初恋は、静かに扱え
カラン。
「……初恋なんですよね」
扉の前に立っていたのは、
年齢より少し幼く見える青年だった。
姿勢が固く、視線が定まらない。
俺は一瞬で判断しかけて――やめた。
「じゃあこれだな」
「はやい!!」
青年が即ツッコミを入れる。
「もっと深掘して!
癒されて!
他の人たちが受けてる
“あのセラピー感”ください!!」
……自覚がある分、重症だな。
俺は椅子を指さす。
「座れ。
初恋はな、立ち話で扱うもんじゃない」
クリムが棚の上で「きゅ(慎重案件)」、
ルゥは入口から一歩離れて伏せた。
空気を読むのが早い。
俺はゆっくり聞く。
「で。
“初恋”のどこが一番つらい?」
青年は少し考えてから、言った。
「……自分が、
どう振る舞えばいいのか分からないところです」
「ほう」
「好きになった瞬間から、
全部が正解か不正解かみたいに感じて……
話しかけるのも怖いし、
嫌われたら立ち直れない気がして……」
……ああ。
“恋”じゃなく、“自分”が揺れてるな。
俺は静かに小瓶を三つ並べた。
⸻
◆一本目
【身体の緊張をゆるめるポーション】
「まずこれだ」
青年が瞬きをする。
「初恋の人間はな、
無意識に呼吸が浅くなる」
瓶を軽く指で叩く。
「緊張したままの身体で出す言葉は、
だいたい本音じゃない。
まず“自分の体”を味方につけろ」
クリムが「きゅ(まずは深呼吸)」と鳴く。
⸻
◆二本目
【感情の波を穏やかにするポーション】
「次は心のほう」
青年の表情が少し強張る。
「好き、嬉しい、不安、怖い。
初恋は感情が一斉に来る」
俺は続ける。
「これは消さない。
“同時に来すぎないようにする”だけだ」
ルゥが「わふ(溺れるな)」とでも言うように尻尾を振る。
⸻
◆三本目
【自分の速度を思い出すポーション】
「最後がこれだ」
青年が身を乗り出す。
「初恋で一番やりがちなのは、
“相手の時間に合わせすぎる”ことだ」
俺ははっきり言う。
「恋は競争じゃない。
“早く進んだ方が勝ち”でもない」
瓶をそっと押し出す。
「これは、
“自分のペースで好きでいていい”って感覚を戻すやつだ」
⸻
青年は三本を見つめて、長く息を吐いた。
「……好きになるって、
もっと楽しいものだと思ってました」
「楽しいぞ」
即答した。
「ただしそれは、
“自分を見失わなかった場合”だ」
青年の目が、少し潤む。
「……失敗したらどうなりますか」
「傷つく」
「……」
「でもな」
俺は続ける。
「初恋で一番大事なのは、
“上手くいくこと”じゃない」
クリムとルゥをちらっと見る。
「“ちゃんと好きだった自分を、
あとで嫌いにならないこと”だ」
青年は、ゆっくり頷いた。
「……この三本、ください」
「おう」
瓶を渡す。
「好きでいること自体は、
才能だ。
雑に扱うなよ」
青年は深く頭を下げて帰っていった。
扉が閉まる。
俺は帳簿に書く。
【初恋:速度制限推奨】
肩を回しながら、ぼそっと。
「……次は来るな。
『告白前夜で眠れません』って」
クリムが「きゅっ(来る)」、
ルゥが「わふ……(確定)」と同時にため息をついた。
……やれやれ。
でもまぁ、
初恋なら、来ても許すか。




