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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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73/112

帰る場所を、奪わせない

夜は、考えすぎる。


昼間なら笑って流せることも、

灯りを落としたあとになると、胸の奥で形を持ちはじめる。


店の明かりを消し、

外の通りの音が遠のいたころ、

俺はカウンターに肘をつき、棚を見ていた。


小瓶。

ラベル。

減った分。

補充した分。


一本一本に、顔がある気がする。

誰のために作ったか。

どんな夜を越えるためだったか。


――この棚が、俺の戦場だ。


剣でも盾でもない。

血も火花も上がらない。

けれど、ここで踏みとどまれなかった人間を、

俺は何人も見てきた。


クリムは俺の肩で丸くなり、

小さな体をさらに小さくして眠っている。

ルゥは床に伏せ、片耳だけをこちらに向けている。

起きている。

この空気を、ちゃんと感じ取っている。


「……次は、精神誘導対策が要るな」


独り言みたいに漏らした声に、

返事が返ってきた。


「ええ」


ミーナがテーブル越しに頷く。

その声は静かで、でも迷いがない。


「しかも“集団”じゃなく、“個別”です」


ガイルは腕を組み、壁にもたれながら聞いている。

何も言わないが、視線は一点に定まっている。


「それぞれの“帰りたい場所”を見せて、

足を止まらせる」


ハイドが淡々と補足する。

感情を挟まない言い方が、逆に重い。


「分断を狙ってくる」


エドが苦笑した。


「俺、めちゃくちゃ分かりやすかったな」


その笑いは、自嘲に近い。

でも俺は、首を振った。


「分かりやすいのは悪くない」


棚から目を離さずに言う。


「対策が立てやすい」


ミスティが小さく息を吐いた。

その息が、少しだけ震えていた。


「問題は……

“帰る場所”そのものに干渉された場合」


その一言で、

店の空気が、すっと冷えた。


――来る。

次は、ここを狙ってくる。


俺は立ち上がり、

棚の下から木箱を引きずり出す。

床を擦る音が、やけに大きく響いた。


「準備する」


全員の視線が集まる。


「次は“支援”じゃ足りない」


一拍、置いてから言う。


「守る」


この店を。

この棚を。

ここに戻ってくる未来を。


「俺たちが帰る場所を、

あいつに“餌”にさせない」


誰も異を唱えなかった。



再突入は、昼だった。


あえて時間をずらした。

夜は心が柔らかくなりすぎる。

後悔も、恐怖も、夜に育つ。


昼は現実が強い。

光があるだけで、人は少しだけ前を向ける。


ダンジョンの入口の前で、

全員が一度だけ立ち止まる。


「バフ、確認」


俺は順に瓶を配る。


【心のざわつき静める(常時)】

【集中ゾーン誘導(探索用)】

【邪魔耐性(精神)】


手に渡るたび、

小瓶がかすかに鳴る。


ミーナには、さらに一本。


【異変検知感度強化(微)】


「今回は“回復役”じゃない」


俺は言う。


「監視役だ」


ミーナは強く頷いた。


「了解。

全員の“違和感”を最優先で拾います」


ガイルが盾を構える。

金属の音が、短く鳴る。


「行くぞ」


扉が開く。

あの、嫌な冷気。


けれど前回より、

空気の粒が見える気がした。


――効いてる。


探索は、静かに始まった。


雑魚は増えている。

だが、動きは単調だ。


わざとらしいほどの隙。

踏み込めと言わんばかりの弱さ。


「誘ってるな」


ハイドが言う。


「踏み込ませるための“弱さ”だ」


「乗らない」


ガイルが即答する。


Tankリード。

まとめて、動かさない。

DPSは“倒しきらない”。


俺は小瓶を割る。


【タイミングの波合わせ】


攻撃が揃う。

呼吸が揃う。


敵は、揃ったものに弱い。


エドが軽口を叩く。


「なぁ、今回の俺、落ち着いてない?」


「調子に乗るな」


「はいはい」


その余裕が――

次の部屋で、剥がされた。


広間。

天井が高く、

柱が多い。


湿った石の匂い。

足音が、やけに反響する。


床に、円形の魔法陣。


「止まれ」


ミスティの声が鋭い。


「ここ……

“贄の部屋”」


一瞬、誰も動かない。


「踏むと?」


エドが聞く。


「“差し出す”」


ミスティは短く答えた。


「記憶。

感情。

