最後の一手前が、いちばん人を削る
夜。
閉店前で、店の明かりが少し落ち着く時間。
クリムは棚の上で丸まり、
ルゥは入口で「これは長くなるぞ」という顔。
カラン。
客は椅子に座るなり、淡々と列挙し始めた。
「靴下脱ぎっぱなし……
炊飯器にスプーン一つ分の白飯残して保温……
水筒、ポットは“すこーし”残して置く……
トイレットペーパーも芯に一枚分だけ残す……」
「……」
(相当たまってるな……)
クリムが「きゅ……(積み重ね)」、
ルゥが「わふ……(致命傷)」と低く鳴く。
俺は腕を組む。
「で、誰がやってる?」
客は一拍置いてから、静かに言った。
「……同居人です」
「あー」
「悪い人じゃないんです。
手伝ってくれないわけでもない。
でも……」
言葉が止まる。
「……“最後だけ人に押し付ける”感じが、
毎日、じわじわ来る」
――それだ。
俺は小瓶を三つ、音を立てずに並べた。
⸻
◆一本目
【小さな苛立ちを“即・毒化”させないポーション】
「まずこれ」
瓶はごく薄い色。
「この手のストレスはな、
一つ一つは小さい」
客が頷く。
「でも溜まると、
“人そのもの”が嫌いになる」
クリムが「きゅ(危険)」。
「これは、
“今の怒りはどれ?”って
切り分けられるようにする」
⸻
◆二本目
【注意するとき、言葉が尖らないポーション】
客が少し前のめりになる。
「言ったことはあるんです……
でも毎回、私が神経質みたいになる」
「なるな」
即答。
「これはな、
“頼み”と“説教”を分けるやつだ」
ルゥが「わふ(大事)」と頷く。
「『全部やれ』じゃなく、
『最後までやって』が言える」
⸻
◆三本目
【自分だけが気づいている、を手放すポーション】
客の目が揺れる。
「……それ、欲しいです」
「だろ」
俺は静かに言う。
「“気づく側”はな、
無意識に仕事量が増える」
瓶を押し出す。
「これは、
“気づいたからやる”を
“共有する”に変えるためのやつだ」
⸻
客は三本を見つめ、長く息を吐いた。
「……私、
怒ってる自分が嫌で、
さらに疲れてました」
「よくある」
俺は肩をすくめる。
「生活の苛立ちはな、
だらしなさじゃなく、
“最後の一手を誰がやるか”の問題だ」
客は小さく笑った。
「……ください。
爆発する前に」
「賢明だ」
瓶を渡す。
「我慢し続けると、
ある日“靴下一本”で戦争が始まる」
客は苦笑して立ち上がった。
扉が閉まる。
俺は天井を見上げて、ため息ひとつ。
「……生活系の魔物は、
HP低いくせに、
持続ダメージがえげつない」
クリム「きゅ(DOT)」
ルゥ「わふ……(解除必要)」
まったく。
次はどうせ「キャップ閉めない問題」とか来るんだろうな。
……やれやれ。
でも来たら来たで、ちゃんと向き合うけどさ。




