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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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闇夜の招待状と、眠らない猛獣使い

カラン……。


いつもなら冒険者や訳ありの客が訪れるその扉を叩いたのは、ひどく気配の薄い、黒ずくめの小男だった。


男は音もなくカウンターへ近づくと、懐から黒い封蝋のされた手紙を滑らせた。


「……店主」


かすれた、地を這うような声だった。


店主は薬草を刻む手を止め、その封蝋の紋章をじろりと見た。


そして、心底面倒くさそうに深いため息を吐く。


「うちはただのポーション屋だぞ」


「今日の夜、迎えにきやす」


小男はそれだけ言い残し、入ってきた時と同じように音もなく立ち去った。


カラン……。


静まり返った店内で、リヒャルトがすっと目を細める。


その整った顔からは、いつもの完璧な営業スマイルが消えていた。


「……店主。あの方は?」


声に、かすかな緊張が混じる。


王族の裏側で生きてきた彼には、あの小男がどの世界の人間か、一瞬でわかっていた。


店主は手紙をエプロンのポケットに無造作に突っ込んだ。


「気にするな。……お前たちは、あいつらに深く関わっちゃダメだ」


「ですが」


「いいから、奥で飯の支度でもしてろ」


有無を言わせぬ声音だった。


リヒャルトは唇を噛む。


メテスも奥で、無言のまま剣の柄を強く握りしめていた。


そして、夜。


営業を終えたアトリエの裏手。

人気の絶えた石畳の路地に、闇へ溶け込むような馬車と、昼間の小男が静かに待っていた。


「じゃあ、行ってくる」


店主は差し出された黒布を受け取ると、自ら目隠しを巻いた。


アジトの場所を覚えさせないための、裏の世界の作法だ。


扉の隙間から、リヒャルトとメテス、その後ろでレッターが血の気の引いた顔でその様子を見ている。


「……メテス。戸締りはしっかりしておけよ」


目隠しをしたまま、店主が声をかける。


「了解だ。……だが、何かあればすぐに」


メテスが剣を抜きかけた、その時。


「嫌よ。そんなにきつく戸締りされたら、私が店主に逢えないじゃない」


夜よりも深く、甘く、背筋がひやりとするほど艶やかな声が、路地裏を撫でた。


馬車の影から姿を現したのは、目を奪われるほどの美女だった。


豪奢なドレス。

月明かりに濡れたような長い髪。

だが、その全身から漂う血の匂いと、息を潜めたくなるような暴力の気配が、彼女が裏社会の頂点に立つ者だと物語っていた。


「……またか」


目隠しをした店主が、うんざりしたようにため息を吐く。


美女は妖艶に微笑み、店主の首元へ白い腕を絡ませた。


「ふふっ。覚悟してね、店主」


赤い唇が、耳元で甘く囁く。


「今夜は、寝かせないわ」


「…………ッ!!」


扉の奥で、リヒャルトが持っていた燭台を取り落としかける。

メテスの肩に、一瞬で殺気が満ちた。


だが店主は「はいはい」と適当にあしらい、そのまま馬車へ押し込まれていった。


扉が閉まる。


残された三人は、しばらく無言で立ち尽くしていた。


「……明日、帰ってきますよね」


レッターが不安そうに小声で問う。


メテスは答えず、ただ表の闇を睨んでいた。



数時間後。


街の地下深く、闇ギルドの最奥。


「もー! 聞いてよ!!」


豪奢なソファに寝転がりながら、超絶美女――闇ギルド長が、ワイングラスを片手に足をばたつかせて叫んでいた。


「アイツがポカするから、ターゲットにトドメ刺す時間、すっごいズレちゃってぇ! 処理班の手配から何から、全部私がやり直したのよ!? 信じられる!?」


「……あー、はいはい。そりゃ大変だったな」


目隠しを外された店主は、向かいの椅子に深く腰掛け、死んだ魚みたいな目で相槌を打っていた。


テーブルの上には、最高級の酒とつまみが並んでいる。

だが店主のグラスは、ほとんど減っていなかった。


