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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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増殖する昇降機と、開店待ちのラウンジ。

白亜の要塞

白亜の要塞の朝は、静かな魔力の気配とともに始まる。


変成魔術師や一流の職人たちが、過剰な愛を注ぎ込み、いつのまにか自分たちまで住み着いた最新鋭の要塞。

その最下層にあるアトリエ・くぼ地の朝は、店員見習いであるレッターの献身から幕を開けた。


厨房からは、香ばしく焼けるベーコンと卵の匂いが漂っている。

店主、リヒャルト、メテス、そしてレッター自身の四人分。

それに、足元で今か今かと待ち構えるクリムとルゥの分も合わせた、アトリエ組だけのささやかな朝食だ。


準備を整えたレッターは、エプロンで手を拭い、日課であるロビーの掃き掃除へ向かった。


居住者たちが本格的に動き出す前の、静かな一階ロビー。

レッターは鼻歌まじりに箒を動かし、居住者用のエレベーターホールへ歩みを進め――


カランッ。


乾いた木の音が石畳に響いた。


レッターの手から滑り落ちた箒の柄が、床を転がる。


「えっ……!?」


レッターは目を剥き、両手で頬を押さえた。


昨日まで、重厚な金属扉が一つしかなかったはずの場所に。

まったく同じ意匠の新品の扉が、壁をくり抜いたように二つ、並んで鎮座していたのだ。


「ど、ど、どうなって……っ!」


「朝から騒々しいですね」


背後から、リヒャルトの落ち着いた声がした。


完璧に身支度を整え、片手に特製茶の入ったマグカップを持ったリヒャルトが、優雅な足取りで現れる。

そのすぐ後ろには、気配もなく歩くメテスが続いていた。


「リヒャルトさん! メテスさん! 見てください、これ!!」


レッターが泣きそうな顔で真新しい扉を指差す。


「これは……」


リヒャルトの言葉が、途中でぴたりと止まった。


マグカップを持つ手がわずかに震え、完璧な営業スマイルが、一瞬だけ驚愕に剥がれ落ちる。


「……空間拡張魔術と、並列起動の術式。一晩でこれを……?」


「……深夜、メンテナンス用の布を張っていたな」


メテスが壁際へ歩み寄りながら、静かに言った。

指先が、真新しい金属の扉をそっと撫でる。


「リフトの前に大きな布を張り、『定期点検中・音が出ます』という立て札があった。てっきり歯車の油でも差しているのかと思ったが」


「いやいやいや!! 普通、一機増やしたりしませんよ!!」


レッターが悲鳴を上げる。


メテスは真剣な顔で頷いた。


「……しかし、悪くない。リフトが二機になれば、上層階で有事があった際の迎撃速度が倍になる。店主の安全が、より強固になったということだ」


「メテスさんまで肯定派に回らないでくださいよぉ!」


「私も大賛成です」


リヒャルトはマグカップを口元へ運びながら、楽しそうに目を細めた。


「家賃据え置きで設備が勝手に最新鋭へ更新されていくのですから。……さて、店主には『最初から二機ありましたよ?』という方向で押し通しましょうか」


「無理があります!! 昨日まで一機だったんですってば!!」


「お前ら、何やってる」


背後から、不機嫌そうな低い声が降ってきた。


アトリエ側の住居区から、欠伸をしながら寝癖姿の店主がロビーへ出てきたのだ。


「っ!」


リヒャルトの笑顔が最高純度に固まり、メテスが真顔のまま新しいリフトの前にさりげなく立ち塞がる。

レッターは裏返った声で叫んだ。


「あ! ちょ、朝食できてますよ、店主!」


その瞬間。


増設されたばかりの二機のリフトが、軽快な到着音を同時に鳴らした。


チーン、チーン。


扉が滑らかに開き、中から出勤前の居住者たちがぞろぞろと姿を現す。


彼らは店主の姿を見つけると、親しげに、そしてどこか誇らしげに手を挙げた。


「おはよう店主! 魔導リフトのメンテナンス、やっておいたぞ!」


「……増えてないか?」


店主が眠そうな目をこすりながら、並んだ二つの扉をじっと見る。


職人の一人が、満面の笑みで答えた。


「混雑時はこれで楽になるだろう!」


リヒャルトたちが息を呑む中、店主は面倒くさそうに頭を掻き、大きくため息を吐いた。


「……はぁ。後でお前らに特製ポーションをオマケしてやるから、顔を出せ」


「えっ! 本当か!? やったー!!」


職人たちが歓声を上げた。

そして店主のあとについて、ぞろぞろとアトリエ前のロビーへ集まり始めた。


「店主のアトリエが開くまで、まだ時間あるな?」


「ええ。前々から、このだだっ広いだけの空間が気になってたんですよねぇ」


変成魔術師の一人が頷く。

「わかるわー。待ち合いにするには殺風景すぎた」


別の職人が、得意げに袋を叩いた。

「なあ、これどう思う? 俺の新作のカウチ」


言うが早いか、職人たちは腰に下げたポーチや肩にかけた鞄――空間収納のマジックバッグへ手を突っ込んだ。


ゴトッ。

ドンッ。


物理法則を無視して、そこから巨大な家具や魔導具が次々と吐き出されていく。


レッターが言葉を失う間にも、


最高級の木材で造られた複数の机と椅子。

座った瞬間に身体が沈み込みそうな、重厚なベルベットの新作カウチソファー。

足元には、裸足で歩きたくなるような毛足の長いふかふかの絨毯が、魔法みたいにスルスルと広げられた。


「……観葉植物まで。しかもこれ、魔力を浄化する希少種ですよ」


リヒャルトが、特製茶を片手に呆れを通り越して感嘆の声を漏らす。


あっという間にロビーを高級ラウンジへと魔改造し終えた職人たちは、当然のような顔をして、完成したばかりのソファーや椅子にぞろぞろと腰掛けた。


彼らは自前の保温ポットから紅茶をカップへ注ぎ、カチャカチャと上品な陶器の音を響かせながら、優雅に談笑を始める。


それは出勤前の慌ただしさとは無縁の、あまりにも贅沢な開店待ちの風景だった。


「……ホテルじゃないんだぞ、ここは」


店主がカウンター越しに、眉間に皺を寄せてその光景を眺める。


「いいじゃないですか」


リヒャルトが、ソファーの質感を品定めするように目を細めた。


「これだけの家具を揃える費用を考えれば、ポーションのオマケなど安いものです」


店主はぶっきらぼうに返す。


「勝手にいじり回されるのは腹が立つ。だが、便利になったのは事実だ。それに……無断でやった後ろめたさがある分、特製ポーション一つで当分は大人しくなるだろう。費用対効果としては悪くない」


店主のちゃっかりした計算に、リヒャルトは楽しそうに笑い、メテスは静かに要塞の強度を確かめるように目を細める。


「わふ(……敵わないな)」


「きゅきゅ!(ご飯!)」


足元に現れたルゥとクリムが、店主を見上げて鳴いた。


「ほら、飯だ。さっさと食うぞ」


店主は踵を返し、自室側へ戻っていく。


新設された二機のリフトが静かに上下する音。

職人たちが持ち込んだ高級家具の温もり。


そして、ポットから注がれる紅茶の芳醇な香りが、最新鋭の要塞を優雅な憩いの場へと塗り替えていた。


アトリエ・くぼ地の朝は、今日も賑やかで、ほんの少しだけオーバースペックに輝いている。




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