アイツの鼻毛が
昼。
陽は高いが、店の中は少しひんやりしている。
集中が途切れたあとに来る客が、一番多い時間帯だ。
クリムは棚の上で瓶を並べ替えては崩し、
ルゥは入口で伏せたまま、外の気配にだけ反応している。
そこへ――
バンッ!
「アイツの鼻毛が気になって……集中できない!!!」
勢いよく扉が開き、
ほぼ叫びながら入ってきたのは、若い魔術師だった。
ローブの袖が焦げていて、腕には応急処置の痕。
俺は一瞬、腕を見る。
「……火傷してるな」
「しましたよ!!
だって!!
詠唱中に!!
視界の端で!!
鼻毛が主張してきて!!」
クリムが「きゅっ!?(強すぎる主張)」と驚き、
ルゥは「わふ……(それは危険)」と低く唸った。
魔術師は机に突っ伏す。
「もう無理なんです……
気にしないようにすればするほど、
存在感が増すんです……
しかも一本じゃないんです……
複数……」
俺は目を閉じた。
「……それはもう、
鼻毛の問題じゃないな」
「え?」
俺は腕を組む。
「確認する。
一番困ってるのはどれだ」
指を折る。
「①鼻毛そのもの
②詠唱中に視界が引っ張られること
③集中が切れた結果、怪我をしたこと」
魔術師は即答した。
「③です!!
死ぬかと思いました!!」
「だろうな」
クリムが「きゅ(本題)」
ルゥが「わふ(そこ重要)」と頷く。
俺は棚から小瓶を三つ取り出し、並べた。
「これは“鼻毛を消す”薬じゃない。
“注意の奪われ方”を調整するためのやつだ」
魔術師が身を乗り出す。
「お願いします……
鼻毛のない世界を……」
「鼻毛は世界に必要だ」
「えっ」
「防塵的に」
クリムが「きゅ(防御力)」
ルゥが「わふ(大事)」と鳴く。
俺は話を戻す。
⸻
◆一本目
【過剰な視覚ノイズを弱めるポーション】
「まずこれ。
詠唱中、視界に入った“不要情報”を
自動的に背景化する」
魔術師が目を見開く。
「……そんなことが……」
「ある。
魔術師はな、
視覚に引っ張られやすい職業だ。
だから事故る」
「俺、集中力ないんですか……?」
「違う」
俺は首を振る。
「集中力が“広すぎる”。
全部拾いにいってる」
⸻
◆二本目
【詠唱専用・意識固定ポーション】
「次。
詠唱に入った瞬間、
意識を“内側”に引き戻す」
魔術師はゴクリと喉を鳴らす。
「……鼻毛、見えなくなります?」
「見えるが、
“意味を持たなくなる”」
「それで十分です……!」
クリムが「きゅ(切り分け)」
ルゥが「わふ(情報処理)」と尻尾を振る。
⸻
◆三本目
【集中が切れたあとの回復ポーション】
「最後。
これが一番大事だ」
魔術師が真顔になる。
「集中が切れること自体は、
誰にでもある。
問題は、“切れたあと”だ」
俺は続ける。
「このポーションは、
“やらかした”って自己嫌悪に入る前に、
意識を立て直す」
魔術師は小さく笑った。
「……俺、
火傷した瞬間、
“俺は向いてない”って思いました」
「それが一番危ない」
俺ははっきり言う。
「向いてないんじゃない。
“集中の使い方”を教わってないだけだ」
魔術師は三本の瓶を見つめ、しばらく黙ったあと、ぽつり。
「……鼻毛で死にかけたって、
誰にも言えなくて……」
「言わなくていい」
俺は肩をすくめる。
「言うなら、
“集中事故で怪我した”で十分だ」
クリムが「きゅ(要約)」
ルゥが「わふ(編集大事)」と鳴く。
俺は続けた。
「いいか。
気になるものが視界に入るのは、
お前が弱いからじゃない」
魔術師を見る。
「“集中してる最中に邪魔される”ってのは、
それだけ本気でやってる証拠だ」
魔術師の肩が、ゆっくり下がった。
「……俺、
鼻毛に負けたんじゃないんですね」
「負けたのは、
調整不足だ」
瓶を差し出す。
「今日は、
火傷を治すより、
集中を守れ」
魔術師は深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。
今度は、
鼻毛が来ても……詠唱、通します」
「それでいい」
扉が閉まる。
俺は天井を見上げて、ぼそり。
「……次はどうせ
“まばたきの回数が気になる”
とか来るな」
クリム「きゅ(来る)」
ルゥ「わふ……(集中クエストは続く)」
やれやれ。




