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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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ゾンビやレイスを人間に戻すポーションはあるかな?

探求のローブと、屍の特等席

カラン、と。


アトリエ・くぼ地の扉が、やけに軽快な音を立てて開いた。


「こんにちは! こちらに凄腕の錬金術師がいると聞いてやってきました!」


弾むような声とともに入ってきたのは、真新しいローブを羽織った若い男だった。


胸元には、王都の学園のものである『治癒魔術科』の紋章が、誇らしげに刺繍されている。

年齢はリヒャルトと同じくらいだろうか。

育ちの良さそうな顔立ちに、知的な縁なしの眼鏡。


だが、そのレンズの奥の瞳だけが、ひどく熱っぽく、ぎらぎらとした異様な光を帯びていた。


「やあ、いらっしゃいませ」


リヒャルトが、カウンターから流れるような営業スマイルを向ける。


だが、その笑顔の奥の温度は、相手のローブの紋章を見た瞬間に一気に下がっていた。


学生は、ずいっとカウンターへ身を乗り出した。

奥で薬草を刻んでいた店主を、食い入るように見つめる。


「単刀直入にお聞きします! ゾンビやレイスに意識があるのなら、錬金術師のポーションで完全に『人間』に戻すことはできないんですか!?」


ピタリ、と。


アトリエの空気が止まった。


奥の厨房で薬湯を淹れていたレッターの手が、かすかに震える。


学生はそんな空気に気づく様子もなく、興奮したように捲し立てた。


「あのですね、学園へ提出するレポートの題材にしたいんです!

治癒魔術は生者にしか効きませんが、錬金術の『再構築』のアプローチなら、腐敗した肉体や霧散した魂を定着させられるのではないかと!

意識さえ残っていれば、理論上は可能ですよね!?」


早口で語るその顔は、一見すると純粋な学究の徒だ。

だが、口元の緩み方がよくなかった。


知りたいのではない。

試したいのだ。


死体に薬を注ぎ込み、何が残っていて、何が戻るのかを。

“治療”の名目で、見てみたくてたまらないのだ。


「……気持ち悪い」


レッターが、搾り出すような声でぽつりと呟いた。


治癒魔術を道具として使われ続けたレッターにとって、命の境界を玩具にしようとするこの学生は、嫌悪の対象でしかなかった。


メテスが、無言で一歩前に出た。

大盾は構えていない。

だが、その体が放つ圧は、完全に外敵へ向けるものだった。


店主は、手元のナイフをゆっくりと置いた。


「……レポートの題材、ねぇ」


低い声だった。


学生は無邪気に頷く。


「はい! 最高評価間違いなしのテーマです!」


「嘘をつけ」


店主は振り返り、学生の目を冷酷に射抜いた。


「お前の目は、今すぐ墓場に行って新鮮な死体を掘り起こしたくてうずうずしてる目だ。

……生きた人間を治すのには、もう飽きたんだろ」


学生の肩が、びくりと跳ねた。


図星を突かれた顔だった。

だが、恥じるどころか、理解者を見つけたみたいに頬を紅潮させる。


「さすが、わかってくださる!

そうなんですよ、ただ傷を塞ぐだけの魔術なんてつまらない!

