気が付いたらずっとソロ
カラン。
アトリエ・くぼ地に、深いため息と共に一人の男が流れ込んできた。
使い込まれた革鎧を着た、中堅どころの冒険者だ。
「……気が付いたらずっとソロでさ」
男はカウンターに突っ伏し、この世の終わりみたいな声を出した。
「……」
薬草を刻んでいた店主は、顔も上げずに淡々と尋ねた。
「……それは、どっちの意味でのソロだ?」
「えっ?」
「迷宮に潜る時の『パーティメンバー』がいないのか。それとも、家に帰った時に『おかえり』と言ってくれる相手がいないのか。……どっちの話をしてる」
男は数秒固まり、やがて頭を抱えて泣き崩れた。
「どっちもだよぉぉぉ……!! なんでわざわざ傷口をえぐってくるんだよぉぉ!!」
「おや、気楽で羨ましい身分ではありませんか」
リヒャルトが、完璧な笑顔でカウンターを拭きながら口を挟んだ。
「パーティの利益分配で揉めることもなく、休日に恋人の機嫌を取るために無駄な出費をすることもない。……実にコストパフォーマンスに優れた人生です」
「……背後を取られる心配がない。合理的だ」
メテスが奥から顔を出し、真顔で頷く。
「ぼ、僕は……一人の方が、誰にも殴られなくて、安全だと、思います……!」
レッターが棚の陰から、過去の傷をそのまま引きずったようなフォローを入れた。
「お前らの慰め、絶妙に心に刺さって痛いんだよ!! 余計に悲しくなってきた!!」
男がわんわんと泣き叫ぶと、クリムが「きゅ……(かわいそう)」と耳を伏せ、ルゥが「わふ(……強く生きろ)」と哀れむように鼻を鳴らした。
店主は深くため息をつき、コト、コト、と二つの小瓶を並べた。
そして最後に、重厚な木箱をひとつ、ドンと置いた。
「お前がその『究極のソロ』をどうにかしたいなら、選べ」
ひとつめ。ピンク色の毒々しい液体。
「物理補助。『自己愛の媚薬』だ。これを飲んで鏡を見ろ。お前は自分自身に狂おしいほど恋に落ちる。……恋人がいなくても、一生自分だけを愛して幸せに完結できるぞ」
「やだよ!! 傍から見たら救いようのないヤバいナルシストじゃないか!!」
ふたつめ。真っ赤に煮えたぎるような液体。
「物理排除。『魔獣寄せの滴』だ。これを頭から被って迷宮に行け。お前の匂いに興奮した魔物がわらわら寄ってくる。……二度と『一人ぼっちで寂しい』なんて言ってる暇はなくなるぞ」
「嫌すぎるわ!! 解決法がおかしいだろ! ここはポーション屋じゃないのか!?」
「だから、まともな『みっつめ』を用意してやったんだろ」
店主は鼻を鳴らし、ドンと置いた木箱の蓋を開けた。
中に入っていたのは、乳白色の固形石鹸、真新しい手ぬぐい、そして柑橘の香りがする小瓶だった。
「みっつめ。……『浄化の湯浴み箱』だ」
店主の目が、男の薄汚れた革鎧と、ぼさぼさの髪を容赦なく射抜く。
「そこらで売ってる安物と一緒にすんなよ。魔物の返り血や体液の悪臭を細胞レベルで分解する特製石鹸と、肌の炎症を抑え、清潔な香りを纏わせる薬草油のセットだ。……いいか、お前はさっきから、ゴブリンの血と安酒と三日分の汗が発酵した最悪の腐臭がしてるんだよ」
「うっ……」
男は自分の袖の匂いを嗅ぎ、顔を引き攣らせた。
「そんな生ゴミみたいな匂いの奴と、誰がパーティを組みたがる? 誰が恋人になりたがる? 奇跡の出会いをポーションに頼る前に、まずは銭湯に行って、頭の先から足の指の先までぴかぴかに磨き上げてこい。話はそれからだ」
「……」
男の口が開いたまま止まる。
さっきまでの涙は、もう引っ込んでいた。
「……店主の言う通りですよ、お客様」
リヒャルトがにこやかに微笑んだ。
ただし、立ち位置はきっちり男から半歩離れている。
「当アトリエの浄化石鹸は、こびりついた不運まで洗い流すと評判です。……さあ、銀貨三枚になります」
「……メテス、こいつをつまみ出せ。匂いがポーションに移る」
「……了解した」
メテスが音もなく背後に回り、男の首根っこを掴み上げる。
「わ、わかった! 買う! 買うから! つまみ出さないでぇぇ!」
男は銀貨を三枚叩きつけ、浄化の湯浴み箱を大事そうに抱えると、メテスに引きずられるようにして店から放り出された。
カラン!
扉が閉まり、静寂が戻る。
「……たく。うちの店はいつから人生相談所になったんだ」
店主がやれやれと首を振って窓を開けると、爽やかな風がアトリエの空気を入れ替えていく。
「でも、あの人……お風呂に入ったら、少しはソロから抜け出せるんでしょうか」
レッターが、竹箒を持ちながら不思議そうに首を傾げた。
「さあな」
店主は外の風を受けながら鼻を鳴らす。
「だが、少なくとも『いい匂いのするソロ』には昇格できるだろ」
リヒャルトが堪えきれずにくすくすと笑い、メテスもわずかに肩を揺らした。




