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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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素敵な隠し味のポーション、ありませんか?

ケーキの隠し味と、逃げ道塞ぎのスパイス

カラン……。


昼下がりのアトリエ・くぼ地に、ふわりと甘い香りをまとった若い娘が入ってきた。


可愛らしいエプロンドレス。

手には、丁寧にラッピングされた焼き型の箱。


まるで絵本から抜け出してきたような、可憐な少女だった。


「いらっしゃいませ。甘い、良い匂いがしますね」


リヒャルトが優雅に微笑む。


娘は頬を染め、もじもじと箱を抱きしめた。


「あの……私、好きな人に手作りのケーキを焼こうと思ってるんです」


甘く、とろけるような声だった。


「それで、絶対に彼が『美味しい』って完食してくれるような……素敵な隠し味のポーション、ありませんか?」


「きゅ(健気!!)」


クリムが店主の肩で嬉しそうに鳴く。


レッターが「わぁ、素敵ですね!」と目を輝かせる。

平和で甘い空気が、アトリエを包みかけた。


「……」


メテスが、無言で剣の柄に手をかけた。


ルゥが低く唸り、毛を逆立てる。


店主は薬草を刻む手を止め、じろりと娘を見た。


「……表向きはな」


「え?」


レッターが首を傾げる。


店主は鼻で笑った。


「その箱の中に入ってる睡眠薬と筋弛緩剤の匂い、漏れてるぞ。……お前、美味しく食わせた後、そいつの身体が動かなくなったところで、一気に既成事実を作る気満々だろ」


アトリエの空気が、一瞬で凍りついた。


娘の顔から、ふわりとした愛想笑いが消える。


代わりに浮かんだのは、ひどく暗く、濁った、底なし沼のような瞳だった。


「……だって」


声の温度が、氷点下に下がる。


「普通に告白して、断られたら生きていけないもの。彼が私なしじゃいられないように、身体も、立場も、全部がんじがらめにして……私だけのものにしなきゃ、意味がないじゃないですか」


「きゅ!!(愛が重い!!)」


クリムが今度は悲鳴を上げた。


「……犯罪です」


レッターが青ざめて一歩下がる。


リヒャルトが、すかさず娘とレッターの間に立ち塞がった。


店主は、深く息を吐いた。


「……わかった」


カウンターの下から、コト、コト、と二つの小瓶を並べる。


「お前がどうしても“薬で既成事実を作りたい”ってんなら、選べ」


ひとつめ。


どろりと濁った、ピンク色の液体。


「物理干渉。『理性泥棒のシロップ』だ」


娘の濁った目が、ぎらりと光る。


「ケーキに混ぜれば、食った相手は理性を飛ばし、本能のままお前を求める。次の日の朝には、立派な既成事実の完成だ」


「……それ! それください!」


「だがな」


店主が瓶を弾く。


「そいつがお前を抱くのは、お前を愛したからじゃない。ただ薬に発情しただけだ。薬が抜けりゃ残るのは、“薬を盛られた”っていう強烈な嫌悪感と恐怖だけ。……お前が手に入れられるのは、抜け殻の肉体と、一生お前を恨む冷たい目だ」


娘の指先が、ぴくりと止まる。


ふたつめ。


きらきらと輝く、甘い匂いの粉末。


「心理干渉。『記憶改ざんの粉砂糖』だ」


「記憶を……?」


「ああ。食わせれば、そいつの頭の中に“お前と結ばれ、深く愛し合っている”っていう偽の記憶を植え付けられる。恨まれることもない。そいつは目を覚ました瞬間から、お前を甘く愛してくれるだろうよ」


娘が身を乗り出した。


「それです……! 私、彼に笑いかけてもらえるなら、嘘でもいい!」


「だろうな」


店主の声は、ひどく冷酷だった。


「だが、お前自身は一生“これが作り物だ”って知ったまま生きるんだぞ。彼が甘い言葉を囁くたび、“薬が切れたら終わる”“本当は私なんか愛してない”って疑心暗鬼に苛まれる。最後はお前自身の心が狂って潰れる」


娘は息を呑み、唇を噛みちぎりそうなほど強く噛んだ。


「……じゃあ、どうすればいいんですか」


ぽつりと、血を吐くような声が落ちる。


「私、彼が好きなんです。誰にも渡したくない。彼のためなら自分の命だって切り刻んでケーキに混ぜられる。……この重たくて真っ黒な気持ち、普通に出したら絶対に引かれるじゃないですか!」


絶望的な、執着の叫びだった。


「……だから、まともなみっつめを用意してやってんだろ」


店主は、無言のままカウンターの下から最後の小瓶をどんと置き、娘の前へ少し押し出した。


どす黒い。

まるで血が凝固したような、重たく暗い赤色のスパイスだった。


「みっつめ。本音抽出。『腹割りの隠し味』だ」


「……なんですか、これ」


「睡眠薬も媚薬も入ってねえ。ただ、お前のその“重たくて真っ黒な執着”を、そっくりそのままケーキの味に変換して叩きつけるスパイスだ」


娘が目を見開く。


「お前が“命を切り刻んでもいい”と思うほどの愛なら、そいつが一口食った瞬間、脳髄が痺れるほどの旨味と、身動きが止まるほどの情念の重さが、真正面からそいつに流れ込む」


店主は赤い小瓶を指先で弾いた。


「小細工で逃げるな。お前のその狂ったような愛を、真正面から食わせてやれ」


アトリエが、しんと静まり返る。


「その重さに耐えきれず逃げ出すような男なら、どのみちお前の愛は支えきれねえ」


店主は鼻で笑った。


「……だが、そいつがその重さごと“美味い”と食い切ったなら、もうお前の気持ちを“知らなかった”では済ませられなくなる。逃げ道のない共犯者の完成だ」


娘は、息を止めて三つの瓶を見つめていた。


ピンク色。

輝く粉。

どす黒い赤。


やがて、彼女は手元の睡眠薬の包みを、躊躇いなくゴミ箱へ捨てた。


そして、どす黒いスパイスの小瓶を、愛おしそうに両手で包み込む。


「……これにします」


娘の顔に浮かんだのは、愛想笑いでも、絶望でもなかった。


自分の狂気を完全に肯定した、ぞっとするほど美しい微笑みだった。


「賢明なご判断です」


リヒャルトが、毒気の抜けた完璧な笑顔で小瓶を包む。


「……お相手が完食されることを、心よりお祈りしておりますよ。お代は銀貨三枚になります」


娘は銀貨を支払い、小瓶を胸に抱きしめた。


「ありがとうございます。……私、彼が立ち上がれなくなるくらい、重たくて甘いケーキを焼きます」


「せいぜい腕を振るえ」


店主が鼻を鳴らす。


娘は、入ってきた時よりもずっと深く、暗い足取りで店を出ていった。


カラン……。


扉が閉まり、静寂が戻る。


レッターが、へなへなとその場に座り込んだ。


「……こ、怖かったです……! あの女の人、絶対に逃がさないって顔してました……!」


メテスが剣から手を離し、静かに呟く。


「……だが、退路を断って挑むなら、それはもう立派な戦士だ」


「戦士の基準が狂ってますよメテスさん!?」


クリムが震えながら鳴く。


「きゅ……(胃もたれしそう……)」


ルゥも同意するように、ふうと長い息を吐いた。


店主は薬草の作業に戻りながら、ふっと口角を上げる。


「まあ、あれだけ腹括って食わせるなら、あとは向こうが飲み込めるかどうかだ」


アトリエにはほんの少しだけ、

胃が重くなるような、濃密で甘い匂いが残っていた。

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