辞めたいは、逃げじゃなくて警報だ
夜。
店の灯りは少し落としてあって、
外の音も遠い。
クリムは棚の上で丸くなり、
ルゥは入口で伏せて、静かに呼吸している。
そこへ――
カラン。
「……急に、
子ども達と夫の世話を、
全部辞めたくなったんですよね」
入ってきた女性は、
怒っても泣いてもいない。
ただ、声が平坦だった。
俺は椅子を指さす。
「座れ。
その言い方はな、
限界一歩手前のやつだ」
女性は座って、両手を膝に置いた。
「嫌いになったわけじゃないんです。
でも……朝から晩まで
“必要とされ続ける”のが、
急に、重くて……」
クリムが「きゅ……」と小さく鳴き、
ルゥは“これは静かに聞くやつだ”と目を細めた。
俺は腕を組む。
「確認する。
“辞めたい”のは、
家族か?」
女性はすぐ首を振った。
「……違います。
“役割”です」
「だろうな」
俺は棚から小瓶を三つ並べた。
「これは“放り出す”ための薬じゃない。
“自分を戻す”ためのやつだ」
◆一本目
【常時オンになってる気を切るポーション】
「まずこれ。
呼ばれたら即対応、
先回り、気配り。
それを一回、オフにする」
女性が、ふっと息を吐く。
「……切っていいんですね」
「いい。
電源入れっぱなしは、壊れる」
◆二本目
【“自分の時間”を罪悪感なく取るポーション】
「次。
休むと“サボってる気”になるのを止める。
休息は義務だ。
許可はいらない」
「……それ、欲しかった……」
◆三本目
【家族と距離を“壊さず”取るポーション】
「最後。
全部背負うのをやめるためのやつだ。
“一人でやらない”を選べるようになる」
女性は三本を見つめて、
しばらく黙ったあと、ぽつり。
「……私、
消えたくなったわけじゃなくて……
“戻りたかった”のかもしれません」
「正解だ」
俺は頷く。
「世話を辞めたいって気持ちはな、
愛がなくなった証拠じゃない。
“自分が空っぽ”だって合図だ」
クリムが「きゅ(合図)」
ルゥが「わふ(無視するな)」と鳴く。
俺は続ける。
「いいか。
家族を大事にするには、
世話役でいる時間と、
“一人の人”に戻る時間が両方要る」
女性の肩が、ゆっくり下がった。
「……今日は、
何もしない時間を作ります」
「それでいい」
俺は瓶を差し出す。
「全部辞めなくていい。
まず“一旦降りる”だけでいい」
女性は静かに頭を下げ、店を出ていった。
扉が閉まる。
俺はカウンターに肘をついて、ぼそり。
「……次はどうせ
“降りたら罪悪感が出てきました”
とか来るな」
クリム「きゅ(ある)」
ルゥ「わふ……(回復段階)」
やれやれ。




