やっぱりこれ
目を開けると、そこは見慣れた石造りの通路だった。
「……戻ってきた、のか?」
ガイルが周囲を見回す。
天井は低く、壁には苔が生えている。
さっきまでの青空も、草原も、どこにもない。
だが、床には見覚えのある模様が刻まれていた。
転送トラップの魔法陣だ。
「ギルドの地図だと、このあたりは――中層手前の安全地帯のはずだ」
ガイルが呟く。
安全地帯。
つまり、いったんここまで戻れば、あとは普通のルートで地上に出られるということだ。
「クリム、ルゥ、平気か?」
肩を見上げると、クリムはいつものようにふわふわしている。
ルゥも、石床の感触に少し戸惑いながらも、ちゃんとついてきていた。
「ふふ……みんなで一緒に帰れますね」
ミーナがそう言って微笑む。
「よし、じゃあ帰還したらまずギルドに報告だな。
“初心者ダンジョン、初心者には優しくありません”って、でっかい字で」
「それは本当にそうだな」
ガイルが真顔で頷いた。
そして数時間後、俺たちは無事に地上へと戻った。
ギルドは大騒ぎになった。
行方不明になっていた“風切りの刃”の二人が帰還したこと。
謎の転送階層の存在が、はっきりと確認されたこと。
そして――
「お前が作ったポーションのおかげで、二人は命を拾ったんだ。
ついでに、そこらの魔物たちも妙に元気そうだったが」
と、ギルドマスターが苦笑しながら言ったこと。
その数日後、俺はギルド近くの小さな路地に、ささやかな店を構えた。
看板にはこう書いた。
【疲れた身体にはやっぱりこれ】
――ポーション&簡易休憩所 アトリエ・くぼ地
店の奥には、草原階層を思い出させるような観葉植物を並べた。
クリムはカウンターの上で丸まり、ルゥは入口の番犬(兼もふもふサービス担当)として昼寝している。
昼は冒険者たちが、夜は街の人たちが、ふらりと入ってくる。
「すいません、今日の“雨の日だるいポーション”まだ残ってます?」
「あるある。ついでに“おやすみポーション”もセットにするとお得だぞ。明日の朝、感動するから」
「じゃあ、それで!」
「はいよ。疲れた身体には、やっぱりこれだからな」
そう言って笑うと、客もつられて笑ってくれる。
ポーション作りは、やっぱり自分のためだ。
自分が飲んで効いてほしいから、味だって工夫したい。
だけど今は、その“自分のため”が、いつのまにか他人の役にも立っている。
たまに、青空階層を思い出す。
あの不思議な草原、湖、森。
四季がぐるぐる巡る、変な世界。
いつかまた、どこかで似たような場所に飛ばされるかもしれない。
そのときはきっと、今回よりも少しだけ上手に、拠点を作れるだろう。
「あー、でも、次はちゃんとベッド持ち込みたいな……」
独り言を漏らすと、クリムが「きゅ」と鳴き、ルゥが尻尾を振った。
今日も一日、きっといろんな客が来る。
くたくたに疲れた身体を引きずりながら、“やっぱりこれ”を求めて。
俺は棚に並んだポーションたちを見渡し、にやりと笑った。
「よし、今日もがっつり働くか。
疲れたら――」
自分用にこっそり作っておいた、特製疲労回復ポーションを手に取る。
「――やっぱりこれ、だな」




