終わらない夜のカロリー・ループ。
キュポン。
夜のアトリエに、小気味よい音が落ちる。
受け取った小瓶の栓を、女が慣れた手つきで弾いた。
そのまま、ぐいっと一気に煽る。
ターンッ!
空になったガラスが、カウンターを激しく叩いた。
「痩せろ痩せろって、うるさーい!!
自分はイケメンでも筋肉美があるわけでもないくせに!」
夜の静けさを、甲高い声が切り裂く。
奥でフラスコを拭いていた店主が、ひときわ重い溜息を吐いた。
「……ここはバーじゃない。ポーション屋だ」
だが、女の耳には届かない。
「うっ、もう一本ちょうだいっ!」
縋るように見た先に、リヒャルトが立っていた。
完璧な営業スマイル。
流れるような所作で、新しい小瓶が差し出される。
「かしこまりました。美容成分を通常より多めに配合した特製品です」
「それそれ……!」
奥の席でぐったりしていた常連客の男が、にやりと笑った。
小瓶を片手に、女の隣へ滑り込んでくる。
「わかるよ、お姉さん!
このお姉さんに特製、俺の奢りで」
女が、うるんだ目で男を見た。
「……ありがとう」
「マスター! 俺も追加!」
「店主だ」
即座に切ったが、男は気にしない。
リヒャルトが、楽しげに細めた目で新しい小瓶を掲げた。
「ちょうど新作がございますよ。
爽やかに弾ける喉越し、情熱を溶かし込んだような一品です」
「それを頼む!」
カチンッ!
小瓶同士が、澄んだ音を立てて触れ合う。
「乾杯!」
「……か、乾杯!」
レッターが、香辛料を効かせた干し肉と、塩気の強い木の実をすっと差し出した。
「どうぞ……おつまみです」
「おっ、気が利く!」
「ありがとうございます……!」
女は二本目を一気に煽る。
「くーっ! きっくぅ……!」
男も負けじと、新作を喉に流し込む。
「ぷはーっ!! 効くなぁ……!」
女が、むっと唇を尖らせた。
「痩せられたら、もうすでに痩せてるっていうの!」
「わかる! わかるよお姉さん!」
男が深々と頷いた直後、急に遠い目をした。
「……俺もさ、モテたい……うっ、うっ……」
「なによ急に、泣かないでよ」
「だってよぉ……!」
女が空の小瓶を掲げる。
「マスター! もう一本、彼に!!」
「店主だ」
「ありがとうございます、お客様」
リヒャルトは男の前にも、新しい小瓶を置いた。
羽根ペンが、帳面の端をさらさらと恐ろしい速度で走る。
「追加、承りました」
「「乾杯!!」」
その声に引き寄せられ、仕事帰りの居住者たちがロビーへ流れ込んでくる。
「なんだなんだ、景気いいな」
「私も一本!」
「三徹中、目玉が飛び出るやつある?」
「美容系まだある~!?」
二機の魔導リフトが静かに開閉する。
白いロビーに、大人たちのやけくそな笑い声が広がっていく。
「「「乾杯!!」」」
小瓶が触れ合う、硝子の軽い音。
店主は、カウンターの奥で腕を組んだまま動かない。
「……だから、うちはバーじゃない。ポーション屋だぞ」
「わかってるわよぉ!」
女が三本目の小瓶を抱え、とろけたように笑う。
「これだけ飲めば、明日には美女として輝いてるはずよね!」
「そうだぜ……!」
男もふらつかない足取りのまま、妙に真剣な顔で頷いた。
「俺も明日にはモテモテだ……!」
「ポーションですからね。効き目は現実的です」
リヒャルトがさらりと釘を刺す。
だが、その口元は完全に笑っていた。
メテスが壁際から低く落とす。
「……願望だけは景気がいい」
クリムが店主の肩で跳ねる。
「きゅ!(騒がしい!)」
ルゥが床に伏せたまま鼻を鳴らした。
