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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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あの人が、私に本気かどうかわかるポーション、ありますか?

保証書の瓶と、底無しの穴

カラン、と。


白亜の要塞一階、アトリエ・くぼ地に、控えめなベルの音が鳴った。


入ってきたのは、仕立ての良い服を着た若い客だった。

身なりは整っている。

顔立ちも悪くない。


だが、その表情には、薄暗い靄のようなものが張りついていた。

不安と、疑心と、それに疲れきった色だ。


客はカウンターへ近づくと、縋るように両手を組んだ。


「……あの人が、私に本気かどうかわかるポーション、ありますか?」


切実な声だった。

夜も眠れず、ずっとそのことばかり考えていたのが伝わる響きだった。


レッターが、そっと茶を出そうとした手を止めた。

リヒャルトは帳簿へ落としていた視線を、面白そうにすっと上げる。

メテスは壁際に寄りかかったまま、静かに客を見下ろしていた。


店主は乳鉢で薬草をすり潰しながら、顔も上げずに短く鼻を鳴らした。


「……どんな風に本気だったら、お前は納得できるんだ?」


客は、ぱちりと目を瞬いた。

求めていた「ありますよ」という返事ではなく、予想外の問いを投げ返されたからだ。


「え……? それは、たとえば、私のことを一番に考えてくれていたり、嘘をついていなかったり……」


「一番ってなんだ」


店主のぶっきらぼうな声が、客の言葉を容赦なく断ち切った。


「仕事より優先されれば一番か。

それとも、大金を積まれれば本気だと信じるのか。

甘い言葉を毎日百回囁かれれば安心するのか?」


客は言葉に詰まった。

指先が、落ち着きなく絡み合う。


「……裏切らないという、確証が欲しいんです」


「確証ね」


店主は面倒くさそうに乳棒を置き、カウンターの下からコト、コト、と二つの小瓶を並べた。


「お前がどうしても他人の心をこじ開けたいってんなら、選べ」


ひとつめ。


無色透明。

けれど、揺らすと中でガラスの破片みたいな光が鋭くきらめく液体。


「物理補助。『本音の解錠液』だ」


客が身を乗り出す。


「相手の飲み物に一滴混ぜろ。

そうすりゃ、そいつは一日中、心に浮かんだことを一切のオブラートなしで口に出すようになる。

お前への愛も、隠し事も、全部筒抜けだ」


「それがいいです! それなら絶対に嘘はつけない――」


「最後まで聞け」


店主の声が、低く空気を圧した。


「人間の心ってのは、きれいなショーケースじゃねぇんだよ。

『愛してる』の裏で『今日の服は似合わねぇな』と思ったり、

『ずっと一緒にいたい』と思いながら『今は一人にしてくれ』と苛立ったりする。

……お前は、その一瞬の黒い本音まで全部浴びて、それでも相手を愛せるのか?」


客の顔から、さっと血の気が引いた。


ふたつめ。


甘ったるいピンク色。

綿菓子を溶かしたみたいに、とろりと光る液体。


「心理補助。『盲信のシロップ』だ」


店主はピンクの瓶を指で弾いた。


「こいつはお前が飲む。

飲めば、相手のどんな行動も、どんな言葉も、全部『私への強烈な愛ゆえだ』と脳内で勝手に変換されるようになる。

浮気されても、冷たくされても、お前は幸福なままだ」


客が顔をしかめる。


「……そんなの、ただの幻覚じゃないですか。私が知りたいのは、相手の本当の気持ちで――」


「相手の本当の気持ちを知ったところで、どうせお前はまた疑うんだろ」


店主の目が、客の心の底まで見透かすように細められた。


「『今は本気でも、明日はわからない』ってな。

……いいか。お前が欲しがってるのは、相手の愛じゃない。

『自分が傷つかないための絶対の保証書』だ」


客の息が止まった。

図星を突かれた人間の、無防備で痛々しい顔だった。


店主は忌々しげに舌打ちをして、三本目をドン、とカウンターに置いた。


底の抜けたように真っ暗な、重たい色の液体だった。

覗き込めば、そのまま落ちていきそうな黒。


「みっつめ。現実補助。『底無しのグラス』だ」


客は何も言えず、ただその黒い瓶を見つめた。


「相手の心をこじ開ける薬じゃねぇ。

お前のその『どれだけ愛されても満たされない底無しの穴』を、嫌でも直視させる薬だ」


店主は客をまっすぐ見据えた。


「お前が相手を信じられないのは、相手が不誠実だからか。

それとも、お前自身が『自分は無条件で愛される価値がない』って心の底で怯えてるからか。

……これを飲めば、お前の疑心暗鬼の正体が、ただの自己嫌悪の裏返しだってことが、はっきりわかる」


アトリエの空気が、しんと静まり返った。


メテスが、壁際から静かに伏し目がちに言う。

その美しくしなやかな顔には、かすかな同情の色があった。


「……相手を試すのは、自分が傷つく前に逃げる理由を探しているだけだ」


客の肩が、びくりと震えた。


透明な瓶。

ピンクの瓶。

黒い瓶。


客はしばらくそれらを見つめていた。

やがて、両手で顔を覆う。


「……わかってるんです」


指の隙間から、震える声がこぼれた。


「あの人が優しいことも、誠実なことも、本当はわかってるんです。

でも、怖くて……。

いつか捨てられるんじゃないかって、そればっかり考えて……相手を試すようなことばかりして……」


レッターが、切なそうに目を伏せる。


店主は鼻を鳴らした。


「他人と関わるってのは、傷つく可能性ごと背負うってことだ。

絶対の保証なんて、この世のどこにもねぇよ。

相手が本気かどうかをポーションで確かめようとした時点で、お前はもう“信じる”の外に立ってる」


客はゆっくりと顔を上げ、乱れた呼吸を整えた。


そして、三本の瓶のどれにも触れず、ただ深く頭を下げた。


「……いりません。どれも、私には必要ありませんでした」


「そうか」


店主はぶっきらぼうに応じた。


客は、少しだけすっきりしたような、それでもまだ怯えの残る顔で、無理に笑った。


「帰って……ちゃんと、あの人と話します。

薬や小細工じゃなくて、私の言葉で」


「賢明ですね」


リヒャルトが、今度は心のこもった完璧な笑顔を向ける。


「お代は結構です。今回は、処方まで至りませんでしたから」


「……ありがとうございました」


カラン、と。

扉が開き、そして閉まった。


クリムが店主の肩に飛び乗り、小さな耳をぴくぴくと動かす。


「きゅ!(保証書なんてない!)」


ルゥが床でぐるりと丸くなりながら、短く鳴いた。


「わふ(……腹を括れ)」


レッターが、冷めかけた茶を片付けながらぽつりとこぼす。


「……相手を信じるのって、自分を信じるより難しい時がありますね」


「どっちも同じだ」


店主は乳鉢を引き寄せ、再び乳棒を握った。


「自分が空っぽの奴は、他人の愛でそれを埋めようとする。

だが、底が抜けてりゃいくら注いでも溜まらねぇ」


メテスが静かに歩み寄り、ラベルを貼り終えたポーションを棚へ補充していく。

そのしなやかな背中越しに、低い声が落ちた。


「……満たすのは、自分自身だ」


「そういうこった」


アトリエには薬草の匂いと、底無しの不安、それでも相手と向き合うために素手で踏み出した、不器用な決意の余韻が静かに混じっていた。

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