好感度がみえるポーションがほしい
カラン、とベルが鳴るより早く、ドレスの裾がアトリエの床を薙いだ。
飛び込んできた若い女は、上等な身なりに反して、目だけがひどく血走っていた。
「ポーション! ポーションを売ってちょうだい!!」
女はカウンターに両手をつき、ぐっと身を乗り出す。
「攻略対象の好感度が見えなくて困っているの……! 今、私がどのルートに入っているのか、彼が私をどう思っているのか、数値で見えるようなポーション、売ってませんこと!?」
「……は?」
薬草を天秤にかけていた店主が、怪訝そうに眉をひそめた。
「……リヒャルト。通訳しろ」
「はい、店主」
カウンターの端で帳簿をつけていたリヒャルトが、完璧な作り笑いで顔を上げる。
「おそらく、ご自身の意中の殿方が抱く“好意”を、目に見える絶対的な数値として測りたい……というご要望かと存じます。人間の不確定な感情を、便利な数字の枠に収めたいのですね」
「……攻略対象。暗殺の標的か?」
店の奥からメテスが音もなく現れ、剣の柄に手を添えて女を冷ややかに見据えた。
「ち、違うわよ! 恋愛の話よ! なんでわざわざ相手の心を読み解くために、何ヶ月もご機嫌取りをして、遠回しな言葉の裏を読まなきゃいけないの!? 頭上に『好感度:80』って出てくれれば、それで安心できるのに!」
「ぼ、僕は……数字で好き嫌いを決められるなんて、商品みたいで、すごく嫌だと、思います……」
レッターが身をすくめたまま、小さく本音をこぼした。
「きゅ……っ(情緒がない……)」
「わふ(……面倒な生き物だ)」
クリムとルゥも、呆れた顔で女を見上げている。
店主はため息をつき、コト、コト、と二つの瓶を並べた。
そしてみっつめに、上質な銀の茶筒をことりと置く。
「お前が人間の心を“数字”でしか測れないなら、選べ」
ひとつめ。
目玉みたいにぎょろりと濁った、緑色の液体。
「物理補助。『情動の透視薬』だ。これを一滴目にさせば、相手の頭上に好意の数値がはっきり浮かび上がる。……だが、見えるのは愛情だけじゃないぞ。道ですれ違った赤の他人からの無関心、少しぶつかった相手からの殺意、友人からの嫉妬や軽蔑まで、全部だ。……三日もすれば、人間の汚さに耐えきれず発狂するだろうな」
「ひっ……! そ、そんなの嫌よ!」
ふたつめ。
どろりと赤黒く、底で脈打っているような液体。
「物理排除。『狂愛の媚薬』。面倒な駆け引きも数値もすっ飛ばして、手っ取り早く“好感度を限界突破”させる劇薬だ。これを飲ませれば、その男はお前を溺愛する。……ただし、愛情が暴走して、お前を永遠に手放さないよう地下室へ閉じ込め、手足を鎖で繋ぐような男に化けるがな。お前の望む“完全攻略”の出来上がりだ」
「……っ!!」
女は真っ青になって後ずさる。
「解決法が極端すぎるわよ!! ここはポーション屋じゃないの!?」
「だから、まともな“みっつめ”を用意してやったんだろ」
店主は鼻を鳴らし、銀の茶筒を女の前へ押し出した。
「みっつめ。……『真実の対話茶』だ」
店主の目が、女の薄っぺらい虚栄心を容赦なく射抜く。
「極上のリラックス効果をもたらす薬草と、精神を研ぎ澄ます特殊な茶葉のブレンドだ。これを淹れて、その『攻略対象』とやらと向かい合って座れ。お互いの仮面を外し、心の底から本音を引き出すための茶だ」
女が、ごくりと唾を飲み込む。
「相手の瞳の揺れを見ろ。声の温度を感じろ。茶を持つ手の震えや、沈黙の間に漂う空気を読め。……いいか。数字やゲージがなきゃ相手の気持ちがわからないなら、お前はそいつに恋なんてしてねえんだよ。ただ“安心”って特典が欲しいだけだ」
アトリエに、静かな声が落ちる。
「本気で相手を知りたいなら、自分の目で見て、言葉を交わして、傷つく覚悟を持て」
女の目から、先ほどまでの血走った焦燥がすっと消えていた。
肩先に、小さな震えだけが残る。
「……店主の言う通りですよ、お客様」
リヒャルトが、とどめを刺すように優雅に微笑んだ。
「人間の心は、数値化された途端にその価値を失います。わからないからこそ、恐ろしく、そして美しいのです。……さあ、そのお茶は銀貨四枚になります」
「……買うわ」
女は震える手で銀貨を置き、銀の茶筒を両手でしっかり抱え込んだ。
「……私、ちゃんと彼の顔を見るわ。数字なんかじゃなくて……彼の本当の心に、向き合ってみる」
「……健闘を祈る」
メテスが剣から手を離し、短く見送りの言葉を口にした。
女は深く一礼すると、入ってきた時のヒステリックさが嘘みたいに、静かな足取りで店を出ていった。
カラン。
扉が閉まり、静寂が戻る。
「……たく。うちの店には、愛だの恋だので迷子になる奴ばっかり来やがる」
店主がやれやれと首を振り、乱暴に自分の頭を掻き回した。
「ですが、あの方は立派でしたよ。安易な薬に逃げず、対話を選んだのですから」
リヒャルトが銀貨を金庫へしまいながら、楽しげに目を細める。
「……店主様。好感度って、本当に見えない方がいいんですね」
レッターが、薬草の束を抱えながら、ほっとしたように笑った。
「当たり前だ」
店主は鼻で笑う。
「……もし見えたら、世の中もっと地獄になってるさ」




