それでも、灯りは消えない
勝利という言葉は、
いつも少し嘘くさい。
倒した。
終わった。
生きて帰ってきた。
事実としては正しい。
けれど、胸の奥に残るのは、
達成感よりも先に――
安堵だった。
街の門が見えたとき、
誰かが声を上げたわけじゃない。
ただ、全員の歩幅が、
ほんの少しだけ揃った。
石畳の感触が、
やけに現実的だ。
ダンジョンの中では、
足元は常に「信用できないもの」だった。
踏み出すたびに、
次があるかどうかを疑っていた。
けれど、今は違う。
踏めば、音が鳴る。
踏めば、返ってくる。
それだけで、
胸の奥に溜まっていたものが、
少しずつ解けていく。
「……帰ってきたな」
ガイルが、ぽつりと言った。
誰も否定しなかった。
⸻
ギルドでの報告は、簡潔だった。
「新規ダンジョン、精神誘導型。
分断あり。
“帰る場所”を餌にする傾向が強い」
受付の職員が、何度も頷きながら書き留める。
「被害は?」
「なし」
ガイルが即答する。
一瞬、職員が顔を上げた。
「……全員、無事?」
「全員だ」
それ以上、説明はいらなかった。
“全員無事”という言葉は、
この街では、
それだけで価値がある。
⸻
店へ戻る道すがら、
空はすっかり夕方だった。
西の端が赤く、
東の影が伸びている。
クリムは俺の肩で、
完全に力を抜いている。
さっきまでの緊張が、
嘘みたいだ。
ルゥは先を歩き、
時々振り返っては、
全員が揃っているかを確認している。
――守る側の生き物だ。
店の前に立つ。
見慣れた扉。
少し歪んだ看板。
【疲れた身体にはやっぱりこれ】
俺は鍵を差し込み、
ゆっくり回した。
カチャリ。
その音が、
今日一番、安心できた。
扉を開けると、
木と薬草の匂いが迎えてくる。
「……ただいま」
誰に言うでもなく、
そう呟いた。
⸻
中に入ると、
全員がそれぞれの場所に腰を下ろした。
椅子。
床。
カウンター。
誰も、すぐには喋らない。
戦いのあとは、
言葉より先に、
身体が休みたがる。
俺は水差しを出し、
コップを並べた。
水を注ぐ音が、
静かな店内に響く。
「飲め」
短く言う。
全員が、黙って飲む。
喉を通る水が、
ちゃんと冷たい。
それだけで、
“戻ってきた”と分かる。
エドが、最初に吹き出した。
「……ふはっ」
それが合図みたいに、
笑いが連鎖する。
「あははははは!」
「もうやめてよ!」
「だってさ!」
張り詰めていたものが、
一気に崩れる。
クリムが「きゅっ」と鳴き、
ルゥが「わふっ」と尻尾を振る。
やれやれ。
俺はカウンターに寄りかかり、
天井を見上げた。
「……幽体離脱とか、
帰る場所奪うとか、
心臓に悪いんだよ、ほんと」
ミーナが小さく笑う。
「でも……
奪われませんでした」
ガイルが、ゆっくり頷く。
「守れた」
その言葉が、
やけに重く、やけに優しかった。
⸻
夜。
店の灯りを落とす前、
俺はもう一度、棚を見渡す。
小瓶。
ラベル。
減った分。
補充した分。
今日、
ここが狙われた。
けれど、
奪われなかった。
理由は簡単だ。
――ここは、
俺ひとりの場所じゃない。
帰ってくる人がいて、
待つ気配があって、
笑い声が残る。
それは、
どんな魔物よりも、
強い。
俺は息を吐き、
小さく笑った。
「……やっぱり俺は、ここだな」
クリムが肩で丸まり、
ルゥが入口で伏せる。
灯りを落とす。
外は静かだ。
きっと、また変な依頼が来る。
くだらなくて、切実で、
笑えて、どうしようもないやつが。
……やれやれ。
でも来たら来たで、
ちゃんと向き合うけどさ。