執着。

どれか一つ」


俺は歯を噛みしめる。


「……分断が来る」


その瞬間だった。


床が、脈打った。


生き物の心臓みたいに。

どくん、と。


光が走る。

視界が歪む。


「ミーナ!」


ガイルが叫ぶ。


だが――

ミーナの姿が、消えた。


「っ!」


エドが一歩踏み出しかけ、

ハイドが即座に引き戻す。


「踏むな!」


だが遅い。


次の瞬間、

ガイルの姿も消えた。


残ったのは、

俺、エド、ハイド、ミスティ、

そしてクリムとルゥ。


空気が、冷え切る。


ミスティが息を整える。


「……分断完了。

想定より早い」


エドが歯を鳴らす。


「くそ……」


迷っている暇はない。


「追う」


俺は即座に言った。


「罠かもしれません」


ミスティが言う。


「罠だろうな」


俺は即答した。


「でも――

放置する選択肢はない」


エドが、静かに頷く。


「行こう。

俺、もう“置いていかれる側”は嫌だ」


ハイドが短く言う。


「同意」



最初に辿り着いたのは、ガイルだった。


広間の奥。

一人で、盾を構えている。


敵はいない。

静かすぎる。


代わりに――

“声”。


『一人で十分だろう』


『お前が盾になれば、他はいらない』


ガイルは動かない。

ただ、歯を食いしばっている。


俺は後ろから声をかけた。


「ガイル」


一瞬、肩が揺れた。


「……来たか」


「来るに決まってる」


俺は隣に立つ。


「お前の盾は、

一人で使うもんじゃない」


ガイルは、低く息を吐いた。


「……分かってる」


声が消える。

空気が、少しだけ軽くなった。


次は――ミーナ。


彼女は、床に膝をついていた。


周囲に、幻影。


倒れた冒険者。

泣く子ども。

治せなかった誰か。


『あなたが弱いから』


『あなたが間に合わなかった』


ミーナは、唇を噛んでいる。


俺は、そっと前に出た。


「ミーナ」


彼女が顔を上げる。


涙はない。

ただ、目が赤い。


「……店主。

私、間違ってましたか?」


胸が、きゅっと縮む。


俺は首を振る。


「間違ってない」


一歩近づく。


「完璧じゃないことと、

役に立ってないことは違う」


ミーナの肩が、ふっと落ちた。


「……帰ります」


幻影が、崩れる。



そして――

ボスの間。


全員が揃った瞬間、

空間が震えた。


天井から、

“塊”が降りてくる。


人の形。

だが、顔がない。


代わりに――

棚。


ポーション棚の形。


小瓶が、無数に埋め込まれている。


俺は、喉が冷えるのを感じた。


「……来やがったな」


ボスが、声を発する。


『与えすぎた』


『支えすぎた』


『奪えば、崩れる』


――カチン。


静かに、確実に、

何かが切れた。


俺は一歩、前に出る。


「それは、俺の場所だ」


ガイルが盾を構える。


「ヘイト、固定する」


ミーナが杖を構える。


「監視、全開」


ハイドとエドが左右に散る。


ミスティが詠唱に入る。


「弱体、入れます」


俺は、最後の箱を開けた。


【Support特化・総合バフ】


割る。


空気が、締まる。


「行くぞ」


ボス戦は、派手だった。


衝撃。

轟音。

盾に叩きつけられる重さ。


「っ……!」


「持つ!」


俺は即座に投げる。


【ヘイト安定化】

【衝撃吸収補助】


ミーナの声が飛ぶ。


「ガイル、左腕、反応遅れ!」


「了解!」


ハイドが斬り込み、

エドが貫く。


ミスティの魔術が、

棚型の胴体を歪める。


『返せ』


『奪え』


『帰る場所を』


俺は叫んだ。


「奪わせるか!」


最後の一本を、叩きつける。


【“帰る場所”固定化】


魔力が、店の匂いを纏う。


木。

薬草。

人の気配。


“ここに戻ってくる”という感覚。


ボスが、悲鳴を上げる。


ガイルが踏み込み、

盾で押し潰す。


「今だ!」


全員の攻撃が、揃う。


光が弾けた。


沈黙。


――勝った。



帰還。


街の灯り。

店の扉。


全員が、笑った。


「ふはっ」


「あはははは!」


「もうやめてよ」


「だって」


「きゅっ」


「わふっ」


やれやれ。


俺はカウンターに寄りかかる。


「……やっぱり俺は、ここだな」


棚を見上げる。


帰る場所は、

奪わせない。


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