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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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目覚めの食卓と、遅れてきた眠り

日が高く登った頃。


白亜の要塞――

アトリエ・くぼ地の一階に、ひどく気怠げな足音が響いた。


「……ふぁーあ……」


首の後ろをがしがしと掻きながら、店主が私室から姿を現す。

目の下の隈はまだうっすらと残っているが、数時間前の死んだ魚みたいな目からは、だいぶ生気が戻っていた。


その姿を見た途端、カウンターに立っていたリヒャルトが、流れるような動作で表の札をぱたりと『準備中』へ裏返した。


同時に、完全武装のまま入口を睨んでいたメテスが、音もなく店主のそばへ歩み寄る。

差し出された手には、小瓶がひとつ。


「……ポーションだ」


「おう、サンキュー」


店主は受け取ったそれをぐいっと呷り、大きく息を吐いた。


「はぁ〜……生き返るわ」


空になった小瓶を置くと、そのまま大きな手がメテスの頭へ伸びる。


「戸締りしっかりして、みんなを守って偉いぞ」


わしゃわしゃと、少し乱暴に撫で回す。


メテスは鉄壁の無表情をわずかに崩し、目を細めた。


「……無事でよかった」


短い声だった。

けれど、それだけで十分だった。


「店主! お目覚めですか!」


厨房の奥から、ぱたぱたと小走りでレッターがやってきた。

その手には、湯気を立てる大鍋と大皿。


「店主の好きな、具沢山のスープできてます! サンドイッチもありますよ!」


テーブルに並べられたのは、朝市という名の戦場で買い込んだ新鮮な野菜と肉がたっぷり入ったスープ。

それから、こんがりと焼かれたパンに具材を挟み、香草の効いたソースを忍ばせた特製サンドイッチ。


店主は椅子にどかりと腰を下ろし、さっそくスープをひと口すすった。


「……おっ。美味い。レッター、腕上げたじゃないか」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。野菜の甘み、ちゃんと出てる」


そのまま店主の手が、今度はレッターの頭へ伸びた。


「このサンドイッチに塗ってるソースもいい味だ。今度、調合室で香草の配分、一緒に研究するか」


「はいっ! ぜひお願いします!」


褒められたレッターが、ぱっと花が咲いたみたいな笑顔を見せる。


そこへ、表の札を返し終えたリヒャルトが、静かな足取りで食卓へ戻ってきた。


店主はサンドイッチを齧りながら、ちらりと見上げる。


それから、空いている方の手で、その見事な金糸の髪をわしゃっと撫でた。


「……心配かけたな」


「っ……店主……」


リヒャルトの冷たい笑顔が、ふっとほどける。


「今日はもう店仕舞いだ。睡眠不足のお前らは、飯食ったら今から寝ろ」


遅めの昼食――

子どもたちにとっては朝食――を終えたあと、店主はふらりとカウンターへ向かった。


「……どれ、今日の午前中の売上は……」


帳簿を開いた、その瞬間。


「きゅっ!(悪事の証拠!!)」


いつの間にかカウンターの上に陣取っていたクリムが、小さな前足で帳簿のある一点をぺしぺしと叩く。


そこには、リヒャルトの美しい文字でこう記されていた。


売上:金貨一枚(運向上ポーション・特別調合)


足元では、ルゥが申し訳なさそうに、それでもきっちり告発する声を出す。


「くぅーん……わふ(……やりすぎたぞ)」


クリムとルゥの容赦ない密告に、食卓を片付けていたリヒャルトの背中がびくりと跳ねた。


店主は帳簿の数字と、棚の奥で減っている劇薬素材の瓶とを見比べる。


「…………リヒャルト」


地を這うような、低い声。


「は、はいっ!」


リヒャルトの肩が、もう一度大きく跳ねる。


店主は帳簿をぱたんと閉じ、大きなため息をひとつ吐いた。


「……ほどほどにしておけよ」


「…………はい」


消え入りそうな声で頷き、リヒャルトは深く頭を下げた。


「よし!」


店主がぱん、と一度手を叩く。


「じゃあ、みんなで二度寝するかー!」


その号令に、リヒャルトが間髪入れず、完璧なツッコミを返した。


「店主。僕たちは昨夜から一睡もしていないので、一度目の就寝です。まだ寝てません」


「あ、そうか。悪かったな」


店主が苦笑して振り返る。


すると、そこにはもう、自室から自分の枕を抱えて戻ってきたメテスが、店主の隣を陣取る気満々で立っていた。


「メテスさん、はやいっ!」


レッターが目を丸くする。


「ぼ、僕もすぐ持ってきますー!」


ぱたぱたと慌ただしい足音が、二階へ駆け上がっていく。


「きゅきゅ!(ぼくも寝る!)」


「わふ(……やれやれ、平和だな)」


店主は肩を揺らして笑い、そのまま奥へ向かって歩き出した。


隣を歩くリヒャルトの頭を、ぽん、ぽん、と軽く撫でる。


不意打ちみたいなその仕草に、リヒャルトが顔を上げた。


店主はちらりと見下ろし、口角を少しだけ上げる。


その顔を見たリヒャルトは、きゅっと唇を結んで、

何も言わず、店主の傍へもう半歩だけ寄った。


外の明るい陽射しとは裏腹に。


アトリエ・くぼ地には、

少し遅くて、ひどく温かい眠りの時間が訪れようとしていた。



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