベッドに突進しながら叫び声を上げ、布団に転ぶユズルさんがいました。


 えっと……ユズルさんは一体何を?

 あまりの光景に言葉を失いますが、彼からは「何をしてたかを聞いても無駄だ」という、触れてはいけないオーラが漂っていました。……このことは、見なかったことにしましょう。

 よし、流れを変えるために用件をお伝えしなくては。ユズルさん、本当にありがとうございました


 ◇ ◇ ◇



 翌朝。ユズルさんをお迎えに行ったところ、何やら実験を手伝ってほしいと頼まれました。実験? トラックに関することでしょうか。念の為、認識阻害の結界が必要か尋ねましたが不要とのこと。うーん、ますます想像がつきません。


 簡単な朝食を済ませ、2人で庭に出るとユズルさんが不思議なことを言い始めました。トラックがある……?

 右を見ても、左を見ても、ただ庭の風景が広がるばかりです。

 目の前にトラックがあると言うのですが何度目を凝らしても、手を振りかざして確認してみても、そこには何も存在しません。

 ユズルさん曰く、これは新しいスキルで『指定した人物以外トラックが見えなくなり、触れられなくもなる』とのこと。


……背筋に冷たいものが走りました。

 それはつまり、人混みの中を姿を見せずに走ることも出来るということ。そして何より恐ろしいのは――軍事利用の可能性です。

 武器や兵士をあの「収納スキル」で隠し持ち、自分以外認識できない状態で敵陣の深くまで侵入できてしまう。誰にも気づかれず、どこへだって行けてしまう。

 それは一国の防衛網を無意味にするほどの力です。ユズルさんはご自身が手に入れた力の恐ろしさに気づいているのでしょうか?


 思いついた懸念は口に出さず、私は笑顔を貼り付けました。『人混みの中をトラックで走れますね!』と。

 精一杯の、当たり障りのない感想。政治的な争いに彼を巻き込みたくない。

 包丁は食材を切る時に役に立ちます。しかしそれを人に向ける方がいることも知っています。

 どんなものだって使い方次第で人を傷つけてしまう道具となってしまいます。

 だからユズルさんには申し訳ないのですが……この力の本当の意味には、どうか気づかないでいてほしい。

 人に包丁を向けるのではなく、食材に包丁を向ける。そういう人で有り続けてください……


 ギルドと装備屋の場所を聞かれたのでお教えすると、彼はそのまま行ってしまいそうになりました。

 なんだか名残惜しくて、私は昨日ユズルさんがやってくれたように小さく握った右手を突き出し、グータッチを求めました。

 コツン、と拳と拳が触れ合います。

 どうか無茶だけはしないでくださいね。


 ◇ ◇ ◇


 さて、お風呂に入りましょう。

 そういえばユズルさんギルドと装備屋に行くと仰ってましたが、戦闘をしたことはあるのでしょうか?

 ときには魔物と戦い、時には人と戦わないといけなくなる。それが冒険者です。

 戦闘したことがないのであればミリアを一緒にクエストへ向かわせて訓練してもらおうかと思ったのですが、ミリアはいつ頃戻りますかね?


