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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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護衛対象と恋に落ちる話

護衛任務と、見透かす番頭。


カチンッ!


「よくさ、護衛対象と恋に落ちる話って聞くだろ?」


騎士が、空になった小瓶を弄りながら管を巻いた。

顔が赤い。

筋肉疲労回復ポーションで気持ちよく回りきっている。


「あー。命の危機を救ってやると、コロッと惚れられた! てきなやつな」


隣の席の魔術師が、呆れたように相槌を打つ。


「そうそう!」


「……で? そんな危機、あるか?」


「ない!」


騎士が、血を吐くような勢いで叫んだ。


「平和! 街の治安最高! 俺の仕事、ただの道案内と荷物持ち!」


魔術師が、深く溜息を吐いた。


「……まぁ、飲めよ。マスター! こっちに二本くれ!」


「……ここはポーション屋だ」


カウンターの奥から、店主の低い声が飛ぶ。

だが、男たちには届かない。


すっ、と。

完璧な営業スマイルのまま、リヒャルトが新しい小瓶を二本、音もなく滑らせた。


「追加のポーションです」


そのまま、にっこりと笑みを深める。


「お客様」


とろりとした、甘い声だった。


「……もしや、護衛対象の方に恋をされておいでですか?」


ぴたり。

騎士の動きが、完全に止まった。

分かりやすすぎるほどの硬直。


「……なぜ、わかる」


「嘘だろお前」


魔術師が、心底ドン引きした顔で騎士を二度見した。


リヒャルトは、にっこりと微笑んだ。

一切の淀みがない、完璧な美少年の笑み。


「騎士様に慕われて、幸せな方ですね。……ところで」


声の温度が、すっと一段下がる。


「その方には、婚約者や、好いた方はいらっしゃるのですか?」


慰めでも、冷やかしでもない。

――次の商機ポーションを見据えた、恐ろしく鋭い切り込みだった。


騎士の肩が、びくりと大きく跳ねた。


「……いない」


両手で顔を覆い、カウンターへ崩れ落ちる。


「婚約者も、想い人もいない! それは調査済みだ! でも!」


「でも?」


魔術師が先を促す。


「俺のこと、『お父様の城の石壁みたいで安心します』って言うんだよぉぉぉ!」


叫び声が、夜のアトリエに空しく響き渡った。


「……石壁」


魔術師が、哀れむように視線を逸らした。


「安全なんだよ! 俺の横歩いてる時、あの子、完全に気を抜いてるんだよ!

 この間なんて、俺の鎧の隙間にちょっと傘引っ掛けて休んでたからな! 傘立てか俺は!!」


「なるほど」


リヒャルトの笑みが、一段深くなった。


「極めて優秀な『安全な建築資材』として認識されていると」


「言葉を選ぶとかないのかお前は!!」


騎士が涙目で吠える。


店主が、ひときわ重い溜息を吐いた。

カウンターの下へ手を入れる。


コト。

コト。

コト。


並んだのは、三つの小瓶だった。


「お前が『石壁』から『人間』に昇格したいなら、選べ」


ひとつめ。


チカチカと、鬱陶しいほど眩く発光する黄色の液体。


「物理補助。『後光の汗』だ」


騎士が、目を細める。


「飲めば、お前の毛穴から常に神々しい光の粒子が溢れ出す。ただ立っているだけで、伝説の勇者みたいなオーラが出る」


「おおっ!」


「ただし、暗闇での隠密行動は二度とできない。護衛としては致命的だ。おまけに、発光する汗のせいで異常にテカる」


魔術師が、即座に切り捨てる。


「ただの目立つ変態じゃねえか」


ふたつめ。


どんよりと濁った、紫色の液体。


「心理補助。『悲劇の幻影』だ」


店主は瓶を指で弾いた。


「飲めば、お前が常に『致命傷を隠して無理して笑っている』ように見える。相手は放っておけなくなる」


騎士が身を乗り出す。


「それだ! 俺に足りないのはその『庇護欲』だ!」


「そうか。だが、お前は無傷のまま、常に死にかけの顔色になる。数日以内に、使い物にならないと判断されて護衛をクビになるだろうな」


「ひっ……!」


騎士は短い悲鳴を上げ、元の位置へ引っ込んだ。

護衛を外されれば、恋どころか会うことすらできなくなる。

完全に本末転倒だった。


「だから、まともな『みっつめ』を出してやってんだろ」


店主は、最後の一本を前へ押し出した。


透き通った、淡い緑色の液体。

ミントのような、爽やかな香りが薄く漂っている。


「現実補助。『ただの消臭と身だしなみの薬』だ」


騎士が、ぽかんと口を開けた。


「……は?」


「お前、朝から晩まで分厚い鎧を着込んで、馬に乗って走り回ってるんだろ」


店主の目が、騎士を頭の先から足の先まで冷ややかに舐めた。


「汗と鉄と獣の匂いが染み付いた、無骨で頑丈な鉄の塊。……そりゃあ、向こうも『石壁』として扱う」


騎士の顔から、みるみる血の気が引いた。


「色気を出す前に、まずは匂いと汚れを落として、小綺麗な『人間の男』になれ」


アトリエが、しん、と静まり返った。


魔術師が、そっと騎士の匂いを嗅ぐ。


「……言われてみれば、お前、ちょっと鉄と汗臭いな」


「言ってよぉ!! なんで今まで黙ってたんだよぉぉぉ!!」


騎士が、耳まで真っ赤にして頭を抱えた。


「これにします! みっつめで! いや、十本くれ!!」


「賢明なご判断です」


リヒャルトが、流れるような手つきで小瓶を包む。


「お代は銀貨一枚になります。

……ちなみに、当アトリエの職人が調合した、肌荒れを防ぐ『特製薬用石鹸』もございますが。いかがいたしますか?」


「買う! 全部買う!!」


カチン、カチン、カチンッ!


リヒャルトが、次々と石鹸の箱を積み上げていく。

その顔には、恋する男の財布の紐の緩さを的確に突いた、完璧な商人の笑みが張り付いていた。


「毎度ありがとうございます。……健闘を祈りますよ、人間の男様」


騎士は紙袋を抱え込み、ふらふらとした足取りで、逃げるように夜の街へ帰っていった。


その後ろ姿を、魔術師が呆れた顔で見送る。


「……あいつ、明日の護衛、石鹸の匂いプンプンさせて行くんだろうな」


「悪いことじゃない」


店主は再び、カウンターの奥でフラスコを拭き始めた。


「石壁よりは、よっぽど話しかけやすいだろ」


一拍。


「……身だしなみを整えるのは勝手だが、職と首は分けて考えろ」


クリムが店主の肩で跳ねる。


「きゅ!(現実!)」


ルゥが、床で小さく鼻を鳴らした。


「わふ(……手を出せば終わり)」


アトリエには、薬草の匂いと。


ほんの少しだけ混ざった爽やかな石鹸の香りが、深夜の空気の中へゆっくりと残っていた。



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