白亜の朝と、蒸し鶏のホットサンド
チーン。チーン。
二機の魔導リフトが、軽快な到着音を並べて鳴らした。
重厚な金属扉が開く。
白亜の要塞、その上層階から、今日も朝から元気な居住者たちが、ぞろぞろとロビーへ降りてくる。
「やぁ! レッター、おはよう!」
「おはようございます、みなさん!」
レッターは箒を持つ手を休め、元気な声で応えた。
職人たちが勝手にしつらえた高級ラウンジには、すでに彼らが淹れたであろう紅茶や、深く焙煎された珈琲の良い香りが漂っている。
そこへ、アトリエの奥から漂う微かな薬草の匂いが混ざり、くぼ地特有の朝の空気が出来上がっていた。
開店の準備を急がなければ。
レッターがエプロンの紐を引き直した、その時。
「ふぁ~……」
アトリエの居住区側から、気の抜けた欠伸が落ちた。
「……今日もアイツらは、朝っぱらから元気だな」
寝癖をつけたままの店主が、気怠げに首の後ろを掻きながら出てくる。
「店主、おはようございます! 朝ご飯、もうできてますよ」
店主は、カウンターの横を通り過ぎるついでに。
レッターの頭に、ぽんと手を置いた。
そのまま、無造作に撫でる。
「……助かる」
「っ……」
レッターの言葉が詰まる。
箒を握る手にきゅっと力が入り、耳の先が、誤魔化しようがないほど赤く染まっていた。
「開店準備、ありがとうございます。レッター」
背後から、完璧に身支度を整えたリヒャルトが、帳簿を片手に現れる。
その後ろには、すでに朝食を終えたメテスが、静かに立っていた。
「……レッター。蒸し鶏が、美味しかった」
声は淡々としていた。
けれど、視線はわずかにやわらいでいた。
レッターの顔に、今度はふにゃりとした、心からの笑顔が広がる。
「よかった……! また作りますね!」
店主が、片手に蒸し鶏のホットサンドを持ったまま、のっそりとカウンターの内側へ入った。
一口、かじりつく。
咀嚼し、飲み込み、それから、ふん、と短く鼻を鳴らした。
もう片方の手が、無意識に試験管立ての縁をなぞる。
アトリエの空気が、ふわりと「家」から「店」へと切り替わった。
リヒャルトが、帳簿を開く。
「では、レッター。ご案内をお願いします」
「はい! お任せください!」
レッターが、ロビーで寛ぐ居住者たちへ振り返る。
「お待たせいたしました! アトリエ・くぼ地、開店です!」
その声を合図に。
優雅に珈琲を飲んでいた職人や冒険者たちが、一斉にカウンターへと群がった。
「おう店主! いつものをくれ!」
「俺も! 今日は少し肩が重くてな!」
「こっちは徹夜明けだ、一番濃いやつ頼む!」
銀貨のぶつかる乾いた音。
遠慮のない笑い声。
店主の指先で、小さな薬瓶が触れ合う澄んだ音。
白亜の要塞の一階は、今日も賑やかに始まった。