死を超越してこその治癒でしょう!? だから、そのためのポーションを――」


「あるぞ」


店主は短く言い放ち、カウンターの下からコト、コト、と二つの小瓶を並べた。


「お前がどうしても“死者で遊びたい”ってんなら、選べ」


ひとつめ。


気味の悪いほど鮮やかな肌色をした、粘り気のある液体。


「物理補助。『生者の厚化粧』だ」


学生が息を呑んで身を乗り出す。


「飲ませれば、ゾンビの腐肉もレイスの霧も、一時的に生前の美しい人間の姿に戻る。

肌には赤みが差し、体温すら偽装できる」


「素晴らしい! それはつまり、完全なる蘇生――」


「最後まで聞け」


店主の声が、学生の熱を物理的に叩き落とした。


「戻るのは皮だけだ。

意識を人間に戻すわけじゃねぇ。

見た目だけ綺麗な、中身が腐った化物ができるだけだ」


店主は鼻で笑った。


「……お前の大好きな“観察”にはうってつけの人形だが、噛み殺されても俺は知らん」


学生の笑顔が引きつる。


ふたつめ。


脳髄みたいに白く濁った、気味の悪い液体。


「心理補助。『狂者の翻訳機』だ」


店主は白い瓶を無造作に指差した。


「こいつは死者じゃなく、お前が飲む。

飲めば、ゾンビのうめき声も、レイスの怨嗟も、お前の脳内では“理路整然とした人間の言葉”に変換されて聞こえるようになる」


「なっ……私自身が飲むんですか!?」


「そうだ」


店主の声は冷たかった。


「意識の有無を知りたいなら、正面から聞いてこい。

ただし、死者の言葉は生者の理解を超えてる。

一時間も聞いてりゃ、お前の脳が焼き切れて、そのままあっち側へ落ちるだろうな」


学生は、二つの瓶からさっと手を引っ込めた。


「……な、なんだ。どちらも欠陥品じゃないですか。私が求めているのは、もっとこう、安全で画期的な……」


「安全な蘇生だと?」


店主が忌々しげに舌打ちをして、三本目をドン、とカウンターへ叩きつけた。


まるで泥と血を混ぜ合わせたような、底冷えのする真っ黒な液体だった。


「みっつめ。現実補助。『屍の特等席』だ」


学生が、その黒い瓶から目を逸らすように一歩後ずさる。


本能が、それを拒絶していた。


「お前、さっき『意識さえ残っていれば』と言ったな」


店主は学生を睨みつけたまま、静かに言った。


「安全圏から観察して、レポートを書きたいなら教えてやる。

ゾンビにも、レイスにも、意識はある」


アトリエの温度が、数度下がったように感じられた。


「腐っていく肉の臭いも、霧散していく孤独も、全部わかったまま取り残される。

声は届かない。

体も戻らない。

それでも意識だけが残る」


学生の喉が、ひゅっと鳴った。


店主は黒い瓶を、学生の目の前へ突き出した。


「この薬を飲めば、一時間だけお前の体は完全な仮死状態になる。

五感は死者のそれと同調し、腐敗と孤独の絶望を、お前のその安全な脳味噌に直接叩き込んでやる」


誰も動かなかった。


「命を玩具にしたいなら、まず自分から棺桶に入れ。

……それができないなら、二度と治癒魔術師なんて名乗るな」


静まり返った店内で、学生はがちがちと歯の根を鳴らして震えていた。


肌色の瓶。

白い瓶。

黒い瓶。


どれも、彼が求めていた“安全で楽しい実験道具”ではなかった。

そこにあるのは、彼が軽く見ていた死の重みそのものだった。


「……ひっ」


学生は怯えたような悲鳴を漏らすと、ローブを翻し、逃げるようにアトリエの扉から飛び出していった。


カランッ、と。

乱暴なベルの音が鳴り響き、そして静寂が戻る。


「……やれやれ。治癒魔術科の学生も、質が落ちたものですね」


リヒャルトが、ひどく冷たい目のまま、差し出しかけていた茶を自分で引き寄せた。


メテスが構えを解き、深く息を吐く。


「……不快だ」


クリムが肩の上で毛を逆立てる。


「きゅきゅ!(悪趣味野郎!)」


ルゥが床に伏せたまま、短く鼻を鳴らす。


「わふ(……命を舐めるな)」


店主は並べた三本の小瓶を、面倒くさそうにカウンターの下へしまい込んだ。


「……あんなのに治癒される怪我人が不憫だな」


「……店主」


厨房の入り口で、レッターが立ち尽くしていた。

手には、淹れかけの薬湯のカップを強く握りしめている。

その顔はまだ少し青ざめていて、かつての暗い記憶に当てられたようだった。


店主はゆっくりと歩み寄り、大きな手で、レッターの頭をぽんと撫でた。


「……気にすんな。あんなのはただの馬鹿だ。お前とは違う」


わしゃわしゃと、少し乱暴に髪を掻き回す。


レッターは目を伏せ、それから、こくりと小さく頷いた。


「……はい」


アトリエ・くぼ地の昼下がり。

薬草の匂いの中に、今日は少しだけ、生と死の境界を守るような、厳格で静かな温度が漂っていた。




脱字を修正しましたm(_ _)m

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