家に帰りたくない理由がダンジョンになる時
店の扉がカラン、と鳴った。
入ってきたのは、鎧も剣も身につけていない中年の冒険者。
なのに表情だけは、さっきまでドラゴンとにらみ合ってきました、みたいに疲れている。
「妻に毎週毎週ダンジョンばっかり!って言われてるんだよ……」
俺は売上表から目を上げる。
「……まぁ、命を心配されてるってことだろ?」
「それは分かる!分かるんだけどさ!」
冒険者は両手を振った。
「家にいたら、子ども押し付けてくるんだよ!!」
……はい、
ダンジョンより深いやつ来ました。
クリム「きゅ……」
ルゥ「わふ(重)」
⸻
「何人だ」
「二人!」
「年齢」
「五歳と三歳!」
「詰んでるな」
冒険者は崩れ落ちる。
「だってさ!
帰ったら即“はいお願いね!”って!
飯作ってる間!洗濯の間!風呂の間!
俺、休む暇なくない!?」
「ちなみにダンジョンだと?」
「罠以外は静か」
「だろうな」
ルゥが鼻を鳴らす。
“現実の敵は家にいる”の顔だ。
俺は腕を組む。
「整理するぞ。
お前の問題は三つある」
冒険者が顔を上げる。
⸻
一つ目。
妻が怒ってる理由を、危険の問題だと思っている。
「奥さんはな、
“ダンジョンに行くな”じゃなくて
“一人で抱えたくない”って言ってる可能性が高い」
冒険者が黙る。
「二つ目。
お前、家にいても“戦力”として使われてる」
「……はい」
「三つ目」
俺ははっきり言った。
「お前、自分の時間が完全に死んでる」
クリム「きゅ(致命傷)」
⸻
冒険者は頭を抱えた。
「じゃあどうすりゃいいんだよ……
ダンジョン行かなきゃ稼げないし……
家にいれば休めないし……」
「殺るポーションは?」
「いやそこまでは……」
「よし」
俺は棚から小瓶を三本並べた。
⸻
最初の一本。
「これは、
帰宅後すぐの疲労落としだ」
「ダンジョン帰り専用?」
「いや、“家庭戦闘前”用だ」
冒険者が吹き出す。
「これ飲んでから家に入れ。
“無言でソファに沈む夫”になる前に
最低限の体力を戻す」
⸻
二本目。
「こっちは、
感情の摩耗を抑えるやつ」
「怒らなくなる?」
「違う。
“雑に扱われた気分”を溜め込まなくなる」
冒険者の表情が、少しだけ楽になる。
「……それ、効きそうだ」
⸻
三本目。
「これが一番重要だ」
俺は一番小さい瓶を指で弾いた。
「話し合いの時に、
言い訳じゃなく“提案”が出てくるやつだ」
「……提案?」
「“俺も疲れてる”じゃなくて、
“この曜日は俺が見るから、この日は休ませてほしい”
って言えるようになる」
冒険者は、しばらく黙ったあと、小さく笑った。
「……ダンジョンより、難易度高くね?」
「当たり前だ。
家庭はエンドコンテンツだ」
ルゥ「わふ(真理)」
クリム「きゅ(逃げ場なし)」
⸻
冒険者は瓶を見つめながら言った。
「……俺さ、
家族は好きなんだよ。
ただ……
自分が消えてく感じがして」
「それが一番危ねぇ」
俺は即答した。
「消えかけたやつほど、
ダンジョンに逃げる」
冒険者はゆっくり息を吐いた。
「……逃げてた、か」
「責めてねぇ。
ただな」
俺は最後に言う。
「帰る場所を守るために外へ出てるなら、
帰った時に自分も守れ」
冒険者は深く頷いた。
「……今夜は、
この三本持って帰る」
「おう。
生還率、上げとけ」
⸻
扉が閉まる。
俺は棚に手を伸ばしながら、ぼそっと言った。
「……ダンジョンは敵が見えるが、
家庭は見えねぇからな」
クリム「きゅ……」
ルゥ「わふ(どっちも生き残れ)」
さて次は――
「育児で疲れた妻側」か、
「子ども本人が来る」か。
……どっちにしても、
難易度は高そうだな。




