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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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現実の世界でも会える人かわかるポーションがほしい

夢の残り香と、明け際の照合。

カラン……。


昼とも夕ともつかない、曖昧な光が差す時間だった。


アトリエ・くぼ地の扉を開けた客は、旅人でも、冒険者でも、常連の住人でもなかった。

年の頃は若すぎず、老けてもいない。

服はきちんとしているのに、どこかだけがひどく疲れて見える。


目だ。


眠れていない目ではない。

眠っているのに、起きるたび何かを置いてこられたような目だった。


店主は乳鉢を回す手を止めないまま、ちらりとだけ客を見る。


「……で」


ぶっきらぼうな声だった。


「今日は何を探しに来た」


客は一度、息を飲み込んだ。

それから、椅子に腰を下ろすでもなく、立ったまま言った。


「夢で……何度も会う人がいるんです」


レッターが湯を注ぐ手を止めかける。

リヒャルトは帳簿の上でペン先を静かに止めた。

メテスだけは、壁際で腕を組んだまま動かない。


店主は、ふうん、とも言わなかった。


「それで?」


客は視線を落とす。

言葉を選ぶみたいに、指先が上着の裾を摘んだ。


「懐かしい、って気持ちが湧くんです。

初めて見るはずなのに。

顔も、声も、ちゃんと覚えてるわけじゃないのに……会うたびに、ああ、この人だ、って思う」


店主は鼻を鳴らす。


「夢なんざ、勝手に“この人だ”を作る」


「……そうかもしれません」


客は素直に頷いた。

だが、その頷き方には諦めがなかった。


「でも、会いたいんです」


リヒャルトが、さりげなく冷たい茶を差し出す。

客は礼を言って受け取ったが、一口も飲めないまま続けた。


「現実の世界でも会える人なのか……わかるポーションは、ありますか」


アトリエの空気が、ほんの少しだけ静かになった。


クリムが店主の肩の上で首を傾げる。


「きゅ?」


ルゥが床で伏せたまま、片目だけ開ける。


「わふ」


店主は、そこでようやく乳鉢を置いた。


「あるにはある」


客の肩が、ぴくりと上がる。


「ただし、都合のいい“運命判定薬”はない」


その一言で、客の目の奥にあった期待が、少しだけしぼむ。

だが、それでも帰ろうとはしなかった。


店主はそれを見て、面倒くさそうに頭を掻く。


「夢ってのはな。

実在する誰かを勝手に継ぎ接ぎしてる場合もある。

会いたかっただけの感情が、人の顔を借りる場合もある。

たまに、本当にどこかと引っかかってる場合もある。

……だから面倒なんだよ」


カウンターの下から、コト、コト、と二つの小瓶が並べられた。


「お前がどうしても確かめたいってんなら、選べ」


ひとつめ。


夜明け前の空みたいな、淡い青。

揺らすと、底で銀の粉がゆっくり流れる。


「物理補助。『残り香の羅針』だ」


客が無意識に身を乗り出す。


「それは……?」


「飲めば、夢の相手に“似たもの”へ身体が勝手に反応する。

声色。

目線。

歩き方。

手の癖。

匂い。

そういう細かいもんに引っ張られて、足が向く」


客の喉が鳴る。


「じゃあ、その人が――」


「最後まで聞け」


店主の声が、淡い青の期待をばっさり切った。


「反応するのは“本物”だけじゃねぇ。

似てる奴全部だ。

お前は街を歩きながら、知らない誰かに何度も振り向くことになる。

追いかけた先で、ただの勘違いを積み上げるかもしれない」


客の指先が、茶器の縁をきゅっと掴んだ。


「……でも、近い方向はわかるんですね」


「わかるかもしれん。

ただし、お前の願望が強けりゃ強いほど、針は狂う」


客は青い瓶をじっと見つめる。

捨てきれない希望が、まだそこにあった。


ふたつめ。


月を溶かしたみたいな、白く柔らかな液体。

表面だけがとろりと淡く光る。


「心理補助。『まどろみの再演』だ」


「夢の続きを、見るんですか」


「続きを見る。

ただし、相手の顔や声じゃない。

お前がその相手に対して何を感じてるかだけが、嫌でもはっきりする」


客が眉を寄せた。


店主は白い瓶を指先で弾く。


「懐かしさなのか。

恋しさなのか。

罪悪感なのか。

救われたかっただけなのか。

“会いたい”の中身が割れる」


リヒャルトが、静かに補足した。


「つまり、“相手が誰か”ではなく“あなたが何を見ているか”が鮮明になる、ということですね」


「そういうことだ」


店主は頷きもしない。


「相手が実在するかはわからん。