「わふ(……でも楽しそうだ)」
◇
しばらくして。
「ぷはーっ!」
「もう無理、でももう一本いける……!」
満足げに空瓶を並べる二人の前。
リヒャルトが、流れるような動作で勘定書きを二枚置いた。
「本日のお会計でございます」
女と男が、ほくほく顔で紙を表に返す。
そして。
完璧に、固まった。
「……え?」
「……は?」
女の指先が、ぴくりと跳ねた。
「……ぎ、銀貨六枚……!?」
男の喉が、ひくりと鳴る。
「……こっちは、九枚だとぉ……!?」
「適正価格でございます」
リヒャルトの笑顔は、一分の隙もなかった。
「夜間の追加対応。
複数回の特別配合。
ならびに、お二人の『ご相談』に対する対価込みでございます」
きっちりと、容赦なく、明朗会計として数字に乗っていた。
「ぼったくりじゃないのが腹立つ……!」
「でも飲んだの俺たちだしな……!」
二人は顔を見合わせ、苦悩したあと。
震える指先で財布の底をさらい、じゃらりと銀貨を並べた。
リヒャルトは、まだ体温の残る銀貨を、一切の迷いなく回収する。
「毎度ありがとうございます」
「高いけど……効いたのよね……」
「効いたな……色んな意味でもな……」
そこへ、奥からレッターが小走りでやってきた。
両手には小さな紙袋。
「あ、お帰りですか? これ、手土産です!」
「手土産?」
「はい! こっちは売り物にならない失敗作なんですけど、無料なのでどうぞ!」
「お、おお……無料……」
無料、という響きに、男がすがるように手を伸ばす。
「それで、こっちはルナさんから貰ったお芋で作った甘煮です!」
女の顔が、ぴきりと引きつった。
「甘煮……」
「芋……」
「すっごく美味しいですよ!
お砂糖をたっぷり使って、こってり煮込みました!」
レッターは、女の顔色に気づかない。
一切の悪気がない、百パーセントの善意。
「疲れてる時に甘いもの、しみますから!」
美容と、胃腸の調子を整え、新陳代謝と血の巡りを底上げすることに特化したポーション、銀貨六枚。
その直後に差し出される、砂糖たっぷりの芋。
あまりにも完璧な、カロリーの暴力。
女は小さな紙袋をじっと見つめ、やがて覚悟を決めたように頷いた。
「……食べるわ」
「食うか……」
男が小瓶と紙袋を抱え直し、妙に吹っ切れた顔で言う。
「また来る! ボトルキープで!」
「うちはポーション屋だ!」
「当店はポーション屋です」
店主とリヒャルトの声が、完全に重なった。
女が、堪えきれずに吹き出す。
「ふふっ! じゃあ、小瓶キープね!」
「いいねえ、それ!」
カラン。
二人が、弾むような足取りで夜の街へ出ていく。
扉が閉まったあと。
店主はカウンターに両肘をつき、眉間を深く押さえた。
「……なんで毎回こうなる」
リヒャルトは、にこやかに帳簿を閉じる。
「夜の相談には、夜の需要があるということです」
メテスが、壁際から短く落とす。
「……効いてたな」
レッターが、にこにこと嬉しそうに頷いた。
クリムが胸を張る。
「きゅ!(また来るぞ!)」
ルゥが、尻尾を一度だけ床に打ちつけた。
「わふ(……次も騒がしいな)」
アトリエには、薬草の匂いと、飲み干されたポーションの余韻。
そして、レッターが作った芋の甘煮の、罪深くもやさしい香りが、夜の空気の中に残っていた。
店主が、眉間を押さえたまま低く言う。
「……20時を過ぎたぞ。そろそろお前達は寝る準備をしろ」
「「「はーい」」」
返事だけは、やけに素直だった。
良い子はねる時間だよ
(`・ω・´)キリッ




