『仲良くさせる』ような、都合のいいポーションはないかな?
混ぜるな危険と、孤毒の王冠
カラン……。
昼下がり。
アトリエ・くぼ地に、豪奢なミスリルの鎧を鳴らして一人の男が入ってきた。
三十代半ばほどの、中堅パーティのリーダー格だろう。
自信に満ちた顔つきだが、その眉間には苛立ちの皺が深く刻まれている。
「……悪いが、相談に乗ってくれないか。切実なんだ」
男は、わざとらしく大きなため息をついてカウンターに手をついた。
「うちのパーティの新人と、古株のメンバーの一人が、どうにも仲が悪くてね。毎日いがみ合ってて、パーティの空気が最悪なんだ。リーダーとしてどうにかしてやりたい。……二人を『仲良くさせる』ような、都合のいいポーションはないかな?」
「きゅ……(よくない匂い……!)」
クリムが店主の肩で、小さく身を強張らせて鳴く。
ルゥは男を一瞥しただけで、興味なさそうに目を閉じた。
「……お客様」
リヒャルトが、極上の営業スマイルのまま、冷ややかに口を開く。
「お客様のその素晴らしいミスリルの装備に対し、先ほど外でお見かけしたお連れ様お二人は……ずいぶんと『風通しの良さそうな』ボロボロの革鎧を着ておられましたね。お怪我が絶えないのでは?」
男の肩が、びくりと揺れる。
レッターが、カウンターの陰から怯えたように男を見ていた。
かつての自分を縛っていた『飼い主』たちと同じ、薄汚い匂いを感じ取ったのだ。
薬草を刻んでいた店主が、手を止めた。
「……表向きはな」
「え?」と男が間抜けな声を出す。
店主は鼻で笑った。
「洗剤と同じだ。『混ぜるな危険』。……お前、あいつらが本当に仲良くなったら困るんだろ」
男の顔から、余裕の笑みが剥がれ落ちる。
「あいつらが腹を割って話し合って、互いの置かれた状況をちゃんと見たらどうなると思う?」
店主の声は冷たかった。
「お前にとって都合の悪いことしか起きねえよ。混ざり合えば、毒になるのはお前の方だ」
図星を突かれ、男の顔がどす黒く歪む。
「……っ、だったらなんだ! 俺がリーダーとしてパーティを維持してやってるんだ! あいつらは俺の言う通りに動いてりゃいいんだよ!」
開き直った男の叫びに、メテスが音もなく剣の柄に手をかけた。
だが、店主は片手でそれを制し、深く息を吐く。
「……わかった」
カウンターの下から、コト、コト、と二つの小瓶を並べる。
「お前がどうしても『逃がしたくない』ってんなら、選べ」
ひとつめ。
どろりと濁った、泥水のような液体。
「物理干渉。『傀儡の泥水』だ。そいつらに飲ませれば、自我が完全に消える。いがみ合うこともなくなり、文句ひとつ言わずにお前の命令に従う完全な操り人形になる」
男の目がぎらりと光る。
「だが、自我がないってことは『戦いの勘』も消えるってことだ。魔物の奇襲にも棒立ち。お前が『右へ避けろ、剣を振れ』と一から十まで指示を出さなきゃ、最初の戦闘で即死するぞ」
店主が瓶を弾く。
「お前、戦場で二体の人形を同時に操れるほど器用か?」
「っ……無理だ。肉盾として勝手に動いてくれなきゃ困る。却下だ」
ふたつめ。
淡いピンク色の、甘い匂いのする粉末。
「心理干渉。『偽りの友情香』だ。これを二人に振りかければ、互いを無二の親友だと思い込む。見事な連携で魔物を倒す、最高のコンビになるだろうよ」
男が身を乗り出す。
「それだ! それなら勝手に戦ってくれるし、文句もない!」
「だろうな」
店主の声は冷たい。
「だが、親友になった二人は当然、お前への不満も共有する。なぜ自分たちはこんなにボロボロなのか。なぜリーダーだけがミスリルを着ているのか」
店主は鼻で笑った。
「最高の連携で、寝首を掻かれる覚悟はできてるか?」
男は息を呑み、さっと顔面を蒼白にさせた。
『混ぜるな危険』。
その言葉の意味を、ようやく理解したのだ。
「じゃ、じゃあどうすればいい! 傀儡は使えない、仲良くさせたら俺が殺される……! このままじゃ俺の稼ぎが……!」
「……だから、まともなみっつめを用意してやってんだろ」
店主は、無言のままカウンターの下から最後の小瓶をどんと置き、男の前へ押し出した。
冷たく光る、黒い液体。
瓶の底で、小さな銀色の棘のようなものが渦を巻いている。
「みっつめ。現実補助。『孤毒の王冠』だ」
「王冠……?」
「お前が飲むんだよ」
店主は黒い小瓶を指先で弾いた。
「これを飲めば、お前自身の気配が『絶対的な恐怖と支配』に書き換えられる。新人も古株も、互いを気にする余裕すらなくなる。ただひたすらに『お前という恐怖』から逃れるためだけに、必死で戦い、服従するようになる」
男が、ごくりと喉を鳴らす。
「お前はもう、薄ら寒い『良いリーダー』を演じる必要はねえ。堂々と搾取しろ。奴らは恐怖で縛られ、絶対に逃げ出せなくなる」
アトリエが、しんと静まり返る。
「だがな」
店主の声が、一段と低く、重く落ちた。
「恐怖で支配する猛獣使いは、一生、猛獣と同じ檻の中では眠れねえ」
男の肩が、びくりと震えた。
「お前はこれから先、あいつらに背中を見せることも、酒を飲んで酔い潰れることも、弱音を吐くことも許されなくなる。……一度でも隙を見せれば、極限まで圧縮された恐怖と憎悪が爆発して、お前は骨の髄まで食い殺される」
黒い液体が、男を誘うように揺れた。
「使い潰すつもりなら、お前自身が誰よりも孤独な怪物になる覚悟を決めろ。……キメるか?」
男は震える手で、三つの瓶を見下ろした。
泥水。
ピンクの粉末。
冷たい黒。
やがて男は、ひったくるように『孤毒の王冠』を掴み取った。
「……いいだろう。恐怖でもなんでもいい。俺が稼ぐためだ。俺は絶対に、隙なんか見せない……!」
男の顔には、もはや小悪党の余裕はなかった。
ただ、金に憑りつかれた人間の、乾いた執念だけが残っていた。
「賢明なご判断です」
リヒャルトが、一切の感情を排した、氷のように冷たい笑顔で小瓶を包む。
「……どうか、一生眠らぬ夜をお過ごしください。お代は銀貨三枚になります」
男は銀貨を乱暴に置き、小瓶を握りしめたまま、逃げるようにアトリエを出ていった。
カラン……。
扉が閉まり、静寂が戻る。
レッターが、ほっとしたように胸を撫で下ろして座り込んだ。
「……怖かったです。あの人、きっともう、誰のことも信じられないですね」
メテスが剣から手を離し、短く鼻を鳴らす。
「……ひと月もつかどうかだな。隙を見せない人間などいない。野営の夜に、背中から刺されて終わるだろう」
「きゅ(自業自得!!)」
クリムが吐き捨てるように鳴き、ルゥも同意するように尻尾を一度だけ床に打ちつけた。
店主は銀貨を金庫に放り込み、再び薬草を刻み始める。
「人間を道具として扱うなら、それなりの代償を払うのが筋だ」
ゴリ、と薬草を潰す鈍い音が響く。
「……せいぜい、孤独の王座を楽しんでもらうさ」