「ちょっと、聞いてる!? 店主、お酒全然進んでないわね!?」


「酒は明日残るから嫌なんだよ」


店主は腰のポーチを探り、小さな瓶を一本取り出した。

それをくいっと煽る。


「……ふぅ。やっぱこれだな」


「ちょっと! 何自分だけ良いモノ飲んでるのよ!」


「ほら、お前も飲め。身体が楽になるぞ」


店主は呆れたように、もう一本の小瓶を美女へ放り投げた。


美女はそれを受け取ると、ワイングラスを放り出し、小瓶の中身を一気に飲み干す。


「……ふん! はー!!」


美女の目が、かっと見開かれた。


「きっくぅ!! なにこれ、血流が爆発するみたい! 疲労が一瞬で吹き飛ぶわ! やっぱりこれよねぇ!!」


「五階の主婦に卸してる、疲労回復の濃いやつだ。部下の尻拭いで徹夜続きなんだろ」


「うぅ……店主ぅ、優しい……好き……」


美女がソファの上でごろごろと転がる。


店主は聞き流したまま、顎で部屋の隅をしゃくった。


「で。本題はなんだ」


「あ、そうそう!」


美女はがばりと身を起こし、甘ったるい声を上げた。


「お~よしよし、可愛い子ね~。こっちにおいでぇ」


部屋の奥から、のそりと巨大な影が現れた。


鋭い牙。

六つの目。

鋼みたいな毛並み。


どう見てもAランク以上の危険な魔獣――キメラタイガーだった。


だが美女に撫でられたそいつは、「にゃーん」と猫みたいな声で喉を鳴らし、彼女の膝に頭を擦りつけた。


「この子ったら、最近毛玉を吐くのよ。食欲もないみたいで……店主、この子用の胃腸薬ポーション、持ってきてくれた?」


「……だから、次からは使いっ走りに『店で買ってこい』って言えば、普通に渡すって言ってるだろうが」


店主は頭を掻きむしりながら、大きめの瓶に入った魔獣用の毛玉ケアポーションをテーブルにどんと置いた。


キメラタイガーはすぐにその瓶へ鼻先を寄せ、ふす、と短く息を吐いた。

荒れていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


店主が栓を抜いてやると、そいつは素直に喉を鳴らしながらそれを飲んだ。


「ほらな。胃が重かっただけだ」


「ほんとずるいわよね。店主の薬って。この子、あんたの前だとすぐ良い子になる」


美女は魔獣の首筋を撫でながら、意味ありげに笑う。


「次は……」


「嫌よ! だってそれじゃ、店主を独り占めして愚痴を聞いてもらえないじゃない!」


店主は深々とため息を吐いた。


「……お前の『今夜は寝かせない』のせいで、うちのガキ共が今頃どんな顔して留守番してるか考えてみろ」


「大丈夫よ。ちゃんと生きて帰すって知ってるでしょ?」


「そっちの問題じゃねえんだよ」


美女はケラケラと笑った。


「リヒャルト、すごい顔してたわね。あの子、冷たい目が綺麗よねぇ」


「……明日からお前のギルドの使いっ走りに塩対応するぞ」


「いいわよ。あの感じ、嫌いじゃないし」


店主はもう一度だけ、大きくため息を吐いた。


「さっさと帰らせろ。ガキ共が早まって、お前のアジトに突っ込んでくる前に」


店主が立ち上がると、魔獣が「にゃーん」と甘えた声で足元に擦り寄ってきた。


無愛想な顔のまま、店主はその顎の下を器用に撫でる。


「……毛艶は悪くねえ。大事に育てろよ」


「ええ、もちろん!」


美女は満面の笑みで答えた。


その声音は、さっきまでより少しだけ柔らかかった。


店主が外套を羽織る。


美女はソファの背に頬杖をつき、名残惜しそうに彼を眺めた。


「またね、店主」


「次からお前は迎えに来なくていい」


「絶対行く」


即答だった。


店主はうんざりした顔で、小男に合図を出す。


「……帰るぞ。うちのガキ共が妙な想像で一晩潰す前に」


その背に、美女の視線が絡みつく。


闇ギルドの最奥。

そこに漂っていたのは、血の匂いでも陰謀でもなく、

くたびれた女の愚痴と、猛獣の毛玉相談と、

店主に売りつけられた高いポーションの匂いだった。


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