帰省は移動じゃなく、耐久戦
夕方前。
外は明るいのに、店の中は静かだ。
クリムは棚の上で丸くなり、
ルゥは入口で伏せて、扉の向こうを見ていない。
カラン。
しょんぼりした女性が、そっと入ってきた。
「……義実家へ……帰省したくないんです」
「……うん」
即、否定もしないし、驚きもしない。
女性は、椅子に腰を下ろすなり、ぽつぽつ話し出した。
「気を使うし……
ぶっちゃけ義母と合わないっていうか……」
「あー」
「何にもしない夫は、
実家に帰ると子供化して味方になってくれないし……」
クリムが「きゅ……(よく聞く)」、
ルゥが「わふ……(戦場)」と低く鳴く。
俺は腕を組んだ。
「で、本音は?」
女性は少し黙ってから、言った。
「……私だけ、
ずっと気を張りっぱなしになるのが、しんどい」
――そこだ。
俺は小瓶を三つ、ゆっくり並べた。
⸻
◆一本目
【帰省用・緊張を外に置いてくるポーション】
「まずこれ」
瓶は淡く、落ち着いた色。
「“良い嫁モード”を一時的に解除するやつだ」
女性が目を見開く。
「完璧に振る舞おうとすると、
帰る前から疲れる」
クリムが「きゅ(外していい)」と頷く。
⸻
◆二本目
【相手の言葉を真正面で受け止めないポーション】
「次」
俺ははっきり言う。
「義実家で一番削られるのはな、
“悪意じゃない言葉”だ」
女性が苦笑する。
「これを飲むと、
“これはこの人の価値観だな”って
一歩引いて聞ける」
ルゥが「わふ(距離大事)」と鼻を鳴らす。
⸻
◆三本目
【自分の味方がいる感覚を保つポーション】
女性が一番食いついた。
「これが一番大事だ」
瓶を指で軽く叩く。
「夫が子供化しても、
義母と分かり合えなくても」
俺は静かに言う。
「“私は一人じゃない”って感覚を、
ちゃんと持っておく」
瓶を押し出す。
「味方が増えなくてもいい。
減らさなければ、それでいい」
⸻
女性は三本を見つめ、肩の力を抜いた。
「……行かなきゃダメだと思ってました」
「“無理して頑張らなきゃ”とは違う」
俺は即答する。
「帰省はな、
仲良くなるための修行じゃない。
“無事に帰ってくるイベント”だ」
女性は少し笑った。
「……ください。
生きて帰ってきたいです」
「おう」
瓶を渡す。
「疲れたら、
“体調が”で席を外せ。
それは嘘じゃない」
女性は深く頷いて立ち上がった。
扉が閉まる。
俺は天井を見上げて、ため息ひとつ。
「……義実家イベントは、
装備と心構えが九割だな」
クリム「きゅ(高難度)」
ルゥ「わふ……(撤退判断重要)」
まったく。
次はどうせ「帰省から帰ってきたら燃え尽きました」系が来るんだろうな。
……やれやれ。
でも来たら来たで、ちゃんと向き合うけどさ。




