不機嫌は感情じゃなく、サインだ
夕方。
外の空が少し灰色になりはじめる時間。
クリムは棚の上で前足を揃え、
ルゥは入口で伏せて、耳だけこちらに向けている。
カラン。
女性が、ため息を一つ置いてから口を開いた。
「……彼が、すぐ不機嫌になるんです」
「頻度は?」
「ほぼ毎日です」
即答か。
それはきつい。
女性は続ける。
「私が何かしたわけでもないのに、
急に無口になったり、
返事が冷たくなったり……」
クリムが「きゅ……(空気重い)」、
ルゥが「わふ……(警戒)」と低く鳴く。
俺は腕を組む。
「で、本音は?」
女性は一瞬黙ってから、言った。
「……理由がわからないのが、しんどいです」
――そこだ。
俺は小瓶を三つ、ゆっくり並べた。
⸻
◆一本目
【相手の不機嫌を“自分のせい”にしないポーション】
「まずこれ」
瓶は落ち着いた色。
「不機嫌な人間のそばにいると、
理由を探してしまう」
女性が頷く。
「でもな、
他人の感情は“本人の管理物”だ」
クリムが「きゅ(所有者違い)」。
「これは、
“私のせいじゃない”を
ちゃんと保つやつだ」
⸻
◆二本目
【感情の境界線を引くポーション】
「次」
俺は真顔で言う。
「不機嫌をぶつけられると、
無意識に受け取ってしまう」
ルゥが「わふ(受信拒否)」と鼻を鳴らす。
「これは、
“寄り添う”と“背負う”を分ける」
⸻
◆三本目
【話すか離れるか、判断を鈍らせないポーション】
女性が少し前のめりになる。
「これが一番大事だ」
瓶を指で軽く叩く。
「不機嫌な相手にはな、
“今話すべきか”“今は距離を取るべきか”
判断が要る」
瓶を押し出す。
「これは、
どっちを選んでも
“間違ってない”って思えるようにする」
⸻
女性は三本を見つめ、長く息を吐いた。
「……私、
機嫌を直す役目だと思ってました」
「違う」
俺は即答する。
「恋人でも配偶者でも、
感情の世話係じゃない」
女性は小さく笑った。
「……ください。
少し、楽になりたいです」
「おう」
瓶を渡す。
「不機嫌はな、
愛情の裏返しじゃない。
“余裕が足りない”ってサインだ」
女性は深く頷いて、店を出ていった。
扉が閉まる。
俺は天井を見上げて、ため息ひとつ。
「……不機嫌を愛で包めって話、
誰が広めたんだろうな」
クリム「きゅ(迷信)」
ルゥ「わふ……(訂正必要)」
まったく。
次はどうせ「不機嫌を治すポーションください」とか来るんだろうな。
……やれやれ。
でも来たら来たで、ちゃんと向き合うけどさ。




