上手いこと拾えるポーションがほしい
拾いものの縁と、飼い主の首輪
カラン……。
昼下がりのアトリエ・くぼ地に、妙に晴れやかな顔をした男が入ってきた。
むしろ、どこか妙に軽い。
今この瞬間、人生の責任から上手く目を逸らしてきた人間の、ふわっとした明るさがあった。
「いらっしゃいませ。どうなさいましたか」
リヒャルトが柔らかく微笑む。
男は椅子に腰を下ろし、にへら、と笑った。
「いやあ。人の縁って、どこに転がってるかわからないじゃないですか」
薬草を刻んでいた店主の手が、一瞬だけ止まる。
「それをですねえ。こう、上手いこと拾えるポーションって、ないかなって」
店主は無言で男を見る。
「……どんな縁がほしいんだ?」
男は少しだけ天井を見た。
「そうだな……」
にこ、と笑う。
「俺を養ってくれそうな」
アトリエの空気が、すっと冷えた。
「きゅ!?」
クリムが店主の肩の上で飛び上がる。
「きゅ(ヒモ願望!!)」
レッターが目を丸くし、メテスは奥で静かに目を細めた。
リヒャルトだけが、笑顔の角度を崩さなかった。
「……お客様」
その声は、恐ろしいほど柔らかい。
「今、大変見事に最低な願望を口になさいましたね」
「いや、違うんですよ。こう……支え合いっていうか。向き不向きで補い合うっていうか」
「お前の得意分野はなんだ」
店主が平坦に問う。
男は少しだけ考えた。
「えっ……愛嬌?」
沈黙。
レッターが口元を押さえる。
メテスは低く、短く息を吐いた。
ルゥが、呆れたように尻尾を一度だけ打つ。
店主は深く息を吐いた。
「……わかった」
カウンターの下から、コト、コト、と二つの小瓶を並べる。
「お前がどうしても“拾いものの縁”で生きたいってんなら、選べ」
ひとつめ。
蜂蜜みたいに甘く、とろりと重たい金色の液体。
「物理補助。『ひざまくらの蜜』だ」
男の目が輝く。
「おお、名前からしてもう良いですね」
「飲めば、初対面の相手にも妙に可愛がられやすくなる。庇護欲を刺激して、飯を奢られ、寝床を貸され、財布の紐まで緩みやすくなる」
「最高じゃないですか」
「だろうな」
店主の声は冷たい。
「ただし、寄ってくるのは対等な相手じゃねえ。世話焼き、支配好き、依存先を欲しがる奴、そういう手合いが多くなる。お前は養われる代わりに、“都合のいい愛玩物”として扱われるだろうよ」
男の笑みが、ほんの少し引きつる。
「……まあ、優しい人なら」
「優しいかどうかと、首輪を嵌めたがるかどうかは別だ」
店主が金色の瓶を指先で弾いた。
とろり、と液体が重たく揺れる。
「“可愛がる”と“所有する”の境目が曖昧な奴に拾われても、文句は言えねえな」
男は唾を飲み込んだ。
ふたつめ。
薄い桃色をした、きらきらと細かな光の粉を沈めた液体。
「心理補助。『運命顔の花雫』だ」
「なんです、それ」
「飲んだ半日だけ、お前の顔も声も仕草も、“なんとなく放っておけない”“なんか気になる”“縁がある気がする”方向に寄る」
男が身を乗り出す。
「それです! そういうの欲しかった!」
「だろうな」
店主の声は冷たい。
「ただし、それで拾われるのは“運命の相手”じゃねえ。“なんか縁がある気がした”で踏み込むような手合いだ」
「お前の方も、相手の方も、“なんか縁がある気がした”で踏み込むことになる。三日後には『思ってたのと違った』で揉めるのが関の山だ」
男の肩が、わかりやすく落ちた。
「じゃあ、やっぱり無理なんですかね。楽して、ふわっと良い縁に拾われるの」
「……だから、まともなみっつめを用意してやってんだろ」
店主は、無言のままカウンターの下から最後の小瓶をどんと置き、男の前へ少し押し出した。
深い緑。
濁りのない、静かな色だった。
「みっつめ。本音補助。『縁の磁石』だ」
「磁石?」
「飲めば、お前が“誰となら長くやっていけるか”じゃなく、“お前が何を差し出せる人間か”を考えざるを得なくなる」
男の眉が寄る。
「人生はポーションじゃ変わらない」
店主が平然と言う。
「ただし、目を逸らしてたもんを見やすくする補助にはなる」
店主は緑の瓶を指先で弾いた。
「縁ってのは拾うもんじゃねえ。たいていは、向こうが『こいつと関わっても損じゃない』と思った時に初めて繋がる」
アトリエが、しんと静まる。
「養われたい、だけじゃ縁にはならねえ。お前が何を返せるのか。楽させてもらう代わりに、何を背負えるのか。そこを考えろ」