だが、お前が追ってるのが“人”なのか、“感情”なのかは見える」


客は白い瓶を見つめたまま、少しだけ青ざめた。

それは失望ではなかった。

見たくない答えを見せられるかもしれない種類の怯えだった。


店主は面倒くさそうにため息を吐く。


「で、最後だ」


三本目を、どん、と置く。


夕立のあとの水たまりみたいに暗い灰色。

底が見えない。

覗き込むと、自分の顔まで沈みそうな色だった。


「みっつめ。現実補助。『明け際の照合票』だ」


客が初めて、少しだけたじろぐ。


「……照合?」


「夢の相手が実在するかどうかを“教える”薬じゃねぇ」


店主は客をまっすぐ見た。


「お前が現実で誰かを見つけた時、そいつが夢の相手に近いのか、ただお前が勝手に運命を上塗りしてるだけなのか、それを分ける薬だ」


沈黙。


「夢で懐かしい。

会いたい。

運命かもしれない。

そこまでは勝手に思え」


店主の声は低かった。

乾いていた。


「だが現実で相手を見つけた瞬間、人間は見たいもんしか見なくなる。

“この人だ”と思った時点で、もう半分は自分で作ってる」


灰色の瓶が、客の手の届くところまで押し出される。


「これを飲んで会え。

そうすりゃ、その相手を前にした時にだけ、お前の胸の高鳴りが“夢の名残”なのか、“今ここで湧いた感情”なのか、きっちり分かれる」


客は動かなかった。


青。

白。

灰。


三本を順番に見て、また灰色へ戻る。


「……運命の人を教える薬じゃ、ないんですね」


「そんな便利なもんがあったら、この世はもっと気楽だ」


店主が吐き捨てる。


「見間違いを減らす薬だ。

夢を現実へ持ち込む時に、一番危ねぇのは相手じゃなく、お前の目の方だからな」


クリムが小さな耳をぴくぴくと動かす。


「きゅ。(夢は話を盛る)」


ルゥが低く続ける。


「わふ。(会ってからが本番だ)」


客は、そこで初めて少し笑った。

困ったような笑いだった。


「……本当は」


その声は、とても静かだった。


「本当に会えるか知りたいんじゃなくて、

会えなかった時に、自分が何を失うのか知るのが怖かったのかもしれません」


レッターが、そっと視線を上げる。


店主は鼻を鳴らした。


「だろうな」


「夢の人が現実にいなかったら、ただの思い込みだったってことになりますか」


「ならん」


店主は即答した。


「懐かしかったことも、会いたかったことも、本物だ。

ただ、向いてる先が現実の誰かじゃなかっただけだ」


客の肩から、少しだけ力が抜けた。


「……じゃあ」


指先が、灰色の瓶に触れる。


「最初に見るべきなのは、この三本目ですね」


「賢明だ」


リヒャルトが流れるような手つきで瓶を包み始める。


「お代は銀貨二枚になります。

なお、服用後に“夢の相手だと思い込みたかった理由”まで一緒に見える場合がありますが、仕様です」


「仕様、ですか」


「ええ。逃げ道を塞ぐためのものですから」


客は苦笑し、銀貨を置いた。


瓶を受け取ってからも、すぐには立ち上がらなかった。

しばらく手の中の灰色を見つめ、それから、ぽつりと零す。


「……もし、現実で見つけた誰かが、夢の人とは全然違ったら」


店主は肩をすくめた。


「そこで初めて、ちゃんと会えるんだろ」


客は、目を瞬いた。


夢の補正も。

懐かしさの上塗りも。

運命という都合のいい札も剥がれたあとで。


それでもなお惹かれるなら。

そこからが、本当に自分の足で選ぶ出会いだ。


客は小さく息を吐く。

来た時より、少しだけましな顔になっていた。


「……ありがとうございました」


「礼はいらん。

会う前に勝手に運命扱いするな。

会ってから悩め」


「はい」


カラン。


扉が閉まる。

曖昧な光が、また少しだけ床を伸びた。


レッターがぽつりと呟く。


「……夢で何度も会う人って、本当にいるものなんでしょうか」


「さあな」


店主は乳鉢を引き寄せる。


「だが、人間は会ってもいねぇ相手に、平気で人生を預けたがる」


リヒャルトが、静かに帳簿を開いた。


「夢そのものより、“夢に何を背負わせたか”の方が厄介ですね」


クリムが店主の肩から身を乗り出す。


「きゅ。(夢は勝手に育つ)」


ルゥが低く鳴く。


「わふ。(現実で見ろ)」


店主は薬草へ視線を落とす。


「会いたい相手がいるんじゃなく、“会いたいと思える何か”が欲しいだけの時もある。

そっちの方が、よっぽど始末が悪い」


ゴリ、ゴリ、と薬草が潰れる音が響く。


アトリエ・くぼ地の昼下がり。

今日の薬草の匂いには、眠りの底に残る懐かしさと、明け方の光に晒される願望の輪郭が、静かに混じっていた。

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