スライムに、なりたい
店の灯りは控えめで、
瓶の影が棚にやわらかく重なっている。
クリムは棚の上で丸くなり、
ルゥは入口に伏せて、半目でこちらを見ている。
静かすぎて、考えが勝手に増える時間だ。
そこへ――
カラン。
「……何言ってるか分からないかもしれないんですけど……
スライムに、なりたいんですよね」
椅子に座った客は、
最初から言い訳を添えてきた。
声は弱くも強くもない。
ただ、張りつめていた。
俺は一拍置く。
「分かるかどうかは後で決める。
まず、どうしてだ」
客は視線を落とす。
「形が、決まってなくて……
ぶつかっても傷つかないし……
嫌な場所には、流れて行かなくていいし……
何より……期待されなさそうで……」
クリムが「きゅ……」と小さく鳴き、
ルゥは“これは逃避じゃなく疲労だな”という顔をした。
俺は腕を組む。
「確認する。
“消えたい”か?」
客はすぐに首を振る。
「……違います。
“ほどけたい”です」
ああ。
それなら話は早い。
「残念だが、
スライムになるポーションは作らない」
客の肩が少し落ちる。
「……ですよね……」
「だが」
俺は棚から小瓶を三つ並べた。
「“スライムみたいに生きる時間を作る補助”なら、できる」
客が顔を上げる。
⸻
◆一本目
【帰宅後の緊張をほどくポーション】
「まずこれ。
一日の終わりに、
“形を保ってきた力”を抜く」
客は目を閉じる。
「……仕事中、
ずっと“人の形”してました……」
「だろ。
肩も表情も、全部固まってる」
クリムが「きゅ(カチカチ)」
ルゥが「わふ(硬すぎ)」と頷く。
⸻
◆二本目
【頭を“用途なし”に切り替えるポーション】
「次。
考えるのをやめる薬じゃない。
“考えなくていい時間”に切り替える」
客が小さく笑う。
「……スライム、
たぶん“意味”とか考えませんよね」
「考えない。
存在して、漂って、
必要なら分裂する。
それだけだ」
⸻
◆三本目
【非生命体への愛着を、ちゃんと満たすポーション】
「最後。
これが一番大事だ」
俺は瓶を指で軽く叩く。
「スライムになりたいって言うやつはな、
だいたい“人として求められすぎた”人だ」
客の喉が鳴る。
「このポーションは、
ぬいぐるみ、クッション、毛布、
非言語の“触れても期待されない存在”への
愛着を、罪悪感なく満たす」
クリムが「きゅ(抱きしめろ)」
ルゥが「わふ(無条件)」と鳴く。
俺は続けた。
「いいか。
スライムは強い。
だが強さは“戦闘力”じゃない」
客を見る。
「形を変えられること。
戻れること。
期待を背負わず、必要な時だけ前に出ること」
客は三本を見つめ、しばらく黙ったあと、ぽつり。
「……俺、
スライムになりたいんじゃなくて……
“今日は人でいなくていい時間”が
欲しかっただけかもしれません」
「正解だ」
俺は頷く。
「人間はな、
一日中“人”でいる設計じゃない。
溶ける時間がないと、割れる」
瓶を差し出す。
「今日は、
スライムみたいに過ごせ。
名前も役割も、いったん置け」
客は小さく笑って、受け取った。
「……ありがとうございます。
ちょっと、床に伸びてきます」
「風呂場でやれ」
「はい」
扉が閉まる。
俺は天井を見上げて、ぼそり。
「……次はどうせ
“スライムから戻りたくない”
とか来るな」
クリム「きゅ(段階)」
ルゥ「わふ……(回復中)」
やれやれ。