男は気まずそうに視線を逸らした。
「……別に、何も返す気がないわけじゃ」
「じゃあ何を返す」
店主の問いは短かった。
男は口を開き、閉じる。
リヒャルトが、にこやかに助け舟を出す。
「家事でも、仕事でも、癒やしでも、実務でも、聞き役でも結構ですよ。養われること自体が悪いのではありません。“何も背負う気がない”のが醜いのです」
男の顔がじわじわ赤くなる。
メテスが奥で腕を組んだまま、低く言った。
「……野営でも、荷を持たない奴は一晩で嫌われる」
レッターが恐る恐る続ける。
「ぼ、僕は……養われることより、“ここにいていい”って思ってもらう方が、先だと、思います……」
男はそこで、はっとしたようにレッターを見た。
そして、深く息を吐く。
「……俺、たぶん」
ぽつりと落ちる。
「誰かに楽させてほしかったんじゃなくて、“お前はここにいていい”って言われたかったんだな」
店主は鼻を鳴らした。
「最初からそう言え」
男は苦く笑った。
さっきまでの軽薄な笑顔ではない。
「……でも、養われたいのは本音です」
沈黙。
それから、リヒャルトが吹き出しそうになり、レッターがあわあわとし、メテスが露骨に顔をしかめた。
クリムが元気よく鳴く。
「きゅ!(本音が太い!)」
男は両手を上げた。
「いや、だって! 働きたくないわけじゃないんですよ! でも、もし優しい金持ちが『君はそこにいるだけでいいよ』って言ってくれるなら、それはそれで……!」
「都合のいい夢見てんじゃねえ」
店主はぴしゃりと切った。
「だが」
そのまま三本を、男の前へ指で滑らせる。
「夢を見るのは勝手だ。現実の値段ごと買え」
男が目を瞬く。
「……え」
「養われる快感も、拾われる勘違いも、対等な縁を作る痛みも、全部欲しいんだろ」
店主の口元がわずかに歪んだ。
「なら三本まとめて持ってけ。自分が何を欲しがってるか、全部身をもって知れ」
男は三本の瓶を見下ろした。
金色。
桃色。
深緑。
しばらくしてから、ひどく真面目な顔で頷く。
「……買います」
「全部か?」
「全部です」
「正気か?」
「養われて生きたいんです」
クリムが再び飛び跳ねる。
「きゅ!(筋が通ってる!!)」
ルゥは深くため息を吐いた。
「わふ(……通ってはいるが、ろくでもない)」
リヒャルトが極上の笑みで三本を包み始める。
「大変よろしいご決断です。なお、一本目で寄ってくる相手が良い人間か、二本目で拾った縁が対等か、三本目でご自分に返せるものがあるか――確認は、すべてお客様ご自身にお任せいたします」
男がごくりと唾を飲む。
「……ちなみに、一本目で拾ってくれた相手が、ちょっと支配的でも、お金持ちならアリですかね」
「人として扱われなくてもいいならな」
店主が即答した。
男は数秒考えた。
「……条件次第で」
レッターが青ざめる。
メテスはこめかみを押さえた。
店主は銀貨を受け取りながら、呆れたように鼻を鳴らす。
「好きにしろ。だが、首輪を嵌められてから泣きつくんじゃねえぞ」
「善処します……!」
男は三本の小瓶を抱え、妙に前向きな顔で立ち上がった。
「なんか、見えてきました。俺、ただ楽したかっただけじゃなくて、“拾われるに値する自分”でいたかったんですね」
「半分正解だ」
店主が言う。
「もう半分は?」
「楽したいって本音だ」
「ですよね」
男は苦笑した。
「ありがとうございました。……とりあえず、家事くらいは練習してから縁を拾いに行きます」
「最初からそうしろ」
男は軽く頭を下げて、店を出ていった。
カラン。
扉が閉まり、静けさが戻る。
しばらくして、レッターがぽつりと呟いた。
「……養われたいのに、全部買っていきましたね」
「欲が深いんだろうな」
店主が薬草を刻みながら言う。
「だが、ああいう手合いは嫌いじゃねえ。自分の浅ましさを自覚してる分、まだ矯正の余地がある」
メテスが低く言う。
「……最低だが、隠してない分だけマシだ」
リヒャルトが微笑んだまま、空になったカップを下げる。
「“養われたい”を口にしたうえで、“返せるものを考える”ところまで来られたのなら、今日は十分前進でしょう」
クリムが胸を張って鳴く。
「きゅ!(ヒモにも努力がいる!)」
ルゥは静かに尻尾を揺らした。
「わふ(……せめて、家事は覚えろ)」
特製茶の甘い香りが、昼下がりの店内にまだ静かに残っていた。




