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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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伝染の劇薬と、留守番たちの暗躍。


「依頼の品を確認してくる。少し外すぞ。店を頼む」


白亜の要塞一階、アトリエ・くぼ地。

いつも通りぶっきらぼうにそう言い残し、店主が重い扉を開けて出て行った。


カラン、とベルの音が鳴り止んだ、その数秒後。


リヒャルトの顔から、いつもの完璧な営業スマイルがすっと消えた。

代わりに浮かんだのは、ひどく悪いことを企んでいる人間の、底知れず楽しそうな「ニヤリ」とした笑みだった。


クリムがカウンターの上で毛を逆立てる。


「きゅっ!(まただー!!)」


ルゥは床に伏せたまま、前足に顎を乗せて呆れたように息を吐いた。


「わふぅ(……見張るしかない)」


厨房から顔を出したレッターが、リヒャルトの黒い笑顔を見てひしっと身構える。


「り、リヒャルトさん……店主がいないからって、また何を企んでるんですか……」


「人聞きが悪いですね、レッターくん。私はただ……」


リヒャルトは、細めた目の奥に異様な熱を宿して言った。


「見たいと思いませんか……?」


「……なにをだ?」


壁際で腕を組んでいたメテスが、静かに首を傾げる。

そのしなやかで整った顔立ちには、相変わらず何の感情も浮かんでいない。


リヒャルトは両手を広げ、まるで舞台俳優のように高らかに宣言した。


「店主が!

 満面の笑みで!!

 私たちに笑いかけてくれる、奇跡の姿をですよ!!」


ピタリ、と。


アトリエの空気が止まった。


レッターとメテスが、同時にゴクリと生唾を飲み込む。


あの、いつも眉間に皺を寄せ、

「知るか」「面倒くせぇ」「帰れ」と吐き捨てる店主の、鼻で笑う以外の満面の笑み。


想像しただけで、恐ろしいような、けれど一生に一度は拝んでみたいような、抗いがたい魅力があった。


「……だが、あの店主に何かを飲ませるのは不可能だ。警戒心が異常すぎる」


メテスが極めて冷静な分析を下す。


リヒャルトは、くっくっと喉の奥で笑った。


「ええ。直接飲ませることは叶いません。ですから……『私が飲んで笑うと、見た相手も強制的に釣られて笑ってしまうポーション』を調合します」


リヒャルトは流れるような手つきで、店主の留守をいいことに乳鉢と新しく手に入れた薬草と魔力石を引っ張り出した。


「私が最高純度の笑顔になり、それが皆様に伝染し、最後に帰ってきた店主に感染する。完璧な作戦です」


「……やれる」


メテスの瞳の奥に、獲物を逃がさぬ狩人のような鋭い光が宿った。


「メ、メテスさん……! やれるって、そんなれるみたいな顔しないでください! 暗殺じゃあるまいし!」


レッターが慌てて止めるが、もはやメテスはリヒャルトの隣で、「忌み子」と恐れられた膨大な魔力を、ポーションの抽出作業へ惜しみなく注ぎ込み始めていた。


「メテス。もっと魔力を注いでください!」


「……ああ。任せろ」


リヒャルトが、ふふふ、と笑う。

メテスも、くっくっと喉の奥で笑った。

レッターは涙目で二人を見て、おろおろする。


やがて。


「さあ、完成です。

名付けて『伝染性・大天使の微笑み』」


リヒャルトが、きらきらと黄金に輝く液体をぐいっと飲み干す。


「ふむ……少し熱いですが……どうです、か?」


リヒャルトが振り返った、その瞬間。


「ッ……!!」


レッターが胸を押さえてその場に崩れ落ちた。


いつもの営業スマイルとは次元が違った。

見た者を無条件で肯定してしまいそうな、まばゆい笑顔だった。


「これは……素晴らしい」


メテスも釣られて、ふわりと微笑んだ。

魔力に富んだ、彫刻のようにしなやかな美少年が、毒気を完全に抜かれて無防備に微笑む破壊力。


「きゅ……(目が潰れる……)」


クリムが小さな両前足で顔を覆う。


カラン。


「おーい店主、いつものポーション――」


不運なことに、そこへ常連の中年冒険者が入ってきた。

そして、カウンターの中にいるリヒャルトとメテスの「大天使の微笑み」を真正面から浴びた。


「ブフォッ!?」


中年冒険者は、鼻から勢いよく赤いものを吹き出し、そのまま白目を剥いて後ろへ倒れた。


「ちょっ、おじさん!? 息して!?」


「おや、レッターくんも笑ってください。今日は素晴らしい日ですよ」


「ふっ……すべてが愛おしいな」


「メテスさんまでやばい顔になってる!!」


その後は、まさに地獄絵図(天国絵図)だった。


薬を買いに来た街の娘たちは、メテスの美しすぎる微笑みを見て「ひぅっ」と短い悲鳴を上げて次々と気絶した。

強面の傭兵たちは、リヒャルトの神々しい笑顔に当てられ、なぜか涙を流しながらお互いの肩を抱き合って笑い始めた。

アトリエの中は、常連客も新規客も巻き込んで、謎の多幸感と笑顔と、数名の鼻血による気絶者で埋め尽くされた。


「皆様、素晴らしい笑顔です!

 さあ、あとは店主の帰還を待つばかり――」


カラン、カラン。


「……おい」


入り口に、大量の荷物を抱えた店主が立っていた。


床には気絶した客。

肩を組んで笑う傭兵たち。

そして、カウンターの奥で顔面を輝かせているリヒャルトとメテス。


「……俺は一瞬、店を間違えたかと思ったぞ。何事だ、この惨状は」


「て、店主! おかえりなさい!」


リヒャルトが、ここぞとばかりに最強の笑顔を店主へ向けようとした――その瞬間。


ぽんっ。


リヒャルトとメテスの身体から、同時に小さな光の粒子が抜け出た。


「あ」


リヒャルトの顔から、あの神々しい光が消え去った。


中級素材を使った即席ポーションだったため、効果時間が極端に短かったらしい。


「……効果切れ、だと……?」


リヒャルトが、いつもの胡散臭い顔に戻って絶望する。

メテスも真顔に戻り、舌打ちをした。


店主が、床で気絶から目を覚まし「へへ……天使がいた……」と笑っている中年冒険者たちを見て、ひどく胡散臭そうな顔をした。


「……こいつらは何でこんなに笑ってんだ」


「それは……」


レッターが言い淀む。


だが、アトリエの中に満ちた「楽しい空気」は、本物だった。


子どもたちも、冒険者たちも、騒動の余韻でみんながケラケラと笑い声を上げている。


店主は、呆れたようにぐるりと店内を見渡し、

最後に、ひどく落ち込んだ顔をしているリヒャルトとメテス、

そしておろおろしているレッターを見た。


「……まったく」


くっ、と。


店主の口角が、少しだけ上がった。


次の瞬間。


「クク……クハッ! はっはっはっは!!!」


ポーションの強制なんかじゃない。

呆れと諦めの先で、店主は本当に笑っていた。


「留守番ひとつ、まともにできねぇのかお前らは。さっさとこいつらを叩き起こして片付けろ」


「っ!!」


リヒャルト、メテス、レッターの三人が、同時に息を呑んだ。


「きゅきゅ!(笑った!)」


「わふ!(貴重な瞬間!)」


カウンターの下。

店主からは見えない場所で、三人は静かに、

しかし力強く、歓喜のガッツポーズを決めたのだった。



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