 そんなことを考えながら体を洗い、ゆっくりと湯船に入ります。

 やはりお風呂は気持ちが良いものですね。勉強の事も何もかも忘れてずっとこの幸せに浸っていたいです。

 そんなことを考えていたら脱衣所から声が聞こえる。


「リース様、ミリアです。お風呂ご一緒してもよろしいでしょうか?」


 ミリアですね。ベストタイミングです。私はもちろん承諾しました。

 浴室にミリアが入ってくる。ミリア、相変わらずスラッとしてて綺麗ですねぇ。

 私もいつかはあのような綺麗な体になるのでしょうか。

 体を洗い終わったミリアが私の横に来て一緒にお風呂へ入る。


「ミリア、ちょっとお願いがあるのですが……」


 私はユズルさんとの出会いと今朝までの出来事をお伝えしました。

 どうやら戦闘の指南をしてくださるようです。ホッとしました……

 『なんでもお手伝いしますので!』といいながら力こぶを作るかのようにミリアは腕を曲げる。


 すこしのぼせそうになってきたのでそろそろお風呂を上がりましょう。


 ◇ ◇ ◇


 ミリアをユズルさんに案内し、いつものように勉強をしていると、レイシアが部屋に入ってくる。


「失礼致します、リースお嬢様。お嬢様とミリア様宛にカルディア村の村長からお手紙が届きましたのでお渡しします」

「ありがとうレイシア。確かに受け取ったわ」

「では私は食材の買い出しがありますので、少しの間館を離れます。すぐ戻りますが、困ったことが起きたら私を探すのではなく、帰宅するまでお待ちいただけると幸いです」


 そう言い残しレイシアは部屋を出る。

 カルディア……確かミリアのお母様がいらっしゃる村だったはず。なにかあったのでしょうか?


――


 拝啓 リース・アルベルト様とミリアちゃんへ。


 ミリアちゃんのお母さん、リコさんが急に倒れて動かなくなりました。

 今まで病気を持ってる様子もなく、突如動かなくなったため医者に診てもらってますが原因が分からず……このようなことは考えたくはないですが、最早リコさんの最期を見守るしかないという有様です。

 リース・アルベルト様、申し訳ないのですがしばらくミリアちゃんをカルディアへ向かわせてあげてくれないでしょうか。急なお休みになってしまい、ご迷惑かということは存じますが何卒よろしくお願い致します。


 敬具


――


 気がついたら私は席を立ち、走り出していました。

 目指すはお母様の書斎です。


「お母様! お願いがあります!」

「あら、リースちゃんどうしたの血相変えて。お願いとは何かしら?」

「エリクサーを1本譲っていただけないでしょうか? ミリアのお母様が急に倒れて、医者に診てもらっているようなのですが容態が回復しなく、おそらく最期を迎えるんじゃないかという状態となっているので私はミリアのお母様をお救いしたいのです。ユズルさんの能力なら半日でカルディアへ向かうことも可能なので」


 私はお母様にお願いをする。


「1本で家が何軒も建つと言われる、伝説の霊薬。商会の利益を考えればこのような場所で使うべきではないのかもしれません。ですが、命はお金では買えません。家はお金で買えます。いざとなれば私が働けるようになった後、ずっと無休でも構わないです」


 お母様が真剣に聞いてきた。


「例えエリクサーだとしても、ミリアのお母さんが寿命だった場合は治らないわよ。ミリアやミリアのお母さんを期待させるだけさせて寿命だった。だから治らなかった、となったら期待していた分だけ余計に深く悲しむことになります。負わなくてもいい後悔を負うかもしれない。リース、貴方も治せなかったことを後悔すると思う。その覚悟はあるの?」


「あるか無いかで言われれば勿論無いです。人の命を左右する内容です、そんな簡単には決められません。ですがこれだけははっきりと申し上げられます。ミリアは私の家族と同じように大切な存在です。であればその人の家族は私の家族です」


 そうです。覚悟なんてあるはずないです。しかし覚悟を理由にここは下がるわけにはいけないのです。


「確かにお母様が言ったように、期待させてしまった分余計なつらい思いをさせてしまうこともあるかもしれません。ですが、エリクサーを渡さずにミリアのお母さんをそのままにしていると私はきっと『あの時エリクサーを渡しておけば今も元気に過ごしてるんじゃないか』といった後悔をずっとしていきます。助けられたかもしれない命を助けることが出来なかった。それだけはどうしても避けたいのです」


 『しょうがない子ねぇ』と言いながらお母様は同室に置いてある金庫を開け、エリクサーを取り出す。


「持っていきなさい。お父さんには私の方から伝えておきます。ミリアのお母さん、治るといいわね」

「お母様……ありがとうございます……!!」


 受け取った小瓶は、手のひらで驚くほど熱く、けれどどこか優しい光を放っていた。

 私はその足で、もつれそうになる足を必死に動かしてギルドへと向かう。

読了いただきありがとうございます。

次回投稿日は2月16日18時半になります

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― 新着の感想 ―
どうも、いつも楽しみにさせてもらっています!これからも楽しみにして頑張っていきます! ところで、本文の『ミリアですね。ベストタイミングです。私はもちろん承諾した。』 のところの、後者の語尾が、「一人称…
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